14 潜入完了
数日後、チャンスを得たシュゼットはレアと共に堂々と別館へと乗り込んでいた。
すれ違った別館の使用人と思われる女性が。二人の姿を見てきらりと目を光らせる。
「あらあなたたち、見ない顔ね」
思わず顔をひきつらせかけたレアを庇うように、シュゼットはにっこりと笑って答えて見せた。
「お疲れ様です! 厠の大掃除の応援に参りました、シュザンナと申します。こちらは同僚のレアです」
堂々とそう答えてみせたシュゼットは、家事使用人のお仕着せを身に纏っている。
その堂々たる態度と、厠の掃除という嫌がる者の多い作業の応援という言葉が効いたのか……別館の使用人はたいして気にかけることなく納得したように頷いた。
「あらそうなの。よろしく頼むわよ」
「お任せください!」
自信満々にお辞儀をするシュゼットを一瞥すると、別館の使用人はそのまま去っていく。
その姿が廊下を曲がって見えなくなったところで……一言も発しなかったレアが大きなため息をついた。
「はぁ~絶対にバレると思いました……!」
「堂々としていれば案外不審に思われないものなのね」
腕を組んでそう呟くシュゼットに、レアは尊敬の目を向けている。
「さすがは奥様……。一瞬で使用人としての立ち居振る舞いを身に着けるなんて……」
「まぁ……どっちかっていうとこっちが本業だから……」
さすがに貴族の屋敷で使用人として働いたことはないが、今まで家計を支えるために様々なところで働いていたのだ。
こういう場合にどう振舞うべきかはわかっているし、目的を達成するついでに先ほど宣言した「厠の掃除」もこなしていくつもりだ。
「よし……それじゃあ、情報収集と行きましょうか」
シュゼットが使用人に扮してまで別館に忍び込んだのは、アロイスとコレット……ユベールの兄の忘れ形見である二人の現在の状況を探るためだ。
まずはどこから調べようか……と考えた時、シュゼットの耳に大きな声が届いた。
「うるさい! 僕に指図するな!!」
(あれは……)
この声は知っている。
昨日、シュゼットの泥団子を投げつけてきた少年――アロイスのものだ。
「あっちの方ね」
シュゼットは不審に思われないように堂々と、声の方へ向かって足を進める。
やがて、おそらくアロイスがいるのであろう一室のすぐ近くまでたどり着く。
もう少し近づいて、中の様子を探ろうとしたが――。
「もうお前なんか知るか! バーカ!!」
とても侯爵家の跡取りとは思えない口汚い言葉と共に、部屋の扉が開け放される。
それと同時に、中から小さな子供が飛び出してきた。
「おっと」
こちらへ走ってくる子どもにぶつからないように、シュゼットは慌てて壁際へと退く。
そんなシュゼットを一瞥することもなく、アロイスは走り去っていった。
(何かあったのかしら……)
そっと彼が出てきた部屋を覗き込むと、中では身なりの良い女性がぶつぶつと文句を言っていた。