どういうこと
一月七日。
今日は久々の大学だ。欠伸をしながらモゾモゾと布団から這出ると。
「はよ起き! 味噌汁飲んでシャキッとしいや!」
朝からうざい声。説明するまでもないだろうが死神です。いつもの山羊マスクにスーツ姿。フリルのついた白いエプロンを付けているのがイラつきに拍車をかける。どっから持ってきたんだそのエプロンは?
クリスマス以降この死神と生活しているのだが正直もう限界です。早く出て行ってほしいです。うるさい親戚と生活しているような感覚です。
「なんや。そのアホみたいな顔。今日から大学なんやろ? ビシッとせな周りに笑われてまうで。ただでさえアホみたいな顔してんのに。しっかり勉強しいや!」
こめかみに筋が立つのが自分でもわかる。
こいつは本当に一言。いや、二言くらい多い。こういう時はあの言葉をいえば大抵は黙るので今日も使おう。
「早くキャバ嬢とギャンブルで膨れた借金返せよ。毎日くる消費者金融の電話で勉強に集中できないんですけど」
「ひゅう。朝から心えぐるやん」
日課となったいつものやり取り後、顔を洗い歯を磨く。テーブルに座り死神が作った塩分過多な味噌汁を啜りながら、テレビのニュースを聞き流す。年が明けてすぐだというのにもう不幸ニュースのオンパレード。新年早々暗い事件が続いて嫌になる。準備を済ませ靴を履いていると。
「まだ寒いで、風邪引かんように力使おか?」
問いかけを片手で払いながら家を出て鍵を閉める。
死神に超常の力があるのは既に分かっている。あの力を使えば生活は楽になる。だが俺は奴に力を使わせたくない。何故ならデメリットしかないからだ。
どんな願いでも叶えられる死神だが、神水晶玉を通してでないとてんで力を使えないらしい。ここ数年、神様から頑張りが認められ、人間の協力をするという行為にのみ一度だけ力を使えるようになったらしい。 (その力で鍵がかかっている我が家に侵入したとのこと)
では何故、一度しか使えない力なのに、離れた実家で暮らす母親の所に瞬間移動したり、死にかけた俺を助けることができたのか?
もちろんヒビが入った水晶玉の力は使っていない。あれを使うとまた力が逆流し俺にさらなる不幸が起こりうる可能性があるからだ。
力を使えた理由は俺の寿命を使ったからだ。
寿命を使う。俺の死ぬ予定の日を早める。早めた分の時間を力に変換し、それを使用するらしい。
今の俺は水晶玉と命の共有をしている。非常に腹立たしいことだがこの激情は横に置いておこう。
ゴットオブギフトの水晶玉を経由し俺の魂に直接干渉し、死神本来の魂を扱う力が作動でき、それを超常の力へと変換。
この説明を聞かされた直後は、願いが叶うのはいいけど、寿命が縮むのは嫌だな。くらいだった。次の発言を聞くまでは。
「お母さんのとこ行ったのが四日分。壁に水晶玉ぶつけて死にかけたのを治療したのが四十日分。合計で四十四日間死ぬの早まったで。願いが大きくなればなるほど日数増えてくから覚えといてな」
などとぬかしやがった。あれだけで四十四日の寿命を使うなんてどうかしてるぜ! このことではかなり揉めた。勝手に人の寿命縮めんなと怒鳴ると。
「確認したやん。後悔しても知らんでっていうたやん。文句いうなよって言うたやん! 命の恩人になんやねんその口のきき方⁉ もっぺんきっちり教育したろかボケェ!」
逆ギレしてきたので家から追い出してやった。元々お前の確認不足のせいでこうなったんだろうが。
初めは玄関前でギャーギャー言っていたが、三時間ずっと無視していたら泣きながら謝ってきたので家に入れてあげた。嘘泣きだと判明した瞬間また家から追い出した。
お前、人間に嘘つけないじゃなかったのかよ。
それから名前も聞いてみたりもした
「名前? 死神は二つ名とか貴族名とか色々あるけど……こっちの人間界では分りやすい呼び名がええやろ。せやな、リュ――」
「それはやめとけ」
「え? あかんの? じゃあ……レ――」
「それもやめとけ。お前分かって言ってるだろ」
なんてなやりとりもあった。この二週間ほどずっとこんな感じなので正直疲れた。肝心の水晶玉と俺の切り離しは一向に明るい兆しが見えないという。
今朝のニュース同様、俺の未来も暗いようだ。
今日は一段と冷え込むと思ったら、雪がちらついている。ボロアパートがびっしりと並ぶ群れを抜け出し、それなりに栄えた繁華街を通り越し。駅前に到着。電車に乗り大学へ向かう。
運良く座席が一つ空いていたので一息つく。心の底から疲れたと言える。疲れる理由は色々ある。死神との生活とか、水晶玉のヒビとか、俺これからどうなるんだ的な不安とか。色々あるけれど一番は――
「おぉ~久々に電車乗ったけどやっぱええな~! 早いわ~感動やでほんま」
大抵がいつもこいつと行動する事だろう。俺以外の人間には見えないようで普通に後をついてくる死神。
ついてくんな! と詰め寄ったが、
「きみに何かあったらどないすんねん!」という、もっともらしい事を言っていたが。あれ絶対嘘だ。暇だから外に出たいだけだと俺は思っている。
もう一度ため息を吐いたあと目をつぶり、少しでも体力の回復に励む。横のうるさい奴黙ってくんないかな。
電車に揺られたあと目的の駅に到着し十分ほど歩くと大学に到着。
無駄にでかい正門を潜ると敷地内に人だかりがあった。
「お、なんやなんや。揉め事か? ちょっと近く行って覗いていこうや」
はしゃぐバカは放っておこう。それに確認するまでも無い。この廃れた大学に人だかりができるのは、どちらかがあの場にいるのだろう。
「おう、元気してたか?」
ぼんやり人だかりを見ていると、後ろから声をかけられた。このアホとバカを足して汚物を掛けたような声は、
「お前、今かなりひどいこと考えてたろ?」
チッ! 生きてやがったのか。東の空に貴様が帰ってこないようにご祈祷したが効果は薄かったようだな。いっそのこと超常の力でも使ってやろうか。
思い返せば貴様が黒魔術なんていう意味不明の単語を俺に聞かせたのが、この原因の一旦でもある。
「どうして凶悪な目で見てくるんだよ? 折角お土産の黒い恋人買ってきたのに」
ふん。貴様事態どうでもいいが食べ物に罪は無い。ここは眼力を緩め貰ってやろう。
「え? 誰々? 友達? 友達おったんやなじぶん?」
ちょっとうるさいから黙っててくれ。
「何見てたんだ、って。あぁ。望月さんか」
敷地内の前方。群がる男どもの中心に彼女はいた。
望月千代。この大学の二大美女の一人だ。
長い黒髪をポニーテールに纏め。同い年とは思えない庇護欲を煽る顔で愛想をふりまき、どこぞの水着タレントよりも明るいスタイルは、立っているだけで思春期の輩には刺激が強すぎる。そりゃあ野郎達にモテるのも必然だろう。
男達の質問攻めにも嫌な顔せずに笑顔で対応。またその笑顔が愛くるしい。
白のニットに濃紺のジーパン。足元は不明ブランドのスニーカー。抜群のスタイル(主に二つの宝物)を隠すダボついた紺のダッフルコート。
非常に垢抜けない地味な服装なのだが、彼女のファン達からすると、それもまた彼女の魅力の一つだそうだ。
「今日もモテモテで大変そうだな望月さんは。俺はどっちかというと初芽さん押しなんだよな」
顔立ちが平均値を足して平均値で掛けて平均値で割った男がそう呟く。
「お前のタイプなんてどうでもいいわ。それよりも……楽しかったか? スノボー旅行とやらは」
「……最高の思い出を作ってきたぜ」
死ね! 今すぐ死んでしまえ! もしくは俺が死神の力を使って貴様を蝋人形にでもしてやろうか! 俺の怪電波を余裕の笑みで受け流すこいつはもう友でもなんでもない。ただの敵だ。
滾る情念に身を焦がしたあと。違和感に気付き辺りを見渡す。今気付いたが死神がどこにもいない。
まぁ~た勝手にどっかいったのか? あいつはふと消える時がある。こっちとしては一人になれる時間ができるから好都合なので詮索はしない。
キョロキョロと首を回していると。
「あうっふっ!」
気持ち悪い声を出してしまった。
見てる。ずっとこっちを見てる。何か用でもあるのか?
望月千代がこっち、というか俺を見ている 大学二大美女の一角と目が合う。
大きな黒目は引力でもあるのだろうか? その瞳に吸い込まれてしまいそうだ。だが顔は渋面。というより訝しい表情を貼り付かせている。え? なにその汚物を見るような目。俺なにかした? 話したことも無いはずだけど?
「おい。寒いからもう行こうぜ」
友人の声で眼力の呪縛は解けた。少し歩いてもう一度望月千代を見ると、彼女はこちらを見ていた素振りなど一切なく、男達からの質問に笑顔で答えていた。
なんだったんだ今の? 俺は望月千代ファンクラブの一員になった記憶は無いのだが。
「多分だけどお前も望月さんより、初芽さんの方がタイプだと思うぞ」
本館に向かう途中で友人がそう告げてきた。
別に興味が無い話題だが一応付き合ってあげよう。優しいな俺。
「その心は?」
二大美女のもう一角。初芽つぼみ。
一度だけ構内で見たことがある。彼女の容姿を表すならばビッチ。この言葉が正しいだろう。
派手な金や茶の髪色。時には銀色などもあるらしい。髪型もバラバラで腰まであったり肩口で揃えられていたりと様々。夏に一度だけ彼女を見た時はセミロングが橙色に染まっていたのを憶えている。
大きな二重、綺麗な鼻筋。口元は可愛らしく小ぶり。一目で美人と分かる顔立ちなのだが。
つぼみ。という名前に相応しくない強気な容相。
スタイルはモデルよりもモデルらしく噂では九頭身もしくは十頭身とのこと。小麦肌にまとう服装は言うまでもなく露出&露出。さらに男を取っかえ引っかえ。
二大美女のもう一人はガチガチのビッチギャルだ。因みに二代美女は俺と同い年。
脳内で再現された初芽つぼみを追い払い友人に言葉を投げる。
「俺はビッチよりも清楚系の方が好みだぞ、あの芋臭い服装はどうかと思うがな」
「見た目の好みじゃなくて中身の方な」
「中身?」
「まあ。中身っていうか性格、なんか望月さんってけっこう天然らしいんだよ。不思議発言を連発するみたいでさ」
「あっそ」
失恋したての男に女の話をするなんて。こいつは意外とひどい奴だな。故に俺の返しも冷たいものになる。
「色んな不思議発言があるけど、入学当初からぶれずに言ってる有名なやつ。お前知らないの?」
「知らんし、興味も無い」
そもそもだがあんな高嶺の花に興味は無い。あんな可愛らしい子ととどうこうなれるのは、どうせ容姿端麗の優男と相場が決まっている。
平均値と平均値を足して悲壮感で割った俺の容姿では恋をするだけ無駄というものだ。自分で言ってて悲しくなるが。
「死神を探してる。だったかな。望月さんの不思議発言」
………………今、なんと?
「入学当初から色んな奴に聞いて回ってるみたいでさ。死神を知りませんか? って。オカルト研究会とかにも所属してるらしいし。不思議ちゃんだよな~ファンクラブの面子はそこが良いとか言ってるみたいだけど。ってあれ? どした?」
自然と足が止まってしまった。友人が後ろをふり返り不思議顔を向けてきている。だが今はそんなことどうでもいい。
クリスマス前なら今の発言は俺の中でなんでもない言葉として流れていっただろう。が、今は違う。死神を探している。だ、と。
単純にそういったカルト的なものに興味があり探しているのか。それとも俺のよく知るあの駄目な死神を探しているのか……。
答えは出ない。が。もう一度望月千代を見る動機は十分だ。
振り返ると望月千代と人山の群れは消えていた。
単純に移動しただけなのだろうが、今の俺にはそのことすら薄ら寒い感覚に思えてくる。
当然のように講義など集中できるはずもなく、例の発言の真意を考えていると日が暮れていた。構内を歩いていると近づいてくるバカが一名。
「ボチボチ帰ろか~」
人の気も知らずに暢気な発言をするやつだ。軽く無視をしながら歩く。正門を抜けた辺りでまた死神が話しかけてきた。
「お、また人だかりやで。揉め事かな?」
目をやると確かに人だかり。さらには朝の面子とほぼ同じ。もしやと思い物陰に隠れ中心人物を見ると。
「うわ~。偶然なのかこれって?」
思わず声が漏れる。朝と同じく望月千代が正門から少し離れた場所にいた。
相変わらずに男に囲まれながら笑顔をふりまく彼女はこちらには気付いていない。いや。そもそも俺のことなど眼中にないのだろうが、こちらにはある。
死神を探す美少女。
なんだろう。このラノベ的なタイトルはと思いながら彼女を観察する。あの話を聞いた後だと朝の視線がどうにも気になってしまうからだ。
「なんや? どないしたコソコソ隠れて。気持ち悪いで。その雰囲気でそんな行動しとったら洒落にならんからマジでやめとこ」
とても慈悲に溢れた死神の口調。お前マジで人を苛つかせる才能あるな!
腸が煮えくり返るのを気持ちで静め。死神に事の経緯を説明。聞き終えると。
「なるほどな……わるない、わるないで、こういう流れは! 上手くいけばあの可愛い子ちゃんと仲ようなれるチャンスやでじぶん。せやなぁ。死神を探す美少女というタイトルでもつけよか!」
このバカと思考がかぶったことが悲しい。
アホな会話をしていると、望月千代が人山を離れ歩き出していた。男どもは手を振り「また、明日ね」とそれぞれが告げている。
ニコリと微笑み別れの言葉に答えた彼女は、駅の方向に歩き出した。
「よっしゃ! あとつけるで! スパイみたいでワクワクすんな」
「おい待てバカ神! 普通にストーカー行為じゃねえか! 俺は嫌だぞ」
「なに言うてんねん! これは正当な理由やろ。あの子は死神の存在を認識しとる。回りまわってあの水晶玉を奪う敵になるかもしれんのやで。ここははっきりとあの子の素性を調べるのが最優先事項やろ! それに。って……ちょっと待って。さっきバカ神言うた?」
よく回る舌だ。何気に正当性のある理由を並べ立てるな! その気になるだろ。それと自分の悪口に敏感なの直してくんない。
「見失ってまう、行くで!」
「マジかよ」
返事を聞かずに尾行を始める死神は、するすると歩き電信柱の陰に隠れながら移動しているのだが、いや、お前の姿って俺にしか見えないんじゃないの? もうどうにでもなってしまえ的な衝動に任せ、望月千代の跡をつける。
望月千代は駅中の本屋で文庫本を買い。そのあと電車に乗る。俺の家と逆方向の為、見知らぬ風景ばかりが流れていく。
「ちょいちょい。もうちょっと上手に隠れんかい。そんなんやと標的に見つかってまうやろ。少しは考え。探偵の必須条件の一つには尾行の上手さがあるんやで」
だれも探偵の必須条件など求めていない。アホは放っておいて首と視線を少しだけ動かし望月千代を見る。
同じ車両内の離れた場所から観察する。観察をした結果分かったことは。望月千代はとてもいい子のようだ。
黙々と静かに本を読み。お年寄りに席を譲り。泣きやまない赤ちゃんに困り果てる母親の代わりにあやしたり。騒ぐドキュンに注意をしたり。注意する場面では見ている俺の方が肝を冷やしたが、車両内の人達が彼女の味方になり、ドキュンは気まずい表情のまま電車が止まると、そそくさと駅のホームに走って行った。
いい子なのだろう。そんないい子を尾行する自分が急激に恥ずかしくなってくる。
「ええか。探偵はな。常に真実にたどりつかなあかんねん。真実はいつもが一つやねん。あとは、おっ、標的が降りたで。ボ~っとしなやワトソン君! 行くで」
混ざってるし。有名チビッ子探偵かアーサーコナンドイルのどっちかに絞れ。というか俺がワトソンってことはお前がホームズなの? とんだポンコツホームズじゃねぇかよ。
……帰っていいかな?
望月千代は慣れた足取りで歩き、駅中のパン屋で買い物をした後に歩き出した。
この地域は俺が住んでいるようなボロアパートは一切なく、小奇麗な建物ばかりが並んでいる。
綺麗に舗装された道路を軽快に歩く望月千代。その後ろを抜き足差し足で尾行する間抜けた二人組。
やがて広いエントランス付きの建物に入っていく彼女を遠目から見つめ尾行は終わった。
「どえらい違いやな。なんか途中で悲しくなってきたわ」
「俺は最初から悲しかったけどな」
高層マンションを見上げる俺ら。
明らかに豪華な様相を目の当たりにし肩が落ちる。エントランスに立つコンシェルジュが胡乱な眼差しを向けてきたので、すごすごと退散。
庶民派が骨の髄まで浸透している俺と死神は肩を寄せ合いボロアパートに帰る。
今なら少しだけ死神と仲良くなれそうな気がした。
帰りの駅内で人目を惹く美女が露出過多な出で立ちで歩いていた。彼女もこの地域に住んでいるのか。どうでもいい情報をゲットした後に電車に乗り込み家路につく。