16 そろそろ尻尾を掴みたい
(侯爵閣下は甥を自分の跡継ぎにするくらいに大事にしている……。なのにどうして、教育や生活全般も含めて、こんなにも彼に無関心なのかしら……)
兄の忘れ形見である彼らのことを憎んでいたり、疎ましく思っているのならわざわざ跡継ぎにはしないだろう。
だが彼らのことを大事にしているというのなら、なぜこんな状況を放置しているのだろうか。
うっかり隠し子だと勘違いして、シュゼットが抗議した時……ユベールはいつになく感情が乱れているように見えた。
彼らに対してユベールなりに何か考えるがあるのはわかるのだが……その内情が、まったくシュゼットには想像がつかなかった。
(侯爵閣下はそういうところがわかりにくすぎるのよ……! 何か考えがあるのなら、私にも話してくださってもいいのに……)
不審に思われないように別館から立ち去る道すがら、シュゼットはちらりと背後を振り返った。
別館といってもシュゼットの生家から見ればとてつもなく立派な建物であるのだが……今は何故か、とても寂しそうな佇まいに見えて仕方がなかった。
シュゼットの作戦は、現在の所順調に進んでいる。
別館の使用人たちは面倒な掃除を押し付ける相手ができたと、度々(シュザンナというメイドに扮した)シュゼットとレアを呼び出すようになったのだ。
「うーん、そろそろ何か尻尾を掴みたいのよね……」
煤にまみれながら暖炉の掃除を終えたシュゼットは、ごみを捨てるふりをして堂々と別館をうろついていた。
何度かここへ通っていた成果もあり、すれ違う者たちは特にシュゼットとレアに気を留めることもなく通り過ぎていく。
さてどうするか……とシュゼットが思案し始めた、その時だった。
「いいですか、コレット様。何度も申し上げました通り、決してあなたの叔父――ユベール・アッシュヴィルを信用してはなりません!」
威圧するような声に、シュゼットとレアは同時に顔を見合わせる。
どうやら声は、廊下の奥の部屋から漏れ聞こえてくるようだった。
「……私が見張りをします」
「ありがとう、頼んだわ」
レアはすぐにシュゼットの望みを察し、小声で見張りを申し出てくれる。
彼女に礼を言って、シュゼットは足音を殺して例の部屋へ近づく。
そしてドアにぴったりと耳を着け、中の様子を窺う。
「あの男はあなたのご両親を殺し、地位も財産も奪い取ったのです! そんな罪人の言うことを信用できますか?」
「で、でも……おじさまはそんなこと――」
まるでか細く震えるような、幼い少女の声が耳に届く。
(あの子が、アロイスの妹のコレット……)
体が弱く滅多に外に出ない少女――即座に彼女の情報を思い出し、シュゼットがごくりとつばを飲み込んだ。