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19 善処はするわ

「うーむ……まずは状況を整理してみるべきかしら」


 本館へと戻ったシュゼットは、ひとり頭をひねっていた。


「奥様、お茶をお入れしますね」

「ありがとう、レア」


 気を遣ってくれたレアに礼を言い、シュゼットは小さくため息をついた。


(まずは、ここアッシュヴィル家について……)


 アッシュヴィル家は、国内有数の名門侯爵家だ。

 他国との貿易の要となる港を所有しており、その資産価値は計り知れない。


(地位も財力もあるのだから、そりゃあ、狙う人は多いでしょうね……)


 そんなアッシュヴィル家の当主が、一年ほど前に急逝。

 原因は宿泊先の火災事故に巻き込まれたことによるもの。

 亡くなったのは当主だけではなく、当主の妻である侯爵夫人、それに跡継ぎだった侯爵の長男とその妻も同時に亡くなっている。

 だが、アッシュヴィル家の中でその事故に巻き込まれながらも、唯一生き延びた者がいる。

 それが、ユベール・アッシュヴィル。シュゼットの形だけの旦那様である。

 彼は父である侯爵と跡継ぎ予定の兄を失ったことにより、急遽アッシュヴィル侯爵家当主の座を引き継ぐことになったわけだ。


(元々は跡継ぎではなかった次男が、地位も財産も一気に引き継いだわけなのだから……疑われるのも無理はない、か)


 おそらくはやっかみの感情から、心無い人々はユベールのことを揶揄し始めるようになる。


「家族殺しの死神侯爵」……と。


 単なる噂だろうが、例の火災の事後処理に際してユベールが何かをもみ消したとの話もある。

 彼自身があまり多くを語るような人物ではないのも相まって、今なお「死神侯爵」の噂は独り歩きをしているのだ。

 ユベール自身は他者が何を言おうが、どう勘違いしようがたいして気にはしていないのかもしれない。

 だが、そこで大きなすれ違いが発生してしまった。

 事故で亡くなったユベールの兄の忘れ形見である、幼い兄妹の存在だ。


 兄のアロイス・アッシュヴィル。

 妹のコレット・アッシュヴィル。


 叔父であるユベールの保護下に入った幼い兄妹は、今も侯爵邸で養育されているのだが……。


(ほんと、完全放置ってどういうことなのよ……!)


 元々彼らがどんな関係だったのかはわからない。

 だが現在、保護者であるはずのユベールは幼い兄妹の養育を使用人や家庭教師に丸投げで、まったく関わろうとも、現状を把握しようともしないのだ。


 おかげで兄の方はとても名門貴族のご子息だとは思えない山猿のような問題児になってしまっている。

 誰かから吹き込まれた事実無根の噂を信じ込み、侯爵邸にやって来たシュゼットを「この悪女め!」と罵倒して追い払おうとしてきたのだ。

 彼の問題児っぷりに家庭教師も手を焼き、ここ一年近くで既に十回以上も交代しているのだとか……。


 そしてもっと問題なのが、妹の方だろう。

 元々体が弱く、あまり外に出ることがなかったというコレット・アッシュヴィルは、見た目通りに大人しい少女だ。

 彼女も兄と同じように使用人にでたらめな噂を吹き込まれているようだ。

 それも、「叔父であるユベールが二人の父を殺した」というとんでもない噂を。

 更には「身を守るために自分の指定する相手と婚約しろ」と教育係に迫られ、今も心を痛めているのだから……シュゼットとしては気が気ではない。


(まったく、どうしてこんなことになっているのかしら……)


 兄妹は二人が暮らす別館の使用人にあることないことを吹き込まれ、いいように操られようとしている。

 名目上とはいえ保護者となっているユベールは、なぜこんな状況を放置しているのだろうか。

 ユベールが冷徹な人間で、幼い兄妹二人のことをどうでもいいと、どうなろうが関係ないと思っているのならわかる。

 だが、おそらくはそうではないのだ。

 ユベールはシュゼットとの結婚の条件として、「世継ぎを産む必要はない」と明示してきた。

 それは決して他に愛人や隠し子がいるからではなく、兄の忘れ形見であるアロイスを自身の跡継ぎにしようとしているからだ。


 ……本当に地位や財産目当てで家族を殺し、残された兄妹のことも疎ましく思っているのなら、決して跡継ぎなどにはしないはずなのに。


(心の底では二人のことを大切に思っているってこと? じゃあ、あの放置っぷりは何? あの山猿状態のアロイスが将来侯爵家を継いだら、どう考えても大変なことになるのに……)


 シュゼットはユベールの真意を探ろうと頭を悩ませた。


 ――「あなたには関係ありません」

 ――「教育は家庭教師の仕事です。あなたの衣服を汚したというのなら、好きなだけ新しいものを買ってください。先ほども言った通り、あの子は本館には来ないので別館に近寄らなければあなたにとって何の問題もないはずです。それでは、失礼いたします」


 だが冷淡なユベールの言葉が脳裏に蘇り、ついむかむかして来てしまう。


「あーもう! 侯爵閣下が何考えてるのか全然わからないわ!」


 思わずそう零すと、ティーセットを運んできたレアがくすりと笑う。


「やっぱり奥様にもおわかりにはならないのですね。侯爵閣下って昔からミステリアスで、何をお考えなのかさっぱりわからないんですよ。だからこそ……私は、奥様に期待しているんです」

「え、期待?」

「えぇ、奥様なら……あの頑なな侯爵閣下を、変えることができるのではないかと……」


 縋るようにそう口にするレアに、シュゼットは困ったように笑った。


「……善処はするわ」


 まぁ何はともあれ、まずはあの幼い兄妹の境遇をなんとかしなければ。

 今のままユベールに訴えても、使用人に口裏を合わせられれば疑われるのはシュゼットの方だ。

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