18 私が保証します!
目の前の少女――ユベールの姪のコレットは、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳で、驚いたようにシュゼットを見つめている。
「シュザンナ……? みたことがない顔だわ……」
そんな少女に向かってシュゼットは微笑んだ。
「えぇ、最近ここで働くことになりましたので。こんなに可愛らしいお嬢様にお会いできて光栄です」
そう言うと、コレットは恥ずかしそうに頬を紅潮させた。
「か、可愛いなんて……」
(はぁ……そういうところが可愛いのよ♡)
にまにまと笑うシュゼットの前で、コレットはもじもじしていたが……すぐに何かに気づいたように顔を引きつらせる。
「あっ」
「コレットお嬢様?」
不審に思い声をかけたシュゼットに、コレットは何か言おうとして……ぱっと手で口を覆った。
「お嬢様!? どこか具合が――」
「ち、ちがうの……! 前に……知らない人とお話してはいけないと言われたのを思い出して……」
(あぁ、なるほど……)
おそらくは先ほど部屋を出て行った使用人が、コレットをいいように操ろうとそう吹き込んだのだろう。
だが、そんなことくらいで焦るシュゼットではない。
これでも四人姉弟の長女なのだ。
幼い子供の扱い方は、心得ているつもりである。
「それなら大丈夫です。だって……コレットお嬢様は私の名前も、ここの屋敷の使用人だってこともご存じでしょう? だから、知らない人じゃないんです」
とんでもない屁理屈だが、幼く……そして救いを求めていたコレットには効果てきめんだった。
「そ、そうね……私はシュザンナのことを知っているのだから。知らない人じゃないわ!」
「えぇ、ですから……もっと、お嬢様のお話を聞かせてください」
優しく微笑むと、コレットの顔が泣きだしそうに歪む。
きっと、彼女はずっと耐えていたのだろう。
両親が亡くなり、新しく保護者となったユベールはとても幼い子供の扱いなど心得ていない朴念仁で。
邪な使用人に望まぬ婚約を押し付けられ、どれだけつらい思いをしてきたことか。
「あのね……わたし、知らない人と婚約しろって言われているの。でも、どうすればいいのかわからなくて……」
ぽつり、ぽつりと、コレットは胸の内を吐露していく。
きっと、ずっと誰かに聞いてほしかったのだろう。
「お兄様は婚約なんてしなくていいっていうけど、婚約しないとお兄様までひどい目に遭うって言われて――」
「……大丈夫ですよ、お嬢様」
またうるうると瞳を潤ませるコレットを、シュゼットはそっと抱きしめた。
「お嬢様はまだ婚約なんて考える必要はありません。そんな面倒なことは、大人になってからゆっくり考えればいいんです」
「本当……?」
「えぇ! 私が保証します!」
婚約者に捨てられ、金銭援助と引き換えに悪名高い侯爵に嫁いだシュゼットが言っても説得力ゼロだが……今は、とにかくコレットを元気づけたかった。
「ありがとう、シュザンナ……。なんだか、胸が苦しかったのが少しよくなった気がするの……」
「お嬢様……」
幼い少女がこんなに苦しんでいた現状に、シュゼットは憤った。
だがもっといろいろ話そうとしたところ、廊下の向こうから誰かを引き止めるようなレアの声が聞こえてくる。
(時間切れ……ね)
ここで対応を間違えては、もう二度とコレットやアロイスに近づけなくなってしまうだろう。
焦りすぎてはいけない。見たところコレットの体には虐待の痕などはないようだし、時間をかけて探りを入れた方がいいだろう。
「申し訳ございません、コレット様。そろそろ次の仕事の時間のようです」
「えっ……いっちゃうの……?」
「えぇ、でも大丈夫。またすぐに会えますから。あっ、できればここで私の会ったことは秘密にしていただけると助かるのですが……」
「うん、約束する。だから、また来てね。シュザンナ……!」
必死にそう言い縋るコレットに手を振り、シュゼットは静かに窓を開けそこから身を躍らせた。
コレットの部屋は一階に位置しており、ちょうど植え込みの陰に着地することができた。
ほっと胸をなでおろした直後、出てきたばかりの室内から先ほどの使用人の声が聞こえてくる。
(早く、なんとかしてあげたいわ……)
だがここで焦っては何もかもが水の泡だ。
以前からアッシュヴィル侯爵家に仕えている使用人と、最近ここに来たばかりのシュゼットではユベールからの信頼度合いも負けている。
中途半端な状況でコレット付きの使用人を糾弾しようとしても、ユベールに切られるのはシュゼットの方になるかもしれないのだから。
シュゼットは後ろ髪惹かれる思いで、その場を後にした。