噂のあの娘
あくまでも真剣な顔で望月さんが口を開く。
「黒門流は元々甲賀流から逃げ出した一部の者達が作り上げた流派です。俗に言う抜け忍という集団です。伊賀忍者、甲賀忍者というのは有名な名前ですが、お聞きになったことはありますか?」
「まぁ……名前くらいなら」
「その甲賀流は豊家。分かりやすく言えば豊臣秀吉に仕えていたのはご存知ですか?」
頷く。初めて知ったことだが頷いておく。
「黒門流の方達はある事がきっかけで里を抜け出しました。抜け忍の末路は悲惨です。大抵は家族や友人に殺されてしまいますので」
抜け忍という単語は漫画とかアニメで知ってるってばよ!
「ではなぜ初代黒門流頭領たちは危険と分かっていながら抜け忍になったのか。命を狙われながらも、蔑まれながらも生きたのか。人とみなされないような扱いもされたと、書物には記してありました。それでもなんとか生き抜けたのは、一つの目的があったからです」
「目的ですか?」
「はい。死神のことを後世に伝えるという目的です」
望月さんにばれない程度に隣を見る。隣の外法者は——。
「なんでずっと無視するん? 酷いで? 僕うさぎちゃんやねんで? 寂しいと死んでまうねんで。これ以上無視するなら泣くからな。それか家出したるからな」
と言っている。うん。あの、お前のうさぎちゃんとかどうでもいいから聞こうよ。望月さんの話を。
「豊家の末路はご存知ですか?」
「えっと、なんとなくですけど」
「豊家があのような末路を辿ったのは、豊臣秀吉が死神の力を使ったからだと、父は言いました」
にわかには信じられない。信じられないのだが……記憶の欠片が死神の言葉を再生する。こいつは確かに言っていた秀吉の名前を。
「書物にはこう記されていました。秀吉公の天下統一には黒き衣を纏う、山羊面の物ノ怪が深く関わっている。と」
……その頃から山羊のマスク付けてたんだ。
「初代黒門流頭領は秀吉に随分と気に入られていたそうで、大阪城にて仕事授かっていました。ある夜半に秀吉公に呼ばれ『儂の秘密を知りたいか?』と言われ。頷くと同時に山羊面の物の怪が現れたと記されています。それが――」
「死神」
「はい。秀吉いわく美しく光る水晶玉を信長公から授かり、それがこの物の怪を呼んだと言っていたそうです」
うわぁ~。ついに水晶玉がでてきてしまったぞ。望月さんはいったいどこまで知っているんだ?
「物の怪の事を秀吉は死神と呼んでいました。死神に頼れば全ての願いが叶う。秀吉はそうも言っていたそうです。ですがある日を境に、死神は忽然と姿を消したそうです。そこからは転がるように豊家に不幸が続き。そして……」
「豊臣家は滅んだ?」
「正確に言うならば、子孫の方々がいますので、豊臣家全員が滅んだわけではありません。しかし豊家の滅びは死神と断定した初代は恐ろしくなり、他にも見たという仲間を連れて里を抜け出しました。物の怪には何も頼ってはいけない、アレに頼れば必ず不幸が襲う。この事を世に広めなければ。そう思ったそうです。ですが生きることで精一杯だった初代達はその目的も果たせずに亡くなってしまいました。書物の最後には死神と関わること無かれ。という言葉で締めくくられています。――顔色が優れませんね? 急に突拍子もない話をしてすいません。この話、信じていただけますか?」
答えられない俺に含みのある笑顔がプレゼントされる。
「私の目的は件の死神を探し出し。黒門流を復活させることです」
なるほど。だから死神を探しているのか。でも今の話を聞くかぎり、死神に関わると死ぬというのが連想されるのだが。それでも会うというのか、この人は?
「理解できないと言った表情ですね。父も同じ顔をしていました。ですが――」
望月千代が言葉を止め、真っ直ぐな目で俺を見据える。
「父に恩返しがしたいのです。元々拾われなければ無かった命。この命は父の為に使おうと思っています。父の生涯を懸けた願い。黒門流復興を叶えられるなら、死ぬことは本望です。なのでもし、死神のことについて知っていることがあれば、是非教えていただきたいです」
「あの、えっと。お父様はあなたが死神を探していることを知ってるんですか?」
「そ、それは、は……はい。知って、ます」
言い淀んだぞ! 何か隠してるなこりゃ。半目で見つめていると、あうあう言い出す望月さん。
「じ、実は。父に死神を探すと言ったところ大反対されまして」
だろうね。話聞く限りお父さん良い人そうだし。
「それで、私もムキになってしまって。初めて大喧嘩してしまいまして……今は連絡をとっていません。勢いで飛び出したのはいいのですが、結局は父の知り合いの所に住まわせてもらっていまして。なんというか……穴があったら入りたい状態でして。なので一刻も早く死神を見つけて黒門流を復活させたいのです!」
望月千代の話を俺なりに纏めた結果、導き出される答えは一つ。
この子、たぶんバカなのかな?
父親は黒門流よりもきみの方が大事だと思うよ? あとこのご時世に忍者の復活って重要あるの? お父さんも復活させても意味無いかもって薄々思ってるんじゃね? だから早く家に帰ってお父さんにお茶とか入れてあげなよ——という事を角が立たないようにやんわりと伝えると。
「もう後には引けません。もしこれ以上シラを切り通すのであれば、力付くで聞き出します」
パワープレイ脅迫です。眼が怖い。きみには笑顔の方が似合うよ。というフレーズが思いつく自分も怖い。
俺が死神について知っていると思われているのは彼女の中では確定しているのだろう。今までの眼差しは愛嬌をふりまく目ではなく。俺の一挙手一投足を観察する目だったのだろうか?
困ったふりをして視線を逸らす。目的は死神に助言を求める為だが……。
いない。
ずうっと無視していたので拗ねてどこかに行ったのか? 話しに集中するあまり家を出て行ったことにすら気づかなかった。こっちは聞きたいことがあるというのに。
「さぁ! 話してください! さぁ! さぁ!」
ちゃぶ台に身を乗り出す望月さん。おそらく俺の顔は真っ赤だろう。可愛い顔が近づいてくる、というのもあるのだが、それよりも俺の目はある一点にくぎ付けになっている。
揺れている。二つの宝具が揺れている。彼女が身を乗り出す度に揺れている。どんなマッサージでも癒されない渇いた心が癒されていく。
「へ? あッ! あの。そんなに見つめられると……」
狙い撃つぜ! 的な視線に気づいてしまった望月さんは、頬を染めながらもごもごとし始める。
「もし、死神に関して、何らかの情報を与えてくださるのなら。その……いい、ですよ」
「……へ?」
胃の底から声が出た。
「その……。ぅ~恥ずかしい。で、でも、その本当に、その……」
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ハッ! あまりの衝撃に時が止まっていたようだ。落ち着いて思考を再開させよう。尊い乳と死神の情報か……そんなものは、考えるまでもない。
「望月さん」
「……はい」
「死神はギャンブルとキャバクラが大好きです。そして水晶玉を媒介にしてこの世に現れます。僕も試してみましたが、上手くいきませんでした。きっと何か方法が違っていたのでしょう。ただ死神はきっとこの街にいる。僕が分かるのはそれだけです」
……なんだろうこの一仕事終えてやった感は。嘘はついていない。真実を少し歪めただけだ。でも望月さん、あなたならききっと真実に辿りつくはずだ。真実というものはいつも一つなのだから。さぁ、じゃあその立派な双丘を――
「真実を言ってはいるものの何か大事なことを意図的に隠していますね? 忍者に嘘は通じませんよ」
忍者SUGEEEEEEEEE!
「まぁ、おいおい聞き出すとして今はいいです。では早速死神を探しに街に行きましょう」
え? メロンタイムは?
「さぁ! 時は有限です。時間という概念に時の支配者は待ったをかけてくれませんよ。一刻も早く死神を見つけ出しましょう!」
ちょっと待って。その口ぶりだと俺も行くの。という視線をぶつけると。当然です! という熱い眼差しが返ってきた。マジで? 全然行きたくない。そもそも俺関係無い。とおもちゃ売り場で駄々をこねる子供のようにあれやこれや言ってみたが、グイグイウーマン望月千代は一切取り合ってくれず。
しばらく押し問答を続けたあと、考えた末の最後の言い訳は自分で言って悲しくなるものがあった。
「……俺、これから、彼女とデー――」
「嘘ですね」
早い! しかもくい気味! またもやあっさりと見破られてしまった。
忍者に嘘は通用しないを少しだけ信じ始めている自分がいる。望月さんは立ち上がり微笑んだあとにこう告げてきた。
「今のは女の勘です」
その笑顔には絶対強制の力があった。
時間は流れ現在の時刻は午後八時。
平均的に栄えた駅前の通りは場末感の漂うネオンの光や。クソ寒いのに呼び込みに精を出す若者。仕事終わりのサラリーマンや、飲み会にいく若者でごった返している。
「今日は収穫無しでしたね。また明日頑張りましょう!」
喧騒が辺りに響く中、もっちゃん(望月さん)の可愛い声が耳に届く。
明日もって、明日も俺に手伝わせる気か⁉ ヤバい。この子バカと同時に人の意見を聞かないタイプだ。どうやっても俺を逃がさない気だよ!
「タ、タフですね……望月さん」
「はい。忍者ですので」
家を出た俺らは街中を歩き。時には走り、走り、走り。基本ずっと走りながら死神を探したが奴は見つからなかった。というか見つけてももっちゃんには分からないのだが。ひたすら走っていたせいでこっちはバテバテのヘロヘロのゼエゼエだ。
「もっと体力をつけた方がいいですよ」
息一つ乱さずに立派な胸を張るもっちゃん。ずっと走っていたのにどうして疲れないの? 化け物かきみは? いや忍者か。
「では今日はここで解散しましょう」
「……明日もやるんですか? 明日はちょっと、えっと、あれです。あれがあるから……」
適当な言い訳でも並べて断ろうと思ったのだが、嘘ついてもすぐバレるんだよな。あ⁉ もっちゃんが疑いの眼差しで見てる。半目になってこっちを見てる。やめてそのゴミを見る目、ゾクゾクなんてしないんだからね!
「やっと見つけた」
身悶えしていると氷柱のような声が背中に刺さる。
「……つ、つぼみ、さん」
もっちゃんのテンションがあきらかにダダ下がる。後ろをふり返ると金色の長髪を手ではらう、噂十頭身と言われる美女がいた。
男を狂わす抜群のスタイル、初芽つぼみ。