やるせなさとむなしさとなさけなさと
「忍者であればこの程度の傷は三日あれば治りますよ」とはこの六畳間で暮らす三人目の同居人。望月千代の言葉だ。
その言葉通り彼女は三日後には包帯やらガーゼを外し、軽快な足取りでバイトへと向って行った。
忍者が来て今日で三日目。今の所は日常と何ら変わりない日々を過ごしている。
俺はいつも通り大学に行き。望月千代はお金を貯める為、大学には行かず朝からバイトに行く。
懸念していた死神と忍者の同居生活は今の所ない。
というか死神が帰ってこない。どこにいったのやら? あいつのことだからこっそりこの状況を見て楽しんでいるのかもしれない。もしくは借金取りに捕まり酷い目にあっているのかも……そのうち帰ってくるとは思うが。
死神に変わり忍者が家事をやってくれるのはありがたいが、なんだか居心地が悪い。
女性と暮らすということは何らかのラッキースケベがあると思うのだが。
今の所何も無い。望月千代は勝手に押入れを片付けそこに寝袋を置き、衣類も置き。何もかも置き。生活している。
押入れは上下に別れているため俺の荷物は全て下に片づけられ。空いた上のスペースに猫型ロボットよろしく状態の暮らしをしている。
当初はお風呂上りとかに出くわしちゃってハワワ、ドキ! とか。ブラジャーが間違って俺の衣装ケースに混じっちゃってさぁ大変。的なドキワクイベントを仕掛けようとしたのだが。
ことごとく俺のプランは潰されていった。風呂は近場の銭湯に行き、洗濯物はコインランドリーで済ます為、俺の考えたスケベイベントは発生する兆しが無い。
といううかこの女、隙が無い。さすが忍者だ。世を忍ぶついでにブラジャーまで忍ばせるとは恐れ入る。
いくら衣装ケースを漁ってもブラもおパンティーもでてこない。でてくるのはおしゃれとは無縁の芋臭い洋服ばかり。
望月千代が朝からバイトに行っているのをいいことに、上段の押入れをくまなくトレジャーハントする今日は随分と晴れていやがる。
きっと太陽も俺の背中を後押ししてくれているのだろう。
一休憩して窓を開ける。暖房で温まった部屋に外気の冷たさが頬を撫でる。パンプアップされた脳内が冷静さを取り戻していく。
彼女でも無い女性の洋服を漁り、匂いを嗅いだりするという行為は、果たして第三者の目から見てどう映るんだろうか?
大学にも行かず朝から同居人の下着を探すのは、人としてどうなんだろうか?
だがこんなおいしい場面は俺の人生において今だかつてない好機。しかしここで思うのはもし同居人が帰ってきたら、俺ただの犯罪者じゃん。という事実。故にだろうか俺は今、凄く高揚している。
初めて夜更かしをした時のように、バレたらやばいという背徳感にも似た高ぶりが下着を漁る手をとめてくれない。これが俗に言う冷静と情熱の間なのだろうか?
一呼吸おいた所でトレジャーハントを再開。
奥へ奥へと伸びる右手が掴むのは栄光かそれとも今夜のお供か、それとも全バレするかもしれないというスリルか!
ピンポンと呼び鈴がなり慌てて押入れから離れる。
冷静と情熱の、俗にいうゾーン的な状態にある俺の邪魔をするのはどこの不届き者だ! 標的は夜までバイトの為この限られた時間を大切にしなければならないのに!
念のため証拠隠滅の片づけをした後に玄関に向かうとただの郵便配達でした。荷物を受け取り中身を確認。おぉ! これは。ふむふむ。大きさ、透明度、申し分無い。
忍者との同居が始まってすぐに保険の為ネットで買ったのだが、果たして使う日がくるのだろうか?
万がいち、忍者が痺れを切らして詰め寄ってきた場合の保険なのだが、是非使う日が来ないでほしい。苦しい台所事情だが自分の命には代えられない。
押入れ下段の奥から取り出した本物と比較しても大差は無い。どこに隠そうかと迷っているともう一度インターホンが鳴る。
さっきの今でまた郵便か? 全く今日のお宝探しは一向にはかどらないぜ。大事なブツをポケットに入れ玄関を開けると。
「千代いる?」
第一声がとんでもない不機嫌ボイスでの登場です。うわー。とんでもない奴が来やがった。
鋭い目つきで睨まれる俺は何も言い返せず。あんぐりと口を開けることしかできない。
「チッ――」
返答が無いのに苛立ったようで、長い金髪を手で払いながらもう一度口を開いた。
「千代いるかって聞いてんだけど?」
「望月さんなら、バイトですけど」
「……あっそ」
同い年なのにも関わらず何故か敬語になってしまう相手。こいつはその類の女だ。
相も変わらず派手な服装で、名前に違わずの態度で再度舌打ちをしやがった。もう一人の忍者である初芽つぼみはジロジロとこっちを観察するように見つめてくる。
「あの、何か用ですか?」
「はぁ? その言い方だと私があんたに用があるみたいな感じに聞こえるんだけど。やめてよキモい。私は千代に用があるの。部外者はどっか消えてくんない」
ほぼ初対面の人間に対してなかなかの悪態です。というか何故この家に望月さんがいると知ってるんだ?
「まぁ、千代がバイトってのは知ってるし。昨日電話で聞いてるし」
「いや、知ってたんかい」
「はっ? 何?」
「あっ、すいません」
なぜキレるし? 電話で聞いてたんなら何故来たし⁉ 来るなし! というかいつ仲直りしたんだしお前ら。
「ここの場所は、望月さんから聞いたんですか?」
「そうよ。なに? なんか文句あるわけ?」
「……いや、まぁ別にいいですけど。なんで事前に居ないって分かってるのに訪ねてきたのかなって思って」
「え? ……あっ!」
初芽つぼみがうろたえだす。そのリアクションはどういう意味? はたから見ると、やべ、ばれたって感じに見えるんですけど。
「お……お前がどういう人間か確認しに来たわけじゃないから……勘違いすんなし!」
答え言っちゃったよ。なにこのビッチ。もしかしてドジ系なの? その見た目でドジ系って。薄い本なら格好の的になるタイプだぞ。
「な、なによその目! たまたまここの近所に用事があったから立ち寄っただけだから。別にタイミング見計らう為に朝から張り込んでなんてないからね!」
答えあわせが早い。薄い本の進捗が捗るわ。郵便物を受け取った姿を確認されたと考えるべきか。
「あ、あんたさ。彼女とかいないわよね。まぁ、いないわよね。いたら殺すけど」
「……彼女はいないですけど」
「知ってるから! あんたの事は徹底的に調べさせてもらったから! 去年のクリスマス前に別れた事はお見通しだから! 私等の情報網なめんなし!」
……えっと。警察に連絡していいのかな。
「……ん、んで。ど、どう、なの?」
「はい?」
「だ、だ! だから! その。どうなの千代とは。もう、その……そういうことは。し、しし、した、の?」
なぜ急に挙動不審になる。なぜ顔を赤くする。わなわなするなわなわな。俺はいったい何を聞かれているんだ?
「あの。質問の意図が分からないんだけど。どういう意味すか?」
「あ、あんた。知っててそんなこと聞くの? ……ど、どうせ千代から聞いてるんでしょ! 私だってね……。私、だって、好きで処女じゃないんだから‼」
どうした急に! ちょっと。え? え⁉︎ なに? どうした⁉ 急になに言ってんのこの人?
「あんたと千代で笑い合ってるんでしょ! こんな見た目で処女ってバカにしてるんでしょ! こんな見た目で男と手を繋いだことも無いってバカにしてるんでしょ!」
おい~! 人ん家の前でなに叫んでんだよお前は!
「だいたい私だって掟がなきゃ今頃は非処女なんだから! バンバンやってんだから! 男なんてとっかえひっかえなんだから! 私が処女なのは全部掟が悪いんだから!」
目に涙を溜めながら睨むな。わなわなするな。
「パパが認めた男じゃなきゃダメってそんあ男簡単に見つからないし! そもそも四六時中パパが付けた護衛のせいで男がよってこないのよ! 何で護衛が全部男なのよ⁉ そのせいで男をとっかえひっかえしてるみたいな噂が立つし。私が処女なのは全部パパのせいだから!」
あの……キミの気持ちはよく分かったから。もういい加減黙ってくれませんか? 人の家の前で騒がないでくれ。てっか黙れ。
「今日だって護衛たちを必死で撒いて千代の男を確認しにきたのにあんまりよ! 私だって普通に恋愛してエッチしたいんだから! 処女捨てたいんだから!」
白昼堂々と家の前で処女、処女と叫ぶキチ○イ女。放っておいて家に入ろうとしたが、偽ビッチの叫び声がうるさかったのか、いつの間にかお隣さんが怪しげな表情でこちらを見ていた。
玄関から半身をのり出し、手にはスマホ。っておい! いま小声で一一〇って言わなかったか⁉
まずい。急いで初芽つぼみこと初芽処女みの腕を掴み部屋の中に入れる。
「えっ」急に腕を掴まれ強引に引き寄せられたからか、実に可愛い声が耳に届いた。
狭い玄関に密着する形で向き合う俺と初芽つぼみ。
身長一七三センチの俺と同じ背の高さだと今気付く。なのに腰の位置が全然違う。それに手足が長い。噂十頭身は本当なのかもしれない。そしてこの美貌。
本来俺のような平均的な顔のメンズでは一生縁の無い部類なのだろう。だがしかし……なんだろう。このただよう残念感は。
「は、はは、はなせ! はなせし! 男が女の手を握る意味が分かっているのか⁉ け、けけ、結婚の意味だと知っているのか⁉ お前は千代だけじゃ満足できなくて私にまで……パパ。ママ。お許しください。つぼみは不埒者の手に落ち。身を汚される運命にあるようです。くぅ」
祈るような表情で上を向くキチ○イ女。くぅ。じゃねぇよ。くぅじゃ。なんだよくぅって。
男が女の手を握ると結婚ってそれはどこのしきたりだよ? 忍者にそんなしきたりあるの? 手じゃなくて掴んだのは腕だからね。
「あの――」
「まぁ、そのあれだ――」
もじもじしながらもチラチラと俺の顔やら体を観察するように見つめる残念女は「顔も体も及第点かな」と漏らす。そこはかとなく認めてくれたようだ。悪い意味で。
「わ、私のことは……つぼみと。呼べし」
明後日の方向に顔を向けボソボソと喋る姿が大変いじらしい。髪をかきあげ覗いた耳が真っ赤っ赤だ。なんだこの展開!
「いや、え~と。そうじゃなくて、話しを――」
「そ、そうだな。急に蘭水流の二十一代目宗家頭目の座は荷が重いかもしれないな。だがこれからは二人で――」
「もう、黙れよお前! 残念すぎるだろ‼」
最近俺に絡んでくる連中は話を聞かない率が異常に高い。マジ迷惑、マジ卍。
とりあえず落ち着いて話しをする為に、初芽つぼみを部屋の中に招き入れる。
「出会ったばかりだから。その、あれだぞ、そういうのは早いからな! でも、どうしてもと言うなら、キ、キススまでなら……その……」
残念発言が聞こえたが、めんどくさいので無視しておいた。
「じゃ、じゃあ千代とは付き合ってないの? 二人の間にはなにもないっていうわけ?」
「ないよ。何回説明させんだよ」
「そんな……早く言ってよ! 最ッ低!」
ちゃぶ台を挟んで座る俺と処女み、ではなくつぼみタン。最初の美貌キャラはどこへやら? キャラ設定がブレブレである。
もっちゃんが家を出ていったのを心配し、こっそり尾行したようで辿り着いた先がまさかの男の家。自分ですら男と付き合ったことが無いのに、妹分として接していた存在がまさかの男と同棲。
――処女をすてる時は同じ日だよ。約束したのに、ひどい! 裏切りだ! こっちは男の手さえ触れたことが無いのに千代は今頃……うわぁーーーー‼
などと若干の百合的思想が勘違いを捗らせ。真相を確かめる為に乗り込んだ結果、勝手に自爆し今に至るという訳だ。っていうかお前は処女だったのか? その見た目に反してとんでもない隠し玉だなオイ。
わなわな震えながらこちらを睨む処女み。なんだか最初の悪態が可愛く思えてくる不思議。これが世にいうギャップ萌えというやつなのだろうか。
「っていうかさ」
こじらせ処女が部屋を見回したあと俺を睨んでくる。その鋭い眼光も今は微笑ましい。
「なに笑ってんのキモいんだけど」
チワワの遠吠えとはこういう状態を指すのだろう。
「千代と付き合ってないのは分かったけど。あんた忍びじゃないんでしょ?」
「そうだよ。ごくごく普通の一般的な人間だよ」
「じゃあ千代が亜忍空間を発生させた時、どうして次元の壁を超えられたわけ?」
亜忍空間は三次元と四次元の狭間だったか? どうしてってそんなもの俺だってわからんわ。
「あの空間はね。忍者として修業した者のみがたどり着ける領域なの。一般人は絶対にあの世界にはいけない。でもあんたは次元の壁えて亜忍空間の領域にたどり着いた。でさ、私なりにあの時のこと考えてみたんだけどさ……あんたって人間だよね?」
急にどうした残念女。どこからどう見ても人間だろうが。
「ちょっ! なにその顔‼ また私のことバカにしてるんでしょ。だってそうじゃなきゃ説明つかないんだもん。この部屋の気だって違和感あるし! あんたが人間じゃないと全部辻褄が合うんだからしょうがないでしょ!」
そうは言われてもな……しかし人間じゃないか。ある意味正しいようなそうでもないような。もはや自分自身がどういう状況なのか分からないまである。
「千代に目的があるのは知ってるよね?」
「まぁ、それとなくは聞いたよ。実家の忍者稼業を復活させたいってやつだろ?」
「目的に達成する為の手段は?」
試されているのか? どう言うべきか。下手に言ってあのフレーズが飛ぶのも嫌だから素直に言っておこうか。
「あれか? 死神がどうとかのだろ」
「……そう。やっぱり聞いていんだ」
一瞬だけ目を伏せ儚げな表情をするつぼみタン。容姿がいいだけに一流女優の仕草に見えてしまう不思議。うぅ、ドキドキするな俺。
「その話を聞いて、どう思った?」
「どうって、まぁ……そんな得体の知れないのを探すより、家に帰ってお父さんと仲直りした方が良いんじゃないと思ったかな」
「なにそれ、そういうことじゃなくてさ。私が聞きたかった意味と違うから」
キョトンとした後に、可愛らしく笑う姿がいちいち絵になる様になる。黙っていれば百二十点だな。……ドキドキするなよ俺。
「信じた? 死神の存在?」
「……」
「嘘はついてもいいけど、無駄だからね忍びに嘘は通じないから」
お前もか! 応えに迷っていると初芽つぼみが淡々と語り出す。
「さっき言ってたあんたが人間じゃないと辻褄が合うって話しはさ。あんたの〝気〟が通常の人間とは大きく違うからなの。人ならざら存在からの借りもののような気。それが亜忍空間に渡らせた原因だと私は思う」
借りもの気か。それは水晶玉と俺が繋がっているからなんだろうか。
「あと気だけじゃなく魂も不安定。鎖のようなものでこの世の理から外れた存在とあんたが繋がっているように感じる。だから私はあんたを最初に見た時に、人間では無いって思ったの。改めて聞くけどあんた人間だよね?」
「ごく普通の人間ですけど。俺から言わせれば口から火を吐いたり、刀から水を出す方が人間じゃないように見えるけど」
「なにそれ……いま私達のこと、忍者をバカにした?」
空気と声色が変わる。おっと、どうやら俺は踏み込んじゃいけない領域に片足を入れてしまったようだ。藪蛇はつつかないのが吉だろう。
「バカになんてしてないさ。俺にはできないことだから凄いなと思っただけ。あの時はかなりビビったけど、実際カッコ良かったよ。あんた達二人は」
「――ッ! ひ、ひきょう。そんな、急に褒められても……」
チョロイ。見た目も加わり今日中にどうにかできそうな気配すらある。褒められてからめっきりと口数が少なるつぼみタン。そこからは気まずい沈黙が流れ。
「……もう。か、帰る!」
そう言うと、立ち上がりズカズカと家から出ていった。不服なご様子だったが、こちらとしてはこれ以上面倒事を増やしたくないので是非も無い。
さてどうしたものか。またお宝探しをしても何だが虚しいだけだし、かといって何かをやる気力も無い。
ポケットから水晶玉を取り出し眺める。
こんなものが俺との命を繋いでいるのは非常に煩わしいのだが、事実なので邪険にもできない。
後生大事に押入れにしまい一息つくと、昼時の為か腹の虫が鳴る。
「飯でも食うか」と独り言ち着替えたあとコンビニに向かう。




