20 しっかりしなさいよ! 保護者!
それからも、シュゼットは隙を見てコレットの下へと通っていた。
(失礼ではあるが)あまり話が通じなさそうな兄と、望まぬ婚約を強要する使用人に挟まれて。
きっと、この幼い少女は不安でたまらなかったのだろう。
彼女はすぐに、シュゼットに不安を零すようになっていた。
「みんなは叔父さまがお父様を……こ、ころしたなんていうの……! でも、叔父さまがそんなことをするなんて信じられなくて……」
大きな瞳を潤ませながらそう口にするコレットに、シュゼットの胸は痛んだ。
それと同時に、湧き上がってくるのは強い憤りだ。
(自分たちのいいように操るためとはいえ、こんな小さな子供に残酷なことを……許せないわ)
目の前の少女はシュゼットの二人の妹よりも幼い。
だが妹たちが持っている、子供特有の無邪気さや元気さが感じられないのだ。
(いくら深窓の令嬢とはいえ、これではあまりに可哀そうじゃない……)
貴族の端くれでしかない実家と名門侯爵家の深窓の令嬢を比べること自体がおこがましいのかもしれないが……やはり、幼い子どもであればもっと無邪気に笑っていて欲しいと思ってしまうのだ。
(私がこのくらいの時は毎日何を考えてたかしら……。新しい服が欲しいとか、美味しいお菓子を食べたいとかそんなことよね……)
この子の笑顔を取り戻したい。
いつしか、シュゼットは強くそう願うようになっていた。
「……コレットお嬢様は、叔父上……ユベール閣下がそんなことをするはずがないと信じていらっしゃるのですね?」
「…………うん」
小さく、それでもはっきりと頷いたコレットに、シュゼットは一縷の希望を見出した。
……もしかしたらあの何を考えているかわからない死神侯爵も、可愛い姪には甘かったりするのだろうか。
だがコレットが続けた言葉に、シュゼットはがっくりと肩を落としてしまう。
「叔父さま……あまりお話はしたことがないし、ちょっと怖いし、何を考えているのかわからないけど――」
(駄目じゃなーい!)
どうやら身内であるコレットからしても、ユベールは「何を考えているかわからないちょっと怖い人」という認識のようだ。
この様子だと、今までもあまり交流はなかったのだろう。
(しっかりしなさいよ! 保護者!)
だが憤るシュゼットに、コレットは慌てたように付け加えた。
「で、でもねっ……いつも、お誕生日と冬の祝祭の日にはプレゼントをくれたの! お父さまも、叔父さまは『ぶきよう』だけどいい人だって言っていたし……」
その言葉を聞く限り、ユベールと彼の兄との仲はそこまで悪くなかったのだろうか。
コレットは楽しい思い出を思い出したのか、少しだけ表情が明るくなった。
「みんなでお食事をして、美味しいお菓子も食べて、楽しかったな……。お菓子……食べたいな……」
コレットの零した言葉に、シュゼットは「おや」と目を丸くした。
「……あまり、お菓子は口にされないのですか?」
「うん。わたしはもう婚約もする立派な『しゅくじょ』なのだから、お菓子は控えなさいって……」
(いやいや、普通に大人でも食べるでしょう? 私なんか侯爵夫人って立場をいいことに、贅沢にお菓子を頂いてるのに)
侯爵家全体でお菓子が禁止されているわけでもなければ、侯爵邸のシェフにお菓子作りの腕がないわけでもない。
ならば何故、一番お菓子が必要である目の前の少女に行き渡っていないのだろうか。
シュゼットの頭に、嫌な予感がよぎる。
(……まさか、ね)
侯爵邸本館の使用人たちは、幼い兄妹のことを心配している者が多かった。
放任主義なユベールが、わざわざコレットにお菓子を与えることを禁止しているとも思えない。
だとしたら、それこそ両親を喪い悲嘆に暮れている少女の笑顔を取り戻そうと、よりいっそう腕を振るって特上のお菓子を作っていてもよさそうなものだが――。
(もう少し、調査をしてみる必要がありそうね)
そう決意して、シュゼットはごそごそとお仕着せのエプロンの中からある物を取り出した。
それを見た途端、コレットは目を輝かせた。
「クッキー! かわいい!!」
「ふふ……実は私が作ったんです。よろしければお嬢様もお召し上がりください」
「えっ、いいの……!?」
あまりにも侯爵夫人生活で暇を持て余したシュゼットは、「花嫁修業ですから」との建前で厨房の片隅を使わせてもらうようになっていた。
どうせユベールはシュゼットが何をしようとも完全放置なのだ。
ならば自分の好きなことをしてやろうと、せこせこと動物の顔を象ったクッキーを量産していたのである。
小腹が空いたときにでも頂こうと瓶に詰めて持ち歩いていたのだが、案外役に立ったようだ。
「わぁ……クマさんだ……!」
(多少不格好になってしまった)クマの顔を模したクッキーを手渡すと、コレットは嬉しそうな声を上げる。
そして、おそるおそる一口かじり……ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「甘い……ココアの味がする……。クッキーって、こんなにおいしかったのね……」
「お嬢様……」
静かに涙を流すコレットを、シュゼットはそっと抱きしめた。
(大人からの愛情も、甘いお菓子も、この子には必要なのに……)
こんなに痛ましい少女を、なぜユベールはあんな風に放置しておけるのだろうか。
(いっそ私が直談判して……いや、駄目ね。私は侯爵閣下に信頼されてない。余計なことをしたとお嬢様から遠ざけられるだけ……)
ならば、もっと確固たる証拠を掴まなければ。
大丈夫。その糸口はコレットが教えてくれた。
(まさかそんなに浅ましい真似をしているなんて、信じたくないけど……)
小さな体をぎゅっと抱きしめながら、心の中に義憤の炎を燃やしていた。




