17 初めまして、お嬢様
「それだけでは飽き足らず、あの男は男癖が悪い悪女に誑かされてアッシュヴィル家の財をつぎ込む始末! 最低の人間です!」
(ちょっと! 子どもになに吹き込んでんのよ!)
話題の「悪女」とは、十中八九シュゼットのことだろう。
男癖が悪くもなく、ユベールを誑かしたこともなく、ましては財をつぎ込まれたわけでもないシュゼットは憤った。
何よりも、まだ年端も行かない少女にこんな真偽不明のゴシップを吹き込むなど悪質すぎる。
「いずれ、奴らはあなたやお兄様をこの屋敷から追い出し……いえ、最悪ご両親のように始末しようとするでしょう。お嬢様が身を守る手段はたった一つ。これから私がご紹介する方と婚約し、守っていただくことです」
「わ、わたし……婚約なんてとても……」
「お嬢様はもう六つになられます。決して婚約するのに早すぎる年ではございません」
「で、でも……」
「はぁ……そうやっていつまでもめそめそしていては、あなたもあなたのお兄様もあの男にいいようにされてしまうでしょうね。嘆かわしい」
「ぅ……ぐす……」
少女の声がか細いすすり泣きに代わり、シュゼットは今すぐ目の前のドアを蹴破りたい思いに駆られる。
なんとかその衝動を抑え、今聞いた話を整理しようと思考を巡らせる。
(なるほどね、つまりは……)
使用人の一部が幼い兄妹にでたらめな話を吹き込み、ユベールと仲たがいをさせようとしているのだ。
幼い子供をいいように操り、親戚や関係者と婚約させ、侯爵家を乗っ取ろうとしているのだろう。
シュゼットは悪事を企む使用人へ猛烈な怒りが湧いた。
だが、それ以上にシュゼットが憤っているのは――。
(侯爵閣下も侯爵閣下よ! あなたの管理する屋敷の中でこんなことが起こっているのに、あなたの身内の小さな子供が脅威にさらされているのに、なに涼しい顔で無関心を貫いているの!?)
ユベールが幼い兄弟のことをどう思っているのかはわからない。
だが、少なくとも名目上は二人の保護者であるのだ。
だったら、なぜもっと気にかけてやらないのかとシュゼットはユベールを問いただしたい気分だった。
「早くご決断ください。さもなければ、遠からずあなたもお兄様もご両親と同じ道を辿るでしょうね。それでは失礼いたします」
(やばっ!)
こちらに近づいてくる足音が聞こえ、シュゼットは慌てて扉の影に身をひそめる。
これはバレたか……? と焦ったが、部屋から出てきた使用人はよほど注意が散漫になっていたのか、扉の影に隠れるシュゼットに気づくことなく去っていく。
シュゼットはその後姿を見送り、ほっと安堵の息を吐く。
そんな時だった。
「誰か……そこにいるの……?」
部屋の中から不安げな声が聞こえ、シュゼットはどきりとしてしまった。
(どうしよう……ここは逃げるべき? でも、またとないチャンスでもあるのよね……)
この機会を逃せば、次はいつコレットに接触できるかわからない。
シュゼットは意を決し、そっと扉の影から離れ室内へと視線を向ける。
そこにいたのは、可哀そうなほど怯えた様子の幼い少女だった。
シュゼットは彼女を怖がらせないように、微笑みながら一礼する。
「初めまして、コレットお嬢様。この屋敷にお仕えするシュザンナと申します」
ふわりと微笑むシュゼットに、幼い少女――コレットは驚いたように大きな目をぱちくりと瞬かせた。
次回からちょっと更新速度が落ちます…!