狼が奏でた前奏曲
私は、今瀕死だ。
身体中に、点滴だらけ。
身体もろくに動かせない。
私は命に関わる重い病気を患っている。
今の季節は冬、医者にはもう桜は見れないだろうと言われた。
……なら、どうしてわざわざ延命させるんだ?
どうせ、もうすぐ死んでしまうのだから延命させたって意味はないじゃないか。
死にたい、そう思った。こうして無理やり延命させられるくらいなら…死んだ方がマシなんだ。
そうして、点滴にゆっくり手を引っ掛けて、ぶち抜こうとしても、出来なかった。
死ぬのが、怖いから。
死んだ後、どうなるのかわからないから。
そして、寂しい。こうして、一人寂しく死んでいくのが……
「うわっ!?」
その時だ、地震が起きた。その衝撃で私は点滴の管を抜いてしまった。
その途端、視界が一気に真っ黒になる。呼吸がうまくできなくなる。
「あ……ぁぁ…」
死ぬ、死んでしまう。死にたくない、死にたくない。
私がどんなにそう願っても、私の体はどんどん死んでいく………
「生きたいの?」
「………?」
声がした。聴覚はまだ死んでいなかった、その声は女の子だった。
「生きたいか、それを聞いてるんだけど」
「………!!」
生きたい、そう叫んだつもりだけど声にでない。
「そう、生きたいの」
どうやら、その子には伝わってくれたようだ。
「好きな動物は?」
「………?」
私の好きな動物は………犬。
「そう、じゃあ今から自分が犬だって強く思ってごらん」
「…………??」
半信半疑でやってみる。死なないで済むのなら、試してみるくらいいいだろう。
しばらくして聞こえた、犬のような呼吸音。
「………ん」
私は目を覚ました。
「ここは、病室……?」
私は体を起こす。
「……え?」
私は今、何をした?体を、起こしたのだ。
そんなこと、できるはずがないのに!
「起きたね」
正面から、声がした。
「こんばんわ」
「誰………?」
知らない女の人だった。でも、ただの女の人では無さそう。
尻尾と耳だ。彼女には犬のような尻尾と耳が生えている。コスプレではなさそうだ、あまりにも自然すぎるから。
「黄泉 寂滅」
「よ、よみ…じゃ…?」
私が名前を言い終わる前に彼女は口を開けた。
「騒霊であり、人狼だよ」
「騒霊………人狼………?」
私は思わず首を傾げた。
「え、どっちなの?」
「どっちでもあるよ。私、最初は騒霊だったんだけど後から人狼の能力も得ちゃったの。霊っていうのは人間と違って簡単に変わってしまうから。まぁ、信じるか信じないかは貴方に任せるけど、おチビさん。数多の人間を喰い殺してきた邪悪なる『蒼と紅』、黄泉 寂滅とは私のこと」
「蒼と……紅…?」
蒼は蒼い目をしているからまだわかる、だけども紅色の要素はどこにもない。
「そんなに信じられないか、なら聞くけどどうして貴方は生きてるの?」
「それは…」
「まぁ、ネタバラシすると貴方は犬の獣人になったわけ。獣人は人よりかは生命力はあるからね」
「はぁ!!?」
自分でもすごい声が出たと思う。
「獣人……って」
「といってもちょっとだけだけどね。半獣ってところかな?貴方の想いが貴方を獣人にしたってわけ」
「どうして、そんなことを?」
「獣人にしたのは貴方自身だけどね。まぁ、延命した人間がどう生きていくのか……私は興味あるけど」
「…延命?」
「そ、死ぬまでの時間が少しだけ延びた。私が知りたいのは、貴方がどうやってその残された時間を使うのか。それが、知りたいだけだよ」
「不老不死には……ならないんだね」
「当たり前じゃん、獣人だって人間より長生きするだけで死ぬ時は死ぬよ。それに、私は騒霊であって魔法使いじゃないしー」
「……残された時間はあとどれくらい?」
「………桜が散るまでかな。それまでその余命……好きに使えばいいよ。それじゃ、家族が待ってるから私は帰る」
「あ……行くの?」
「私は貴方と喋りたいから貴方にアドバイスしたわけじゃない、貴方の生き様を見たいから…アドバイスしただけ。それじゃあね」
その後、ぶわりと風が吹く。私がその時見えたのは……狼がここから走り去る姿だった。
「一体……なにが……?」
黄泉 寂滅だったかな。あの人が考えていることはよくわからないけれど、こうして延命してくれたことには感謝しよう。
私は立った、久しぶりの感覚だった。
体が軽い、今まで体に何か重いものが縛られていたのかと疑うほどに、軽かった。
試しにジャンプしてみる、天井にまで手が届いた。
「………あれ????」
こんな高くジャンプできるものだっけ、人間は。だって、天井までは見た感じ2メートルはあるのに、おかしいな。
「ああ……そうか」
そういえば、私一応獣人になったんだ。
「なるほど、あの人の言っていたことは真実だったわけだ」
だとしてもどうしよう、日常生活でこんなことしたらどう頑張っても化け物扱いされる。
「………ちゃんと、コントロールできるようにしないと」
できるかはわからないけどね。人間だった時の体の事情なんてどうでもいいや。
「まぁ……やることないし、寝よう………」
寝れなかったけど。
そんなことがあって、私は退院した。医者はとっても驚いてたよ。私も驚いてるけど。
色々な手続きをして、ついさっき退院した。
……なんだろう、こうして生きていることがとっても嬉しいな。
もう、行くことはないと思っていた寺子屋に、通えるんだ。
「お姉ちゃん!」
「わっ!」
「なんだよ、化け物を見たような顔をして」
「ああ、ごめん。あまりにも…久しぶりで。おはよう、ロン」
「にへへ、おはよ」
この子の名前はロン、私の大事な弟だ。ちなみに、寺子屋のみんなは私の病気のことは知らない、教えてないから。
だから、本来なら私は一人で静かに死ぬはずだった。でも、私は今こうして生きている。人間では、なくなってしまったけれど。
「それじゃあ、行こっか」
「そうだね」
ゆっくりと、姉弟で寺子屋に赴く。ああ、何ヶ月ぶりだろう。みんなには不審がられるだろうけど、別にいいか。
「どこに行ってたのお姉ちゃん」
「どこに……かぁ」
弟にも言っていない、病院と言っては不味いため私は適当にはぐらかした。
「自分探しの旅、かな」
「だめだよ!そんなの大人になってからいくらでもできるじゃない!」
「えぇ…」
「お母さん言ってたよ、学生は学生ができることをやれって」
「うるさいなぁ」
……でも
「やることは、これからやるからさ」
「ほんとかなぁ、お姉ちゃん意外と阿保だからなぁ」
「アンタには言われたくないわ」
弟は私よりバカである。これは譲らん。
「でも、久しぶりだなぁ。お姉ちゃんと一緒に寺子屋に行くのは」
「それはごめんなさいね」
弟の頭をぽんぽんと叩く。
「そんな人を小馬鹿にしてると将来ダメな大人になるんだよ!」
「……そうだね」
「……どうしたの?どうしてそんな顔してるの?」
「……え?あぁ、ごめん。顔に出てたかな」
「うん、笑ってるようで…でも笑ってなくて…逆に…悲しそうで…」
「そんな顔、だったんだ」
そんなこと言われても、将来のない私にどうしろと言うのだろう。いや、どう考えても無駄だ。これは、運命だ。
ああ、どうやって話を戻そう。
「あ、そうだ」
「ん?」
「お姉ちゃん、告白の件結局どうするの?」
「ああ、あれね…」
まだ、私が入院する前の話だ。春が、終わるくらいだったかな。一人の男子に呼び出された、そして告白された。散っている、桜の木の下で。返事はというと……まだ返していない。だって、その子が傷ついてしまうから。『はい』と答えても、私はいずれ死んでしまう。せっかく答えを貰えたのに、すぐに離れてしまうなんて悲しすぎないと思わない?それに、断ったら断ったで傷つくし。答えないのが、一番だったんだよ。
でも、覚悟を決めるべきなんだろう。きっぱりと、言うべきなんだろう。
―――これは、私の別れの物語。みんなと、別れる物語。私の余命がもう無いということを誰にも悟られてはならない。期限は、桜が散るまで。それまでに―――
―――私は、さよならをする。