トレジャーという罠
外の気温は例年に比べやや暖かいとお天気お姉さんが言っていたが、太陽が出ているくせに何も仕事をしていない。
適当に持ってきたマフラーを巻く。とくに意図もなく巻いたそれが、胸の奥に秘める純な部分をくすぶり、自己嫌悪に陥る。
「これ、プレゼントのやつじゃん」
ひとり言にしては大きめな声が漏れた。首に巻かれているマフラーが元カノからのプレゼントだった。思い出に囚われながら買い物を済ませ、帰りがけにふらりと近所の公園に寄る。
何の特徴も無いごくごく普通の公園だ。遊具があり、ベンチがあり、木々が周囲を囲んでいる。この公園で別れを告げられ、気が触れて黒魔術をやり、死神と出会って一緒に住むことになり。今は忍者と住んでいる。
誰が悪いわけでもない。
が、もしもあの時別れを告げられなかったら、こんな面倒な事態にはなっていないのではないか。そう思わずにはいられない。いられないが、どこか今の現状を他人のせいにしている自分に気付き苛立ちが生まれる。きっと彼女達の真っ直ぐに伸びる巨木のような信念にあてられたからだろう。
純粋に叶えたい願いに向かう望月千代。
忍者という生業に誇りをもつ初芽つぼみ。
二人はそれぞれ……まぁ、人としてどうなんだろうと思う部分はあるが、なんだか輝いて見えてしまう。それに比べ今までの俺をふり返ってみる。
「……ダッサ」
吐いた唾が自分にふってくる感覚を覚え深いため息が出た。
そもそも、黒魔術が成功して願いが叶うってなんなの?
そんなんで願い叶って嬉しいの俺?
そんなんで幸せになっておもしろいの俺?
普通に生きてれば誰かが願いを叶えるなんてことはありえないし、願いは自分で叶えるから存在するわけだし、幸せになりたいから人は生きるわけでって……
「この寒空になにを真剣十代のようなことを考えてるんだ俺は」
「――すみません」
「寒いしさっさと帰ろう。そんでお宝探しの続きでも再開して――」
「すみません」
「え?」
「すみません。お時間よろしいですか?」
後ろを振り向くと、年の頃は七十代ほどの老人が立っていた。
少し小柄というくらいで他は特徴のない出で立ち。白髪を後ろに撫でつけ。燕尾服を着ている。どこぞのパーティーにでも行くのだろうか? それよりもさっきの俺の恥ずかしい独り言聞をいてないよな。
「えっと。僕に何か用ですか?」
一応辺りを見たが公園内には人っ子一人いない。故に俺に話しかけているんだろうが、目の前の老人とは面識が無い。道でも尋ねられるのかな?
「はい。あなたに用があります」
老人がニッコリ笑う。つられて俺もニッコリ笑う。
「私、死神実行委員会の役員を務めております神田という者です」
「……へ?」
「私、死神実行委員会の役員を務めております神田という者です」
「…………へ?」
「私、死神実行委員会の役員を――」
「あ、もう大丈夫です。はい。えっと、神田さんですね」
全く同じことを三度も言いそうだったので思わず止めてしまった。
死神実行委員会。なんだろう? どこかで憶えのある単語だが、そこはかとなく嫌な予感しかしない。
「はい。伝言を頼まれてまいりました」
「伝言ですか」
「はい。伝言です」
マジで恋でもした5秒前のように動悸が激しい。死神というキーワードのせいで思考がグルグルと加速する。この人は俺にとって敵なのか味方なのか? また忍者関連みたいにとんでも人間だった場合どうしよう。こういう時に頼れるもっちゃんもいない。何事も起こらないでほしい。
「伝言内容ですが、水晶玉とあなた様の関係を断ち切ることに成功致しました」
「……へ?」
「伝言内容ですが、水晶玉とあなた様の――」
「いや、神田さん。繰り返さなくて大丈夫です! へ? の後に絶対繰り返さなきゃ死ぬ病とかじゃないですよね⁉」
初対面なのに中々に酷いツッコみをしてしまった。反省。だがおれの言葉なんか全く気にしていないようなので一安心。神田さんニッコリと笑う。の巻。
「えっと。神田さんは水晶玉の存在を知ってるんですか? というか俺が持ってることを……その……」
「えぇ。私は全て存じておりますので、ご安心くださいませ」
「マジすか」
緊張の糸が切れ、肺の空気がすべて漏れる。いの一番に訪れたのは安堵。
きっと疲れていたのだろう。誰にも話せず。変な奴らに付きまとわれて。あげく水晶玉が割れたら死ぬなんて事態に疲れていたんだ。目の前の神田さんのニッコリ笑顔がなんだか尊いものに見えてくる。
「神田さんは誰から伝言を頼まれたんですか?」
「あなたがよくご存知の死神からの伝言とのことです」
「それは、山羊マスクを被ったあいつですか?」
「水晶玉はお持ちですか?」
俺の問いとは別に、皺だらけの真っ白な右手が伸びてくる。その手は水晶玉差し出せってこと? いやいやその前にこっちの疑問を解決させよう。
「神田さんは何者ですか?」
キョトンとした顔が目が向けられる。まるで、え? 知らないの? といった具合だ。
「死神実行委員会をご存知ありませんか?」
「はい。全くご存知ありません」
少しだけ面白くない顔をした後、神田さんが説明を始める。
「死神実行委員会は現世に現れる死神をサポートする組織の事です。てっきり死神側から説明があったと思っていたのですが――」
かなり長い歴史がある死神実行委員会。はるか昔、死神が往来から消えたと同時に神様からのお告げがあったそうな~。
死神が水晶の世界から人間の願いを叶えに行くので手伝うように。働きを助けた者には功徳がある。というお告げだったそうな~。
神からのお告げを信じ、今も死神に協力しているそうな~。
神田さんいわく、とある秘密結社よりも有名らしく。その人数もかなりの数がいるとの事。
話終わった神田さんが、どう? みたいなドヤ顔をキメてくるんだけど。今いち凄さが伝わらない。それよりも貴方たちはよくあのアホの面倒を長年やってこられましたね。神様の命令だからって限度があるでしょ? というのが俺の感想だ。
あと神田さん。ドヤ顔するのはいいけど鼻毛でてっから、真っ白な鼻毛がこんにちはしてますから。
「死神実行委員会という存在はよく分かりました」
ほんとはよく分かってないけどこれ以上その自慢げな鼻毛を見るわけにはいかない。
「因みにですが、これが死神実行委員会の証拠になります。」
胸の真ん中を指差す神田さん。そこには波うつ雫型に鎌が突き刺さっているデザインのネクタイピンがある。見様によっては魂に鎌が刺さっているようにも見える。
なかなかにダサいデザインだが、はて? どこかで見たような……。
「それで、あいつからの伝言は本当なんですよね? 水晶玉と俺の関係が断ち切れたっていうのは? マジなんすよね⁉︎」
「死神本人からでは無く実行委員会からあなたに告げるように言われただけなので、私には詳しいことまでは分かりませんが……」
「というかあいつは今どこにいるんですか? ここ三日ほど姿を見てないんですけど?」
「水晶の世界に帰っているのではないでしょうか?」
なるほど。向こうで断ち切る手段が見つかったから水晶の世界に帰っている。それだとこの三日間いなかった辻褄は合うわけだ。
「それで水晶玉はどうすればいんですか?」
「私に渡してくれれば万事解決です」
と言われても、今は持って無いんですけど。……信じていいんだよ、ね? ちょっと話が唐突過ぎて付いていけてない感はあるが、ここまで死神や俺と水晶玉の状況に詳しいのは揺るがない証拠でもある。聞く限り全ての話が俺の知りうる情報と一致しているし。何よりもここ最近のドタバタ劇が終わると思えば心のしこりが取れるというもんだ。死神、忍者と縁が切れるのなら願っても無い。
「すいません。水晶玉は今持ってなくて、家にあるんですけど」
「そうですか。お時間に余裕があるのならお宅に取りに向かいますが?」
「ならこれから取りに行きましょう。家は近所なので」
神田さんに家の方向なぞ教えて、移動しようとした時。
「あれ? お出かけしていたのですか?」
と、耳をくすぐられるメロウな声。
「あれ? もっちゃん! 今日は夜までバイトじゃなかったの?」
望月千代が現れた。望月千代は仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
「本日は早上がりさせてもらいました。もしかしたらつぼみさんがお家に来るかもしれないので。すみませんご迷惑にならないようにお断りしたのです、が……」
あ、うん。大丈夫。もう来た後だから。
「えっと、そちらのご老人はお知り合いですか?」
公園内に奇妙な三角形が出来上がった。まさかこの場面で登場するとは、これも忍者の成せる技なのだろうか。もっちゃんが神田さんを見て俺を見るという行動を繰り返す。神田さんはニコニコと微笑んでいる。俺はえっと、えっと。とどもりながら上手い言葉を探す為に神田さんともっちゃんを交互に見る。
「知り合いというか、まぁ、何というか……」
どう答えたもんか。適当に誤魔化してもどうせバレるし、また忍者ガールに嘘をつくことになる。何だかそれは後ろめたい。かと言って素直に言えば、それはそれでめんどくさい事になりそうだし。
「遠い親戚筋のものです」
ナイス助け舟だ神田先生!
答えに迷う俺の空気を察して、神田先生がサラッと嘘をつく。さすが年の功。全く嘘じゃないように聞こえてしまう。
「そう、なんですか?」
「え? うん。まぁ、あれだね。親戚のお爺さんの従妹の叔父さんのお父さん、辺りかな……ねぇ神田さん?」
「えぇ。叔父さんのお父さんです」
のってくれたよ神田さん! 明らかに嘘なのにのってきたよこの人。やりおるわ。
「……そう、ですか」
疑いながらも納得する忍者ガール。忍者のうそ見破り術も年の功には適わないようだ。
「お連れさんがいるのなら今日の所はやめておきましょう。明日、今と同じ時間にこの場所で落ち合うで如何ですか?」
小声で伝えてきた神田さん。その条件はこちらとしても都合がいい。
「ガッテンです。じゃあ明日の今の時間に」
ニッコリと笑った神田さんはもっちゃんにペコリと頭を下げたあと、背を向け去っていく。
「行ってしまいましたが、よろしかったのですか?」
疑っている表情ではないようなので一安心。
「明日も合うので大丈夫です」
「そうですか。私が邪魔したみたいで申し訳ございません」
眉の八の字具合がいい感じに可愛い。最近思うんだがもっちゃんって俺のこと好きなのかな? 痛い発言ではないよ、そう思う場面が結構あるからさ。マジだってマジ! 頼むから引かないでくれ!
やれやれ。恋というものはいつも偶然を装って、さも何でもないかのように心の扉をノックしにくる。恋は追うと逃げるが、追わずにいると忘れたころにやってきたりするものだ。
だが完璧な恋など存在しない。完璧な愛が存在しないようにね。
「あまり外の通りで、そういった顔はしない方が良いかと思いますが……」
ハッ! いかん。どうやら何かが俺に乗り移っていたようだ。ニヤけた顔でもしていたのだろうか? どうも黒魔術をやってから何かが俺の意識に飛び込んできがちだ。この現象の名をharukiと名付けよう。
「えっと、もっちゃんは明日は朝からバイトですか?」
「はい。明日こそは朝から夜までのフルタイムです。レジ打ちのパートさんが足りない様で、もっちゃんはお店から重宝されています」
「さすが忍者ですね」
「はい。忍者なのでレジ打ちはお手の物です!」
うん。レジ打ちと忍者の関係性は分からないが、ガッツポーズをする姿が可愛いから全てオッケーです!
もっちゃんが朝からいないとなると明日は簡単に事が運ぶだろう。昼ごろに押入れから水晶玉を取り出し、公園で神田の爺さんと合流してブツを渡す。
実に簡単なミッションだ。俺のイーサン・ハントぶりの活躍をとくと見るがいい!
さて冬日和とはいえまだまだ寒い時期だ。さっさと帰ってコンビニ飯でも食うとするか。
数歩進んだ所でもっちゃっんが立ち止り後ろをふり返る。隣を歩いていた俺も足を止める。振り返ると神田さんはもういない。どこかの道で曲がったのだろう。特段不思議なことはない。
「どうしました?」と聞くと。
「え? いえ、何でもない、です。帰りましょう!」
満面の笑顔がまぶしい。もっちゃんは小走りで俺の隣へと並び歩き出す。つられて俺も歩く。家までの帰り道を二人で並んで歩いていると、まるでカップルみたいだ。もうこれ実質付き合ってるという認識でよろしいか? 途中でコンビニ飯を買ったのが気に入らなかったらしく、軽くむくれるもっちゃん。
「栄養のバランスを考えて料理しているのに。体を壊したらどうするんですか」
母親のようなお小言をくらった。平謝りしながらもこのキャッキャッウフフ感を楽しんだ。こういう所がこの子が俺を好きだと思う理由だ。もうこれ完全に心を委ねてると決めつけていいでしょう。なによりこの時間は俺にとっても悪くわない。むしろ良いまである。もっと親密になりたい気持ちもある。
だが心のしこりがそれを拒んでいるし、頭の中で納得できない部分があるからどうにも次へと進めない。
女は過去の恋人を、新しい恋人で上書き保存するらしいが。男は過去の恋人を心の思い出としてアルバムに刻むと言われている。だから俺はいつまでも忘れられない。おっとまたしてもharukiが飛び出そうになったのでここは辞退してもらおう。などと考えながら歩いていると安っぽいアパートの群れ群れの一角。ひと際ボロいアパートである我が家に到着。
死神実行委員会のことで完全に忘れていたが俺は一つの失敗を思い出す。
部屋に入り、当然のように押入れを開けるもっちゃんがピシリと音をたてて固まる。
いつもは綺麗に整理された押入れ上段が衣類のゴミ山と化しているからだ。
背後に不動明王を背負いゆっくりと振り返るもっちゃん。いや、望月さん。いや望月様。ではない望月姫。否、望月エターナルクイーンの無言の重圧に屈した為か体が勝手に正座していた。これも忍びの技なのか? くぅ。
説教を二時間くらい、その日はまる一日、口を聞いてもらえなかった。反省。
気まずい一日が終わり布団に潜り込む。押入れの引き戸は固く閉ざされているようだ。やれやれ。引き戸一枚の隔たりのはずなのだが、随分と遠くに感じるぜ。
布団の中で思う事は明日のこと。渡せば全てが終わる。そう思えばテンションが上がり眠れなくもなる。だがうっすらとある引っ掛かりが、俺を寝かせてはくれない。
あの死神がこんな大事な報告を人任せにするのか? という引っ掛かり。俺の知っているあいつなら恩着せがましく、傲岸不遜の態度で知らせにくるはずなのだが、もちろん神田さんを疑っている訳ではない。無いのだが……どうしたもんか。悩む俺は今だ出番の無いアレを使ってみようか。という考えに至ったあと眠りにつく。
今日の教訓 下着を見たいからとって女の子の洋服を漁っちゃダメ。




