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まさかまさかだってばよ

 どんなことがあろうとも明日はやってくる。とは誰の言葉だっただろうか? 貧富の差を見せつけられても明日というものは来るし、死神と一緒に住むなんて非現実的なことが起きていようが地球は回転し。朝は訪れるものだ。

 いつものように死神の作ったしょっぱい味噌汁を啜り、テレビから流れるニュースをぼんやりと見る。

 死神は「忙しい、忙しい」と言いながら、洗濯物を干し、掃除機をかけ始める。どんどん高まる彼の母親力はおそらく一生かかっても解明できないだろうし、したくもない。

 今日は大学に行こうかどうか悩んでいるとインターホンが来客を報せる。

 現在の時刻は八時半。

 死神を見ると、自分じゃないよ。というジェスチャーで答え、そそくさと掃除の続きを再開。死神関係では無い。となると当然俺への来客なのだが。

 はて? こんな時間から新聞もしくは宗教の勧誘などは来ないだろうし、平均値の友人かと思ったが、あいつが朝からこの家に訪ねてくる。というのは限りなくゼロに近いので除外。母親なら連絡があるだろうし。誰だ? 全く思いつかん。

 あと我が家に訪ねる人物となると……。なると。うん。

 一人いる。いるにはいるが。え? マジで? まさか……いやいやまさか……ないないないない。ないでしょ! ない。な、い?

 万がいち。万がいち元カノが家に訪ねてくるパターンもない事もなくもない!

海馬から別れの記憶を引き出し、深く考る。たどり着いた結論をさらに吟味し、様々な脳内鑑定人たちに調べさせたあと一つの事柄にいきつく。

もしかしたら……止めてほしかったパターンのやつだったのか?

わざと別れる素振りを見せて本当は止めてほしかったパターンだったのか?

 ……もしそうだとしたら。女心とはかくも不思議なものなのか⁉ そう思った瞬間からもう一度なるインターホンが、唐突に可愛らしく感じてくる。

ドックンドックンうるさい心音を自制心で抑え。全然意識してないよ。感を装ながら移動し玄関扉に手をかける。

 もう一度元カノに会ったら、絶対言ってやろうと思っていた言葉が頭の中で何度もリフレインを始める。それは未練がましいと思われるかもしれない。それでも俺は言いたい。

 ありったけの感情をぶつけてやりたい。

 玄関を開ける。少しだけ開かれる扉から女性の肩口が見えた。

 間違いない。

このなで肩は元カノだ。心音は鼓膜にべったりと張り付いて外部の音を完全シャットアウト。

 さっきから何度も生唾を飲み込んでいるせいで軽くえづきそうだ。

 落ち着けといい聞かせるが手が小刻みに震えている。まるでそれ以上扉を開けたらまた傷ついてしまう。そう未来を暗示しているようだ。

 もう傷つきたくはない。もし俺の予想と違い辛い言葉を浴びせられたら。また心をナイフで切り刻まれたら。そう思うと扉を閉めて鍵をかけ、耳と目を閉じ口を噤んで引きこもっていたい……と、少し前までの俺なら思っていただろう。

 あいにく俺はライ麦畑にも行かないし。精神病院にも入院する予定も無い。

 こっちはここ最近の死神騒動のせいで精神異常の耐性には折り紙つきだ。こんな臆病風になんて負ける気がしない。やったんぞこらぁ! 気合と同時に思いっきり扉を開ける!

 そして叫ぶ。


「俺はまだお前のこと好きだから!」


 言ってやった。言ってやったぞオイ! 少しだけ恥ずかしかったので目を瞑ったけども、そこは及第点として大目にみてくれ兄弟。

 だが返事が無いのが不安だ。そろそろ目を開けてみよう。ゆっくり、ゆっくり瞼を上にあげ――

「フふぇッ⁉」

 ――意味の分からなさに変な声が出てしまった。

 え? ちょっと待って! 何がどうなってるの? なんで? なんで俺の家にこの人がいるの? 意味が分からない? 意味が分からないよ⁉ 助けて! 誰か助けて! いや、いっそ誰か五秒か六秒くらい時間を巻き戻して! もしくは俺を殺してくれ‼

 ぐるぐると回る思考では一向に解決には向かわないのだろうが、せめて言わせてくれ。なんで?


 なんで望月千代が俺の目の前にいるんだ⁉


 俺の思考回路はョート寸前というよりも、もうショートしてしまった、どうやら望月千代もショートしているようだ。

突然の告白に口をポカンと開けている。

それもそうだろう。逆の立場で考えれば安易に想像がつく。

といっても。俺の場合は今の状況のような事はまず無いと思うのだが……いや。今はそんな考えどうでもいい。現実逃避するな俺。どうする? この状況どうするの俺⁉ 終わることの無い無限思考に陥っていると。

「何してんねん! はよ扉閉め! 暖房代もタダちゃうんやで!」

 という声でようやく体を縛る不可視の鎖から解放できた。なんだろう。初めて死神が役にたった気がする。

 朝の教訓・思いを伝えたい時はまず相手を確認してから伝えよう。


「ど、どうぞ」

「あ、ありがとう、ござい、ま……す」

 望月千代に温かいお茶を出す。

「えっと……あ、あの~」

「は、はい」

「さっきのアレは忘れてください。そのちょっと、人違いというか、何というか」

「え?」

「え? 何その顔? 何でちょっと悲しげな顔するの? やめて。そんな切ない表情されると勘違いするからやめて――とか思ってるやろじぶん? 青春まっさかりやな! アオくてハライドな感じやん。ええなぁ~僕もおこぼれほしいわぁ~」

 うぜぇ。こいつは我が人生において、キモくて邪魔イドなだけだ。あと俺のモノマネ全然似てねぇから!

 我が家には今、望月千代が座っている。ちゃぶ台を挟んで俺が座っている。

 死神は姿が見えないのをいいことに、俺の耳元でずっと邪魔をしている。

 今の状況を説明するとだ。

 玄関先で固まる二人。どうしようかと悩んでいると。

「この子昨日の子やん。おっと、おっと~! もしかしたらおもろい話聞けるかもしれんな? 上がってもらい!」

テンションがあがっている死神の声。躊躇ったもののとりあえず指示に従う。

「外寒いので、もしよかったら、中入りますか?」

 俺の言葉を聞き、望月千代は頬を真っ赤にし俯く。少しだけ顔を上げ俺の部屋を見たあと何やら険しい表情になる。目が合うとまた俯き、蚊の鳴くような声で「はい」と言った。

「汚くて狭い家でごめんやで。ど~ぞ~。 何してんねん、お客様やで! お茶出さんかい。アレやで! 温かいのやで!」

 姿と同じで声も俺以外には聞こえないので死神には早めにどこかに行ってほしい。

 気まずい空気のままお茶を作り差し出す。ここから「ど、どうぞ」の会話に繋がる訳だが、繋がる訳なのだが。望月千代の「え?」からず~っと沈黙が続いている。

 かなり長い時間。聞きたいことは山ほどある。

 何かようですか? とか。どうしておれの家を知っているんですか? とか。そもそも俺を知っているんですか? とか。どうしてそんなにおっぱ——大胸筋が大きいんですか? とか。それとあの話しも聞いてみたいのだが。とりあえず最初には謝るべきだろう。

 この気まずい空気の原因は俺なのだから。死神のにやけ面や、腹立つ言葉の数々は今から全部無視しよう。意を決し口を開く。

「と、突然訪ねて、すみません」

 意を決して口を開く前に望月千代が喋り出した。頭を下げたあと上目使いで「少しお話いいですか?」と聞いてきた。……可愛い。お洒落に興味の無い中学生みたいな服装だが、それでも彼女は十分に魅力的だ。

「いえ、こちらこそ、さっきはすいませんでした。それで、何の用でしょうか?」

「私。望月千代と申します。あなたと同じ大学に通っている者です」

「はい。知ってます。望月さんは有名人なので。というか俺のこと知ってるんですか?」

 この質問に望月千代の眉が若干八の字になる。

「えっと……その前に私の話を聞いていただけませんか?」

 あきらかに話題変えられたぞ。これ絶対知らないパターンだな。少しだけショックを受けつつも頷いて続きを促す。

「じつは……私……」

 ……ん? 何ですかそのモジモジとした雰囲気? あれ? え⁉︎ 望月さん何で意を決した顔をするの?

「私――」

 おいおいおいおい⁉ どうしたどうしたどうしたどうした? どうした望月さん⁉ 何か重大なことを発表しそうなその雰囲気どうした⁉ そんなに見つめないでくれドキドキしてしまう。なんだこの胸の高鳴りは? 見られているだけなのにどうして喉が渇くんだ? そんな目で見つめられると好きになりそうだからやめてくれ! いやもうなりかけている。むしろ好きだ! なんというかこの雰囲気はまるで、そうまるで。好きな相手に告白するような甘い雰囲気だ! 女子が上目使いをしてピンク色の背景になると、それは告白の前段階だと雑誌で読んだことがある。だとすると……望月さんは今から俺に――


「忍者なんです」


「⁉」


「忍者なんです」


「……はっ⁉」


「私、忍者なんです」


 ん?……えっと。……うん? ……俺の耳が確かならば、忍者って三回言ったような気がする。忍者? 告白の前段階どこいった? 望月さん告白は? 今のって私はあなたのことが好きです的な流れじゃないの? 違うの? 告白を受けてキッスする流れじゃないの?

などと思っていた俺の色ボケ思考は次の言葉で凍りつく。

「昨日。私を尾行していましたよね? なので私もあなたを尾行させていただきました」

why? 

「すいません。勝手に尾行などしてしまい」

 丁寧に頭を下げる忍者。もとい望月さんに何も言えない。こっちも勝手に尾行していたから。というのもあるが、あまりにも淡々と語る内容が彼女のキャラに合っていないからだ。

「私は普段から尾行されることに慣れているので、その相手を尾行する。といったことは本来はしません」

 あなたを尾行しているのはストーカーだと思うので、早めに対処した方がいいと思いますよ。俺は違うけどね。

「ですが。あんたに関しては、尾行せざるを得ませんでした」

「それは、どうして……」

「あんたの周囲を取り巻く〝気〟が通常の人間とは異なるからです」

「き?」

「はい、気です。忍者は気を感じとることができるので」

 いや、そんなキリっとされてもリアクションに困るのだが。

「あなたから感じた異常な気は今も感じています」

 望月さんの視線の先には死神がいる。

「私の家系には古い言い伝えがあります。人ならざる物の怪の気を纏う者。これ死神に深く通ずる者なり。です」

 なんということでしょう。こっちが気になる話題をド直球で言いやがった。

「願いを叶える死神を知っていますよね?」

 ド直球すぎてジャイロボールと化した質問を投げる望月千代。その顔はどこまでも真剣だ。下手な言い訳では逃がさないという意思が見開く眼光からビシビシと伝わってくる。なので俺は堂々と告げる。

「知りません」

 こちらもド直球に嘘をつく。仮にここで死神を知っている。と話す。確実に水晶玉の話になるだろう。あの水晶玉は俺の命そのものだから絶対に他人になど渡せないし。見せたくも無い。故に嘘をついたのだが……。

「嘘ですね」

 あっさり見破られた。自慢じゃないが嘘をつくことには自信があったのだが。

「忍びに嘘は通じません」

 もういいよその忍者設定は! 心のツッコみが届いたのか忍者(仮)が緊張していた面を崩し、反省の意を表す。

「すいません。どうやら私は事を急ぐあまり大事なことに気付きませんでした」

「……大事なことですか?」

「はい。あなたが私のことを信用していなければ話すも何もありませんよね」

「信用というか……」

 そもそも話す気は無いです。

「私の話を聞いてください。それでもし、信用足りうる人物だと判断した場合は死神のことを喋っていただきたいです!」

「……結構グイグイくるんですね望月さんって」

「はい。それしか取り柄がないので!」

 いや、きみにはもっと立派な取り柄があるじゃないか。その胸に宿る二つの宝具。人はそれをおっぱ――

「私は父に忍者としての技量を叩き込まれました。父は黒門流(こくもんりゅう)頭領、望月(ぜん)と言います。子供の頃から人里離れた山に籠り、父と毎日修行をしていました」

「あの? まだ聞くとは一言も言ってないんですけど。望月さん?」

「黒門流頭領なんて偉そうに言ってますが、お恥ずかしい話、黒門流は私と父の二人だけしかいません。昔はそれなりに人はいたと聞いていますが」

「望月さん? 望月さん? 俺の声聞こえてるよね? 急に耳おかしくなったの?」

「父は私にとってたった一人の家族です。捨て子だった私を拾ってここまで育ててくれた恩人でもあります。私は父に深い尊敬と感謝をしています」

 おっと。なかなかディープなこと言ったぞこの人。

「父の夢は黒門流の復興です。それは私の夢でもあります。育ててくれた恩をどうにか返したい。どうにか黒門流の復活を成し遂げたい。そんな時に古ぼけた書物と出会いました」 

「書物ですか?」

「はい。死神に関する書物です。父の書斎を掃除中に見つけました。最初は興味本位で見たのですがそこにははっきりと、どんな願いでも叶える死神と記してあったのです」

 横の死神がギャーギャー何かを言っているが無視をしよう。望月さんの真剣な表情は視線を逸らすことを許してくれないから。

「最初は私も信じていませでした。あまりにも空想じみたお話しだと思ったので。なので食事中に軽い気持ちで父に訪ねてみました。すると父は酷く狼狽し、淡々と語ってくれました」

「な、何を語ったんですか?」

「禁忌の外法に触れし者。災いが必ずその身に返る。と」

 ………………望月さんその話詳しく。

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