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何事


 次の日、なんとか朝の挨拶はしてもらえるようになったが、もっちゃんのゴミを見るような目が痛い。心が痛い。痛いというのになんだろうかこの高揚感は。

 不思議だ。まるで全裸のまま空のただなかを浮遊するような安らぎと、ヘビメタをのりのりでヘドバンするような高ぶりを感じる。

 心が悲鳴を上げている。心が叫びたがっているかのようだ。

 いや、落ち着け。俺はMでは無いし、ましてや侮蔑の眼差しを向けられて興奮するような癖はないはずだ、無いはずなのに、なんで? どうして? こわい、自分がこわい。でも、でも。

 あぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼

 バタンと扉が閉まる音が俺を現実世界へと引き戻してくれた。

 どうやらもっちゃっんがバイトに向かったようだ。危なかった。あれ以上向こう側にいたら何かをもっていかれる所だった。

 自分の衣服が荒らされたにも関わらず、忍者ガールは俺の朝ご飯を作ってくれたようでそれを食べる。襲ってくる罪悪感には目を閉じよう。

 昼にはまだ時間があったので後学の為にSMサイトを幾つか巡回して時間を潰す。あくまで後学のため。そう、あくまで。

 頃合いを見て寝間着から洋服に着替え、押入れから水晶玉を取り出し小型のショルダーバッグに入れる。

「……一応な。一応」

 寝る前に考えた案を実行するためにネットで買ったブツもバッグに入れる。

 扉を開け外に出ると昨日とは打って変わって曇天模様。のっぺりとした黒い雲がお天道様のお仕事を邪魔しているようだ。

 嫌な天気だ。ある意味門出たる本日を分厚い灰色が邪魔している。気温も一気に低くなりマフラーをもう一段多くに巻き歩き出す。

 家から公園までは徒歩数分。時間は十分に間に合う。ゆったりとした足取りで歩いていると。

「あ! お、おはよう」

 後ろを向くと顔を赤くした十頭身の美女がいた。

 初芽つぼみが現れた。初芽つぼみは仲間になりたそうな目でこちらを――

「偶然!」

 いや、絶対嘘だろ! どんな偶然だ!

「……もしかして。待ってた?」

「は? 全然待ってないし。あんたが出てくるタイミングなんて見計らってないし。家のピンポンを押すに押せなくて待ち伏せしてたわけじゃなし。なに待ってたみたいな言い方してんの。マジでキモいんだけど!」

 うん。全部の答え言っちゃったね。その顔の赤さは寒さでなったのかな? というか昨日の今日で何か要件があるのだろうか?

「望月さんならバイトに行ったけど」

「知ってるし。昨日メールで確認したから」

 じゃあ何故ここにいる? 全身黒色コーデの処女みさんは本日もお美しく。いじらしい表情でこちらをチラチラ見てくる。もしかしてと思う気持ちもあるのだが、高嶺の花すぎて俺には無理だ。勘違いするのはやめておこう。監視とかだろうさ。可愛い妹分が毒牙にかかってないかとか、そんな感じだろ、どうせ。

「じゃあ俺用事があるんで」

 別れの挨拶をして歩き出す。時間には余裕があるが人は待たせない方が人生吉だろう。

 スタスタと歩く後ろでコツコツと音がする。目的地の方向が同じなのかと思ったがどうやら違うようだ。

 俺が止まるとコツコツの音がとまり、歩き出すと音が再開される。

「いや、なんか用すか?」

 立ち止り振り返る。さっきからロングブーツの音が耳につくんじゃ!

 初芽つぼみは驚いた顔をしたあと明後日の方向を向いて鳴ってもない口笛を吹き始めた。

「誤魔化しかた小学生か!」

「え? なに、あぁ、いたの? 偶然だね。私これから駅でお茶するから,邪魔だからどいてくんない」

「駅逆方向だわ! 嘘が下手過ぎて笑えん!」

「し、知ってるわよ駅の方向くらい! 天気が良かったから散歩してただけだし!」

「この曇り空が良い天気と言うなら今すぐ眼下に行け!」

 誤魔化しのクセが凄いんだよこの子。

「ちょ、な、やめてよ! なんで行けとか命令口調なわけ⁉ 家上がったくらいで彼氏面されても困るんですけど! そういうのはもっと段階をふんでからじゃないとダメだから!」

「何故わたわたと漫画的動きをする!」

 駄目だ。この女といるとツッコみのスキルが天井を超えてしまう。さっさと目的を果たして家に帰ろう。

 妄想の世界にご入信なさった残念女を置き去りにし公園に到着。

 敷地内に入り神田さんを探す。年配者は朝が早いからおそらくはいるだろう。

「時間どおりですね」

 ニッコリ笑いながら前から歩いてくる神田さん。今日は随分と寒いのに神田さんは昨日と同じ燕尾服の格好。寒くないのかな?

「おはようございます」

「おはようございます。水晶玉は持ってこられましたか?」

 その言葉に頷き。ショルダーバッグのファスナーを開け手を突っ込む。少しだけ罪悪感が芽生えたが、これをやれば自分自身スッキリするし、もし気付かれた場合は逆に安心できるってもんだ。

「どうぞ」

 バッグから取り出した水晶玉は完璧な状態で俺の手の中に納まっている。

 神田さんが右手を掲げたのでその手の平に水晶玉を乗せようとした時――

「へ?」

 喉から間抜けた声が出た。

「何してんの?」

 俺の問いにも答えず、水晶玉を持つ手首を掴まれること数秒。

「いや、何で無言?」

 ギリギリと強まる握力、たまらずに声を荒げる。見た目に反してなんという力だ。

「痛いから離せよ! なんだよさっきから⁉ ちょっと聞いてる? 人の邪魔すんなよ初芽さん‼」

 途中で振り切ったはずの初芽つぼみが、俺の隣に立ち。尋常じゃない力で俺の手首を掴み、動きを封じている。

対面にいる神田さんも少し驚いたあと、困ったような煩わしいような顔をする。

初芽つぼみは俯いているので表所が見えない。どんな顔をしているかは分からない。声をかけても反応がない。さすがにかまってちゃんもここまでくると笑えない。何やってんだよもう。

「――ッ! え? ちょっと⁉ なに、その汗?」

 下からか覗き込むように顔を覗くと汗をふきだし、目を見開いた初芽つぼみと目が合う。この寒空の下だというのに異常だ。表情も大げさであり、一生分の驚きをこの瞬間凝縮したような顔。そんな表情をしている。

見開いた目と俺の目が合う。

 目に色が戻り驚愕の鎖から解放される初芽つぼみ。

「――――へ? ちょっ! へぇっぇ⁉」

 次の瞬間、俺は空を舞っていた。え? どゆこと? 怖いんですけど! お姫様抱っこで数秒空のランデブー。平屋の屋根が見えたのでかなりの跳躍力だ。流石は忍者だ。抱っこをされているのが俺で、しているのが初芽つぼみというのがなんとも決まらない絵面だ。ランデブーの着地地点は公園の入口付近。

「あの、なにやって――」

 地面に優しくおろされた後、俺の問いは手の平で止められる。

「人間の世界になんのよう?」

 出会った時のような氷柱を連想させる声が公園内に響いた。だがあの時の声よりも固く。緊張や焦り、不安が伝わってくる。

向けられた相手はニッコリと笑い答えた。

「お嬢さん。私はそちらのお方に用があります。すぐにすみますのでどうかお時間をくださいませんか?」

 神田さんはゆっくり足を前にだしこちらに近づき始めた。

「逃げて。アレは人間じゃない」

 一度だけこちらをみた後、庇うように目の前に立つ姿に戸惑うばかりだ。

「ちょ、ちょっと、え? なに? どうしたのc?」

 忍者ガールは俺の言葉を無視して腰を落とし、戦闘態勢へと移行しだす。

「あの人が人間じゃないって、どう見ても人間だけど……」

 さらに無視する初芽つぼみ、近づいてくる神田さん。

 お互いが数歩歩み寄れば近づく距離で対峙する二人。

「くっ――」

 呻く初芽さんは次には氷柱のような視線に俺を射抜く。その迫力に俺の体は固まってしまう。氷柱の視線が無数に突き刺さったあと、手に持つ物に白眼視が止まる。

 俺、神田さん、水晶玉を順繰りに見やり、迷う素振りを十分にみせながら口を開く。

「くそッ、これか!」それでも声は、強気な意思が感じられた。

手の中の水晶玉が奪われる。咄嗟のことでなにも反応ができない。初芽つぼみは水晶玉を胸の高さで突き出す。

「それ以上近づくなら、これを叩き割る!」

 その行動に面をくらう。なにしてるんだよこのきちがい女は⁉ ヤバい女とは思っていたけどここまでくるとただのサイコパスだぞ。犯罪係数七万くらいいってるんじゃないか?

 神田さんが困ったような顔で俺に目配せしてくる。いや、ほんとすいません。うちの忍者が迷惑かけて。

「お嬢さん。それは私とあなたの後ろにいる方にはとても大事な物です、できれば渡して頂けませんか?」

 初芽つぼみの体が、緊張によりもう一段深い硬直に進むのが傍で見て分かった。神田さんがもう一歩足を進める。

「その水晶玉を渡してくれればすぐに帰ります。約束しましょう。あとは若いお二人でデートなどなさってはどうでしょうか?」

「何がデートよ、さっきから初手を繰り出す度に私の首が飛ぶイメージしか頭に湧いてこないんだけど、やる気まんまんじゃない? あんたどんな化け物なわけ? 吐き気がするからその人間の真似した笑顔を引込めてくんない」

 初対面の人にそこまで言う? いくら何でもひど過ぎだろ。というかもう我慢できん。いい加減にしろって。そもそもそれは俺のだ! 奪い返さねばいけんと意を決し一歩踏み込む。

「ちょっ! バカ! 何して――」

 えい! ってな感じでつぼみタンに軽く体当たりをする。意識を神田さんに向けていたのか、はたまた咄嗟のことに意表を突かれたのか忍者は足をもつれさせ軽くよろけてしまう。その瞬間に水晶玉を奪うことに成功。ぶつかった時に顔と顔が触れそうな距離になり、かなりドキドキしてしまったことは秘密だ。

 水晶玉片手に神田さんへと駆け寄る。奴は唖然としており追って来られないようだ。今がチャンス。

 あと少しの距離で合流。その時はっきりと――


「開――」


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