2 なんという出来すぎた筋書
「はぁ…………」
シュゼットは本日何回目かの、大きすぎるため息をついた。
婚約者と親友に裏切られた直後は、あまりのショックに食事も喉を通らず、仕事も休んでずっと家に引きこもっていた。
そしてやっと少し気持ちにキリがついて、せめて仕事を頑張ろうと外に出たのだが――。
「……悪いけど、しばらくここには来ないでもらえるかい。シュゼットちゃんがそんな子じゃないってことはわかってるんだけどね。うちも客商売だから――」
「うちのお得意様には貴族の方も多いし……その、困っているんだよ。今まできちんと働いてくれた君には感謝しているが――」
社交界ではシュゼットのことを「貧乏貴族の癖に、不貞を働き誠実な婚約者を裏切ったとんでもない悪女」だと噂が流れ、その噂はシュゼットの職場にまで流れてきていた。
その結果、シュゼットは婚約者だけではなく仕事まで失ってしまった。
ついでに風の噂によれば、悪女に弄ばれた可哀そうな騎士様は、同じく悪女に利用されていた男爵令嬢の献身的な愛で立ち直りつつあるのだとか。
はぁ、なんという出来すぎた筋書だろう。
これが舞台劇なら、きっとシュゼットもカーテンコールで拍手を送ったに違いない。
そんな風に現実逃避をしながら、ぼぉっと窓の外を眺めていると、不意に背後から声をかけられた。
「……姉さん」
「ロジェ、どうしたの?」
声をかけてきたのは、三歳年下の弟だった。
シュゼットは慌てて笑顔を取り繕い、弟の方へと振り返る。
ロジェはそんなシュゼットを気遣うように見つめ、そっと口を開く。
「えっと……一応報告しておこうと思って」
「あら、何かしら。もしかしてこの前の論文コンクールで良い賞が取れたの? それなら進学への強い武器に――」
「ううん、僕……進学するの、やめようと思って」
「え…………?」
まさかの言葉に、シュゼットは息をのむ。
ロジェは一年後に王立学院への受験を控えている。
王立学院へ進学するのは基本的に上位貴族の子女ばかりだが、ロジェの成績なら問題なく合格するはずだ。
ネックがあるとすれば、進学にかかる費用くらいなもので――。
「……まさか、お金のことを気にしてるの? それなら大丈夫よ! 姉さん、ちゃんと働いてるんだから」
「……でも、婚約は破棄されたしもう働けなくなったじゃないか。あんなクソ野郎なんてこっちから願い下げだから婚約破棄になったのはよかったけどさ、僕……これ以上姉さんに苦労はかけたくない」
「ロジェ、苦労なんて――」
「ファニーやソニアにもあんまり窮屈な思いはさせたくないし……これからは、僕が姉さんみたいに働いて家族を支える」
「ロジェ……!」
シュゼットは悲しかった。
弟の可能性が、未来が自分のせいで潰れてしまうかもしれないことが。
自分がロジェを思うように、ロジェが妹たちや自分のことを考えてくれているのはわかる。
だが、それでも……ロジェには、もっと広い世界へ羽ばたいてほしかったのだ。
(やっぱり、私が何とかするしかない……)
もう、どんな手を使うことも厭うものか。
すでにシュゼットの評判は地に落ちたのだ。
シュゼットを嵌めたあの二人のように、魂もプライドも悪魔に売り渡す覚悟でいかなくては。