10 隠し子?
「……何の用でしょうか。何かあったら使用人に申し付けてくださいとお伝えしたはずですが」
呼び出しに応じやって来たユベールは、面倒くさそうな表情を隠そうともしていなかった。
だが、シュゼットも退かなかった。
何が何でも彼を問いたださなければと、レアに無理を言ってこうしてユベールを呼んだのだから。
「お手間を取らせてしまい申し訳ございません、ですが、どうしても閣下に直接お伺いしておきたかったものですから」
シュゼットはただの雇われ妻。
だが、だからこそ……現状はきちんと把握しておきたいのだ。
「侯爵閣下、私は契約結婚によって閣下に雇われた身です。決して閣下の恋愛事情に口を挟む気はございません。ですが……」
すぅ、と息を吸って、シュゼットは一気にまくしたてた。
「せめて、隠し子がいることくらい事前に教えてくださっても良いのでは!?」
シュゼットは庭園を散策している途中に、ユベールの隠し子と遭遇し思いっきり泥団子を投げつけられたのだ。
ユベールは何とも思わなかったのかもしれないが、きっとあの子からすれば、シュゼットは自分の母の立場を乗っ取りに来た厚かましい女でしかないのだ。
何も知らないシュゼットが大きな顔をして屋敷を歩き回って、さぞ不快だったことだろう。
(私が愛人に嫉妬して追い出すとでも思ったの? そんなことしないのに!)
愛人やその子供がいるのなら、きちんと挨拶くらいさせてくれてもいいだろう。
そうすれば、円満な関係を築けるかもしれないのに。
だがシュゼットの言葉を受け、ユベールはなにがなんだかわからない……とでもいうような声を上げた。
「…………は? 隠し子?」
「すっとぼけないでください! あの離れにいる子どもですよ! あなたも父親ならもっとその辺りに気を遣って――」
「あぁ、そういうことですか」
ユベールはあからさまに大きなため息をつくと、少々歯切れが悪そうに口を開く。
「あれは、隠し子ではありません」
「またそうやって誤魔化して! 『坊ちゃま』って呼ばれていたのを私はちゃんと聞いて――」
「兄の子です」
ユベールが静かに口にした言葉に、シュゼットはぽかんとしてしまった。
「兄の、子……?」
「えぇ、先代侯爵――父が亡くなった事故で、兄と兄の妻も同時に亡くなりました。あなたが見た子どもは、兄夫婦の忘れ形見です」
(そういえば……)
先代侯爵が亡くなり、ユベールが「死神侯爵」と呼ばれるようになった契機の事故……。
その際に、元々跡取りであった彼の兄も同時に亡くなったと聞いていた。
だからこそ、よりいっそうユベールに疑いの目が向けられたのだとも。
(お兄さんに、子どもがいらっしゃったのね……)
だとすると、あの子はユベールの隠し子ではなかった。
シュゼットの早とちりだったのだ。それはすまなかったが……。
「それでも、同じ屋敷で暮らすのだから説明くらいしてくださってもよいのでは!?」
「あの子はこちらの母屋の方へは近寄りません。あなたも不快に思うのでしたら別館の方へ近づかなければそれで顔を合わせずに済みます」
あまりにも淡々のそう告げるユベールに、シュゼットの中で不信感は募っていく。
「……ちなみに、あの子に私のことは説明したのですか?」
「使用人に説明するように指示をしてあります」
(直接説明してないの!? あの様子だと絶対曲解されてるじゃない……!)
使用人があの子供になんて説明したのかは知らないが、「ここから出てけ! 悪女め!!」という言葉を聞く限り、完全に誤解されているようだ。
シュゼットはだんだんと頭が痛くなってきた。