半獣としての復活
「………死にそうだなぁ」
「ちょっ、夏ならともかく冬に吐き出す台詞じゃないでしょそれは」
友達の雲雀がツッコミを入れる。
「死にそうなものは、死にそうなんだよ。なんというか…体が怠いっていうか」
言ってて思ったけれど、私は半獣だ。半獣だから怠いだけで済んでいるのだろうが、完全な獣人になったらどうなっていたんだろうか。ちょっと怖いな。
「それで、ここんとこの数ヶ月何してたの」
「……自分探しの旅」
「アンタそういうことするタイプじゃないでしょ」
「うるさいな、なんだっていいじゃない」
「それで、久々に出席したと思ったら授業をサボって……先生涙目だね」
「毎日来てるくせにサボってる貴方の方が害悪だと思うけどね。それで、雲雀…何か変わったりした?」
「あの人が生徒会長になったくらい?」
「……面倒なことになりそうだね」
「あと転入生」
「へぇ、こんなボロボロの寺子屋に転校してくる物好きも居るものなんだね」
「アンタと違って毎日来てるよ、結構キャラは濃いけどね、面白いよ」
「キャラが濃いのはあの人だけで十分だっての…」
「私自分でもめっちゃキャラ濃いと思うんだけどどう思う?」
「そうだねー」
「なにその返答の仕方!」
「別に良いじゃん、世の中知らなくても良いことがあるんだぞー」
「それもそっか!」
時々、この子が心の底からバカなんじゃないかと思う。
「こらそこ、授業をサボってるんじゃありません!」
「お、噂をすれば会長だ」
「生徒会長就任おめでとー」
「ありがとう、って、違う!そこの部員A!」
「名前呼ぶの面倒だからってモブみたいな感じで呼ぶのやめてもらっていいですか?」
言い忘れてたかもしれないけど、私は部活に入ってる。雲雀も同じ部の部員だ。
「貴方どこに行ってたの!何ヶ月も部活に来ないで!」
「自分探しの旅」
「そう…………本当の自分は見つけられたの?」
もしかしなくても、この人もバカなんじゃない?
「嘘に決まってるでしょ」
「そうやって、誰かを信じずに疑う人は嫌いです」
「閻魔かよアンタは」
「本当の自分……か、見つけられたよ」
半獣の自分、を。
「そう、それならよかった。雲雀、貴方は生徒指導室ね」
「なんで!?私だけじゃないじゃない!!この子もサボってたじゃない!!!」
「彼女はサボってたわけではない、自分探しの旅をしていただけです」
そうして、雲雀は会長に連行されていった。
「……妙な人」
長い間の付き合いだとは思っているが、未だにその性格が掴めない。
「……濃いなぁ、キャラが」
私は一人きりの空間で、そうぽつりと呟いた。
私の部活は図書室を使わせてもらっている。そんな大層なこともしないけどね。まぁ、部長がなんとかして手に入れた場所ってところ。
私は部活のために登校しているといっても過言ではない。部員のみんなとどんちゃん騒ぎするために寺子屋に行く。そう、そのためだけに。
……春休み、私は部員のみんなとたくさんの想い出を作りたい。だって、夏休みまで生きられないだろうから。まぁ、そんな悲観的になったって意味はないだろうけど。
そんなことより、早く部活に行こう。そうして、急ぎ足で―――
「いらっしゃい」
「失礼しました」
「待って待って、何で帰るの!?」
「だって、私魔法部の部員じゃないし」
「大丈夫だって!あってるから!!!」
「私の部員に貴方のような人は居なかった気がするんだけど。………あぁ、貴方が噂の転入生か」
「僕は貴方を見たことないですがね」
「自分探しの旅に出かけていたからね」
「…なるほど、僕と同じというわけですね」
「違いますね、はい」
漆黒のマントを覆った明らかに厨二病な、この子と同類にはされたくないな。悪いけど、死んでも嫌だから。
「まぁいいや、僕の名前は英傑 永劫。よろしく」
見た目のわりには名前は………うん、ノーコメント。
「よろしく、それでどうしてそんな格好を?」
「狂戦士だからに決まってるでしょ」
そんな当然のように言われても困るんだよね。
「まぁ、一般人に説明しても意味ないか」
「…私実は半人半獣なんだよね」
「小説の見過ぎじゃない?人里に人外が居るわけないだろ」
「ブーメランって言葉知ってる?」
「そういえば、何年なの?一年?」
「二年だね」
「先輩!?」
「そんな一年に見えるのかな貴方には」
「子供っぽいし」
「一回失礼という単語を調べ直してこい」
「え……ごめん、なさい?」
「敬語に違和感あるなら無理して使わなくていいよ」
「いや、そこらはちゃんとやりますよ。先輩を尊敬するのが後輩ってものでしょう?」
「貴方この短時間で性格変わった?」
まぁいいか。私は近くにあった椅子に座る。
「それにしても」
「どうしました?」
「どうして、この部活に?」
「特に理由はありませんよ。部長に救われた、ただそれだけのことです」
「部長?部長となにかあったの」
「僕、虐められてたんですよ」
「虐め?」
「はい、だから学校には来てるけど教室には行けなくて。そのかわり、ここで本を読んでました」
「そこで、部長に見つかったと」
「そういうことです、虐めの件を伝えたらここに居れば良いと言われましたよ」
「なるほど、だからこんな中途半端な時期に入部を。まぁ、部長が言うなら私からは何も言わないけど。よろしく、英傑くん」
「永劫でいいですよ。貴方の名前は?」
「私は―――」
そうして、自己紹介をした。途中で弟が乱入してきて、部長がきて、雲雀がきて、雑談をして部活は終わった。こうしてみると、うちの部活ほんとに何もしてないや。
そうして、帰宅した私は自室でゆっくり本を読んでいた。
「楽しかったなぁ」
人と話すって、やっぱり楽しいことなんだなと実感する。
「お姉ちゃん、新聞」
弟が新聞をぽいっと投げてくる。
「おっとと、どれどれ………強盗…殺人?物騒な」
事件現場はここからそれほど近くはなかった。でも、犯人は逃走中らしい。
「怖いなぁ」
人間離れした身体能力で、身を隠してる…か。
「貴方はしないの?」
「うわ、びっくりした」
後ろから声がしたと思って振り向くと、黄泉 寂滅と……誰だろう?
「ああ、この人は私の姉さん。黄泉 叡智だよ」
「………」
黄泉 叡智……と呼ばれた人は、何も喋らなかった。ただ、冷たい表情でこちらを見る。
「大丈夫、ただの付き添いだよ。姉さんこう見えて心配性なんだ」
「息をするように不法侵入しないでくれないかな?」
流石にびっくり、その一言である。
「ちなみに、その質問の答えは『いいえ』だよ」
「へぇ、しないんだ」
「する意味も理由も全くないからね」
「する理由?あるじゃない」
すると、寂滅は私を指さして
「貴方は死の淵から黄泉帰った、私のアドバイスのおかげでね。まぁ、桜が散るころには死んでしまうけれど」
「それが、なんなのさ?犯罪を犯したって捕まるだけで、残りの人生狭いところで過ごすのがオチじゃない」
「そうかな、今の貴方は簡単に人間達を捻り潰せるほどの力はあると思うけれど」
「それは、そうだけど」
色々試したけど、身体能力は昔の倍はいっている。走ればどこまでもいけそうだし、殴れば物体はいとも簡単に壊れる。
…だけど
「それでも、する気は起きないよ」
「その減らず口、いつまで続くのかな?」
「あと、思ったんだけど」
「何?」
私は新聞を寂滅に見せながら
「これ、貴方がやったの?貴方の仕業なの?」
人間離れした能力、寂滅のものかと思ったが
「私がやるわけないじゃないか、それは貴方と同じ…半獣が起こした憐れな事件。死に追い込まれた人間の、意味不明な行動の末路」
「私と同じ…半獣が?」
「そういうことだね。人間って、こう考えるんだってさ。『どうせ死んでしまうのなら、何をしても良い』ってね。それに加えて、誰にも捕らわれることがないのだから。だから、そんな事件を起こすんだ」
「…それが、私の幸せと直結するならやるかもしれないね。でも、生憎そういうのは幸せとは程遠いと思ってるから」
「その口、いつまで持つかな。私は、何年も人間達を見てきた。人間は、人外以上に化け物だ。裏で、何を考えているのかわからないんだもの。騙し合い、裏切り合い、それが人間の日常。みんな自分勝手、自分こそが正義ってね」
「まぁ、人間は自分勝手ってよく言われてるし」
「そう、ファンタジーやメルヘンなんかじゃない。そこにヒーローなんてない、正義なんてものはない」
「そうだね、そうかもしれないね。貴方の中では」
「………なに、その上から目線は」
「思ったことを言っただけ、貴方は人間の本質を知らないんだ。ようするに、極端すぎる」
「ふん、産まれて十年前後の赤子が何を抜かす。そんな貴方が、人間を理解しているとでも言いたいの?」
「そうは言ってない。……それで、何か飲んでいく?」
「要らない。別にゆっくり雑談したくて寄ったわけじゃないから」
「あらそう」
「そういえば、貴方今お腹空いてる?」
「普通くらいだね」
「何か食べた?」
「少しだけ」
「美味しかった?人間の料理は」
「普通くらいだね」
「へぇ、そう」
その牙を見せつけるように笑う人狼。
「…それでも、私は半分だとしても同族の肉を食べたりはしない。だったら、自殺した方がマシだ」
「そんな考えをするのは最初だけ。どんなに頑張っても貴方は人肉を食べるよ、絶対にね。貴方みたいな人を偽善者って言うんだよ」
「そう思いたいんならそう思ってればいいよ。だけど……貴方は本当に観測したいがために、私を生き延びらせてるんだね」
「私は、人間を知りたいだけ。自分勝手な生き物なのか、善に走る生き物なのか。まぁ、後者なんてこれっぽっちも居なかったけど」
「あっそ」
「……うっざ、何その返事」
「素直にそう思ったから」
「…まぁいいや、言いたいことは言ったから消えるよ」
「家にいる時は暇だから、いつでも来ていいよ」
「もう来ない、どうせ貴方も同じなんだ。どうせ…自分だけにその余生を使うんだ。姉さん、行くよ」
寂滅はその強靭な体で家の窓から飛び降りた。叡智も続いてパルクールをする様に降りる。叡智は寂滅に乗って、そのまま二人はその姿を消した。
「他の人間…ね」
もし、私が寂滅の思っている通りに動くのならば…ああいう惨劇を起こして、死ぬまで自分勝手に生きるのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい」
私はベッドに座る。
「私は……ただ、みんなと一緒に過ごせれば…それでいいんだ…」
それは、人外からみたら偽善者なのだろうか。そもそも、偽善の基準ってなんだ?
「…私に哲学は向いていないらしい」
そう、私は呟いた。