21 優雅な侯爵夫人生活は程遠い
「えっ、コレットお嬢様へのお菓子、ですか?」
「えぇ。あの子、どんなものを好むのかと思って。それとも……甘いものが嫌いだったり、侯爵家の方針で菓子を食べるのは控えていたりするの?」
シュゼットが探りを入れているのは、(暇を持て余したシュゼットが頻繁に厨房へ出入りするため)もはや馴染みとなった厨房の料理人たちだ。
コレットは別館の使用人から「淑女なのだから菓子類は控えるように」と申し渡されたと言っていた。
それが本当なら、彼らはコレットへの菓子など作っていないはずだが――。
「お嬢様はとにかく甘いものがお好きで、特にチョコレートがお好きだと仰っておりました!」
「ブリオッシュも美味しそうに召し上がっていらっしゃいましたよね」
「アロイス様とビスケットの取り合いになったこともありました」
「つまりは、お菓子全般が好きなわけね」
「えぇ、まだ先代侯爵がご存命の頃に、一度我々の下に『いつも美味しいお料理やお菓子を作ってくれてありがとう』と伝えに来てくださったこともあるんです。あの時は生きててよかったー! と我々一同天にも昇る思いでしたね……」
かつての思い出を語り合いながら、料理人たちはうんうんと頷き合っている。
「あの痛ましい事故で家族を亡くされ、お坊ちゃまやお嬢様はさぞ傷ついていらっしゃることでしょう。我々もそんなお二人に少しでも元気を出していただこうと、今も研究を重ねお二人の好みそうなお菓子を毎日作り続けているのですが――」
「……ん? 毎日?」
「えぇ、お二人は別館へ閉じこもっていて、以前のように感想を窺うことはできませんが……」
「……あなたたちは確かに、毎日コレットお嬢様へのお菓子を作り続けているのね?」
「えぇ、もちろんです! 我々の尽力が少しでもお嬢様の心の慰めになればと思いまして」
「そう……そういうことね」
少しだけ表情の厳しくなったシュゼットに、料理人たちは少しだけ驚いたようだった。
そんな彼らを安心させるように笑顔を取り繕いながらも、シュゼットはぐっと拳を握り締めた。
(まさか、これだけはないと思っていたけれど……)
嫌な予感が、的中してしまった。
侯爵邸の料理人たちは今でも、幼い兄妹を喜ばそうと彼らの好きなお菓子を作り続けている。
だがそのお菓子は、二人の下へと渡ってはいない。
……その道中で、どこかへ消えているのだ。
単に別館の使用人が「教育上よくない」とお菓子を禁止しているのなら、わざわざ厨房の者たちに作らせ続けることはないだろう。
ということは……。
(なんて浅ましいのかしら……!)
私欲のために、家族を失ったばかりの幼い兄妹から些細な趣向品を取り上げて、おそらくは……自分たちの胃へ収めているのだろう。
浅ましい、呆れるとしか言いようがない。
(でも、そのおかげで侯爵閣下へ報告できるだけの証言が集まりそうだわ)
厨房の者たちの証言、コレットの証言……二つの矛盾を突き合わせれば、さすがにユベールも動く……と信じたいが――。
(でも、念のため誰が関わっているのか明らかにしておいた方がいいかしら)
ユベールのあからさまに無関心な態度を思い出し、シュゼットはそう思いなおした。
そもそも、「使用人がコレットのお菓子を盗んで食べています!」とシュゼットが告発したところで、あのユベールのことだ。
「それが何か?」などと心無いことをのたまわないだろうか。
なんだかあり得そうな気がしてきて、シュゼットは小さくため息をついた。
(侯爵閣下にだったら、幼い子供が可哀そうっていうよりも「使用人の横領」という路線で訴えた方がよさそうね。……やってることは子どものお菓子を横取りなのが情けないけど)
シュゼットにはユベールが何を考えているのかわからない。
彼の心を推し量るのは実に難しい。
だから少しでも、彼の心に届くように……もう少しだけ、確証が欲しいと足踏みしてしまうのだ。
(はぁ……優雅な侯爵夫人生活は程遠いわね)
だが、こちらの方がシュゼットにはあっているのかもしれない。
厨房の者たちへ礼を言い、シュゼットは自室へと戻る。
そうして、傍らのレアに声をかけた。
「レア、お願いがあるのだけど……」
「はい、消えたお菓子の行方のことですね」
レアは力強く頷いてくれた。
シュゼットがここへ来るずっと前から、彼女は幼い兄妹のことを見てきたのだ。
きっと憤る気持ちはシュゼットと同じ……いや、それ以上だろう。
「えぇ、別館へお菓子を届ける役目を、『シュザンナ』に任せてほしいの」
「承知いたしました。そのように手配します」
視線を交わし合い、二人は深く頷き合った。




