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ヒーロー


 まただ。またこっちの認識が追い付く前に景観が変わっている。

 そこかしこの地面が陥没。そこから黒煙が上がる個所や、白煙が地を這うように流れている個所もある。

 そうかと思えば遠くの方では虹を描いており、近場では星屑のような飛沫が灰色の空に散っていた。

 周囲が煙と飛沫で視界が確保できない。また俺だけ時間の経過から取り残されてしまったのか? 忍者二人の姿が見当たらない。二人だけじゃない悪魔もいない。

「何がどうなって――」

「神田が言うから殺しはしないが、貸しだぞ――はい。勇敢な彼女たちならば立派な実行委員になれるでしょうから。いくらでも貸しにして下さい」

 クソが‼ いやがった! 前方に、煙の向こう側にはっきりと悪魔の不釣り合いのフォルムが見えた。

 今すぐ逃げ出そうと足を後退させるが。ドサッ! と何か重い物が、無遠慮に投げられる音が聞こえ奴の足元を注視する。煙の切れ間から見えたのは望月千代と初芽つぼみの姿。二人は一切動かずに地面に突っ伏した状態となっている。

 生きているのか? そう思うくらい彼女たちは動かずようやく「うぅ」と小さく呻いたことで二人が生きているのが確認でき、安堵の為か無意識に止めていた息を吐けた。

「あぁ、そこにいたのですか? 素晴らしい素材を二つも入手できました。それだけはお礼を言わせてください。ありがとうございます。では終わらせましょう。来世では別の形でお会いしましょう――初めからこうすれば良かったと言っただろう神田」

 距離にして五メートル。煙の奥にいる悪魔がはっきりと殺意をもったのが分かった。

「どうしてこんな酷いことするんだよ⁉ あんたらなんなんだよ‼」

 痛々しいまでの敗者の遠吠えだが、叫ばずにはいられなかった。最初から殺す予定というのも意味が分からないし、理由も謎すぎる。

「どうしてといわれましても……」

 腹部にある顔が困ったように目線を上げる。悪魔は億劫そうに答えた。

「お前があいつを釣る餌だからだよ。あいつ(・・・)に関わった自分を恨め。殺すのも水晶玉も、その方があいつ(・・・)が困るからだよ」

 餌? あいつって誰? 意味が分からない。……ここで、この場所で、元カノに別れを告げられたこの場所で死ぬのか俺は? 全てはここから始まった事とはいえあんまりだ。一ミリだって笑えない。

 ふざけんな。こっちはまだまだ生きたいだよ。やりたいことがあるんだよ俺には。神様お願いしますよ、俺を助けろよ! 助けてくれたら真っ当に生きると約束するから。恩を恩で返す人間になる。人の為に生きるよう努力する。困っている人を助ける。素晴らしいだろ? こんな素晴らしい人間を死なせていいのか神様よ⁉ もしこの場で颯爽と、それこそヒーロー的な何かがが助けてくれるような展開がきたら俺はちゃんと変わるから! ね? ね? ね? 神様がダメなら悪魔さん、いや悪魔様。俺を殺してもいいことなんて何もないですよ? だから、ね? 生かす方向でここは穏便に……なんて、いくら祈った所で現実は変わらない。悪魔の耳障りな笑い声はやまないし、誰かが助けてくれる兆しは無い。最後の願いを向ける相手が悪魔というのがハイセンスに過ぎる。こんな理不尽はあんまりだ。


「人が仕事して帰ってきたいうのに、家にもおらんとこんなとこにおったんか⁉ めっちゃ探したでホンマに! っていうかなんやねんこのねずみ色ばっかの場所? どうなってんの? あと何? 火事とかあったのこれ?」


 この声……おいおい嘘だろ⁉


「なにアホみたいな顔してんねん。いや、じぶん元々そんな顔やったな。ゴメンやで」

「しにがみ~~~~~~~~~~~‼」

 颯爽と、それこそヒーローのように軽い足取りで公園内へと、俺へと近づいてくるヒーロー。

 相変わらず人をバカにしたその口調も、おかしな山羊面のマスクも、無駄に高級感を漂わせるスーツ姿も、今の俺には全てが眩しい。

「なに叫んでんの? そんなに僕に会えへんかったのが寂しかったんかいな。まぁ、その感動に免じてあの日の僕をずっと無視していたことは許したるわ」

 人ならざる存在の死神がこの亜忍空間内に踏み込めるのは疑う余地も無い。

「死神! 俺たち襲われてて、あの追いかけた女の子いるだろ⁉ あの子が実は忍者で、それでもう一人の子も忍者で俺を助けようとしてくれて! でもあいつにやられちゃって。それで、水晶玉を――」

 隣に並んだ死神は、俺の説明になっていない説明を片手で制止する。その様がいちいち恰好がついている。

「落ち着き。僕が来たから何の心配もあらへん」

 やだ、死神さんかっけ~! 今なら抱かれてもいい。

「何がどうなってんんねんこれ?」

「そうだ! 死神実行委員会っていう神田の爺さんが水晶玉を渡せとか言ってたぞ、アレはお前の指示だったのか?」

「水晶玉のことで進展があったから伝えといてって伝言はしたけど、それ以上の指示してへんで。ましてや渡してなんてどこの阿呆がいうとんねん。誰やそいつ⁉」

 おお。死神が怒っている。意外と迫力がある。なんて頼もしいんだ。

「そもそも実行委員はあくまで死神全体のバックアップのはずやで。それを何いけしゃあしゃあと規約以外で動こうとしとんねん。これは拳骨制裁だけでは済まされへんな」

 もうこのさい死神実行委員会の詳細はどうでもいい。死神に協力する変な人達という位置づけにしよう。

「誰や! こっちの邪魔する不届き者は。出てこいやボケがぁ! しばいたんで‼」

拳を鳴らす死神はやる気満々だ。これは人外同士の、ガチのやり合いが見られそうだ。

「俺だよ」

 前方の煙の奥からしわがれた老婆の声。

「ああん、どこのもんや! 僕を死神と分かっていての狼藉なんやろな‼」

「もちろん。知っているよ」

 煙が出来過ぎたタイミングで収まり、現れる悪魔。不気味な顔はニヤリと笑い、見ているだけで不快指数が高まっていく。

 死神さんやっちゃってくださいよ! 死神パイセンならあんな悪魔ワンパンっしょ! カッコ良いとこ見せちゃ……て、あれ? 死神さん?

 期待の眼差しを向けられた隣のヒーローは「ハグふッ!」と奇妙な声を出す。

「どうした? あんな奴しばいちゃってくれよ⁉」

「あ、あかん」

 悪魔がゆっくりとした足取りで近づいてくると、反発する磁石のように、死神は一歩また一歩と足を後退させていく。

「お、おい死神! どうしたんだよ? さっきまであんなにイキってたのに、なに急にビビってんだよ。早くやっちゃってくれよ。あんな奴!」

 俺の言葉は死神には届いていない。さっきから「あかん。ほんまにあかん」と繰り返すだけの存在となっている。

「会いたかったよ死神! 元気そうで良かったよ‼」

 悪魔の大声が灰色の世界を揺らす。鼓膜が破れたかと思う衝撃に俺の脚も後退していく。

「……お前ら、知り合いなのか?」

 悪魔の言葉と死神の態度から予想するに、こいつらは顔見知りのようだ。そんでもって明らかに力関係がハッキリとしている。

「さて、返してもらおうか!」

 嬉々とした表情で悪魔が興奮していく。まるで数年ぶりに宿敵に再会したような。ともすれば数年ぶりに恋人に会ったかのような、高揚感が伝わってくる。

「おい死神! なんとか言えよ!」

 死神が震えている。まるで子供のように。

 こいつがこんなに恐れる悪魔って、いったいどんな悪魔なんだ? せっかく、せっかく希望が見えてきたのに、こんなのはあんまりだ! せめてこの死神でも敵う悪魔だったら話は違っていたかもしれない。これじゃあ少しだけ延命しただけじゃねぇか。頼む死神。今はお前が頼り――

「……借金取りや」

「……え?」

 ポソッと言ったが、俺の聞き間違いじゃなければいいのだが、すまん。もう一回言ってくれ。

「二百年前に踏み倒した借金取りの奴や!」

「おぉ~! おぉ~! 嬉しいね。覚えていてくれたか。探したよ、本当に探したよ‼ お前に会いにわざわざ来てやったんだ。あの時の金、きっちりかっちりと耳を揃えて返して貰おうか! 死神!」

 悪魔こと借金取りの全力の咆哮。

「そういうことや、逃げるで」

 俺の肩を強めに叩いたあと全速力で公園から去っていく死神。

「てめっふ! ざけんな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼ あいつってお前のことだったのかよ! この状況全部お前のせいじゃねぇか! って、待てこらぁ~‼」

 全力でクソ野郎を追いかける。ダメな奴だと思っていたがここまでクソ野郎だったのかお前は! 

 この状況は取り立てに来た悪魔と、踏み倒した死神のいざこざに巻き込まれただけじゃねぇかよ! マジでふざけんなよクソがッ!

しかもさっき俺の肩押して生贄的な感じにしようとしたろ⁉ 自分だけ助かろうとしてんじゃねぇぞこの野郎!

 こうなったら予定変更だあいつを悪魔に差し出して俺だけでも助けてもらおう。クソッ! 少しでもあのバカをカッコ良いと思った数秒前の自分を殴り飛ばしてやりたい。

 公園を抜けでる途中で悪魔の怒号が少し遠くに感じる。チラと確認すると忍者二人が悪魔の足にしがみついて行動を妨げている。

 クソッ! また俺は自分のことばかり考えてたのかよ!

 さらに予定変更だ。あの二人を助ける為に何としてでも死神を捕まえる必要がある。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼ 燃えろ俺の中の熱いなにか‼」

 掛け声と同時に逃げる死神を全力で追いかける。逃がしてなるものか絶対に負けられない追いかけっこがここにはある!

「ナイス掛け声や! このまま不良漫画のようにスピードの向こう側へ行くで! ついてこれるか?」

「うるせぇ‼ お前が行くのはスピードの向こう側じゃねぇ! 狩猟ハンターである悪魔の元じゃボケが!」

「向こう側と狩猟ハンターで韻踏んでるやん! 腕上げたなじぶん」

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!」

 数メートル先を走る死神はグングンと先に行き一向に止まる気配が無い。

 今だ悪魔が追いかけてこないのが逆に心配だ。早く二人を助けないと。このアホとこんなことしている場合じゃないんだ。

「おい死神! あの悪魔どうにかできないのかよ⁉」

 癪だが、今の俺がどうにかできるのはこの死神を使うくらいだ。何の力も無い俺だがこのアホの力を使えばあの悪魔をどうにかできるはずだ。

「それは力を使ういうことか?」

 死神が足を止めて振り返る。俺も止まり肩で息をしながら死神の問いに頷く。

公園からの逃走劇はどこともない住宅街の道路で終わる。

この厄介な状況は俺が終わらせてやる。

「そうだ! 力を使う。あの悪魔を消すことはできるのか?」

 力がある。死神の力を通じて使える超常の力。イケる! とんでもない所に活路があった。これを使えばこの状況を打破できる。イケる! イケるぞ俺!

 自分でもらしくはないと分かっているが、小さなガッツポーズをする。だがこの力にはかなり重要な欠点がある。

「あかん。そんなんしたらじぶん枯れてまうで」

「もしかして、かなりの寿命を使うのか?」

 力を仕様するには俺の寿命を使う。とんでもなく使えない力だ。人の寿命を媒介にして使える力なんてマジで欠点以外の何ものでもない。

「あの悪魔は本来この世界にいたらあかん存在や。それを人間との融合で地球の法則性を捻じ曲げて存在するちゅう反則的な存在やねん。それを消すっちゅうことは地球の法則性にまで干渉せなあかん。そんなんしたら一瞬で枯れ枝になって成仏してまうで」

「じゃあどうすんだよ! あの悪魔は死んでも追いかけてくるぞきっと! お前見た時のあの顔は異常だよ!」

「くぅ。金の切れ目が縁の切れ目でも無かったようやな」

「この場面でふざけんなよお前は! くぅ。じゃねぇよ、くぅ。じゃっ!」

 どうする。力を使えば死ぬからこの案は論外だ。そもそもこのアホの為に命なんて使いたくない。どうする。どうする。


 ―――――――――――――――――――――――

 

 地面が揺れる。地震ではない。悪魔の超ド級の咆哮だ。灰色の空と地面を揺らしドスンドスンと近づく足音。

 おいおいおい。あいつデカくなってないか? 家々の隙間から覗くパンチパーマ。あきらかに巨大化している。あの真っ暗な目につかまる前に死神と影場に隠れる。

「あの借金取りは人間と融合することで力を使えてるようやな」

 流石の死神の声色も固い。……被害者ぶったその声が非常に腹が立つが今は抑えておこう。

「もしかしてお前も人間と融合すれば強くなるのか?」

「まぁ……なるな。これでも僕は死神界ではエリートやから。本来の力さえ使えれば、あんなもやし悪魔ワンパンや」

「エリートは借金しないだろ」

 ドスン! と、また一歩こちらに近づく足音。ヤバいヤバいヤバいどうするどうするどうする⁉ 融合なんて絶対嫌だ。このポンコツと融合とか嫌だ。こいつの腹に俺の顔が浮かび上がるのか? 想像するだけでゲボがでる。

「……でも、それしか助かる方法が無いってんなら……」

 しかたがないのか? どうなんだ? 自分でも何をどうすればいいのか見当がつかない。でもやっぱり融合は嫌だ。どうする? 悪魔をどうにか退けないと――

「じぶん幸せになりたいか?」

 悩む俺の思考は死神の意味不明な言葉で停止する。

「はあ?」

「じぶん、まだ幸せになりたいんかって聞いとんねん?」

 こいつはこの状況でなにを言ってるんだ。頭おかしくなったのか?

「どやねん? 僕に願いを言った時、幸せになりたいっていうとったの憶えてへんか?」

「今それの何が関係あんだよ! そんなこと確認してる場合じゃねぇだろ!」

 確実に近づく足音。ダメだ。誰も頼りにならない。せめてあの忍者二人だけでも助ける方法を探さないと。

「一つだけ方法はある」

「はっ?」

「この状況を覆せる方法が一つだけあるで」

 顔はいつもの山羊マスクのせいで不明だが、真剣な声だ。

「ゆ、融合は嫌だぞ」

「アホ! 僕かて融合は嫌や、何できみみたいなしょうもない男と融合せなあかんねん。融合するなら可愛いアイドルの子としかあかんっていう、お婆ちゃんの遺言があんねん。処女融合は大切にせなあかん」

 なんだ。処女融合って、気持ち悪いことを言うな。

「この方法にはきみの覚悟がいる。せやから聞いてんねん。じぶんまだ幸せになりたいか?」

 要領を得ない質問だ。結局何言いたいんだよお前は!

「なんやその顔⁉ 疑り深いの直さんかい。僕が何の為に死神界に戻ってたと思うねん」

 ゴソゴソと内ポケットを漁り何かを取り出した死神。

「これを使えばこのピンチを余裕で切り抜けられる」

 死神の手の中にあるものは、俺にとっては非常に見慣れた物だった。

「ただ、代償がある……どないする?」

 冗談や軽口を言っている様子は無い。代償? 今度はどんな罰なんだよ⁉

「詳しく聞かせろ」

 胸の高鳴りを無理やり引っ込め。ずっと持っていた水晶玉をバッグにしまいながら真剣に聞き返す。


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