第1章 6『ターニングポイント』
時雨と別れ、再び控室に戻って来た勇志は、ある提案する決意を固めていた。
他のメンバーたちは、それぞれライブ前の精神統一に入っていて、控え室内の空気は重く、なかなか言い出すことができない。
思えば、いつもライブ前になると「どうしてこうなったんだろう」と自問しては、目の前の現実を客観的に捉えて、まるで他人事のように考えていた。
歩美との約束を果たす為に、自分という個性を極力抑えているという考え方もできる。
でもそれは言い訳だ。
ライブを待ち望んでいるファンの人たち、初めてのライブに勇気を振り絞って来てくれた時雨、そんな【Godly Place】を好きで、応援してくれる皆んなに、他人事のような音楽を披露して恥ずかしくないのか。
(今の自分に出来る精一杯を、全力を注ぎ込もう)
そうすれば、きっとその曲は『誰かの心に触れることができる』それは勇志があの日、歩美の歌を満点の星空の下で聴いた時のように……
『音楽』はその人の考え方を、人生を変えることができるはずだから。
自分自身がそうだったように……
「みんな、ちょっとごめん! 」
さほど広くない控室に勇志の声が響き、メンバー全員の視線が注がれる。
「本番直前で悪いんだけど、どうしても1曲やりたい曲があるんだけど……」
「な……!?」
勇志の突然の申し出に困惑するメンバーたち。
それもそのはず、スタートまで残り10分を切っているタイミングで、そんな無理難題を提案するなど、本来なら言語道断である。
メンバーたちだけでなく、スタッフ全員に迷惑が掛かる大問題だった。
「やっぱりダメ、だよな……」
それは勇志も重々理解していた。メンバーたちは否定こそしないものの、お互いに顔を見合わせては呆れたような顔をしたり、訝しげな視線を勇志に送っている者もいる。
数秒間の沈黙の後、そこから1番最初に復活したショウちゃんが珍しく大声をあげた。
「まさか……、まさかあのユウちんから前向き発言が出ましたぞーっ!?」
『白井翔平』ことショウちゃんはライブ中のシャウト、所謂『デス声』くらいでしか、ろくに声を聞いたことがない。恐らくこの場にいる勇志以外の何人かも、(ショウちゃん、そんな大声出るんだ……)と思ったに違いない。
「でも確かに驚いたな、ユウが自分からライブのことに口を出すなんて……」
ショウちゃんの大声を華麗に流しながら『林田真純』ことマシュが、何処か感心した表情を浮かべる。
「そんなに変かな?俺がライブの提案するの 」
「だって、ユウがガップレのライブのことで何か提案したことなんて、今まで1度もなかったから……」
間髪入れずに、ミュアに変身した歩美に言われて、勇志は確かに今まで一切ライブについて自分の意見を言ったことなかったなと思い出した。
「正直、ユウがガップレのメジャーデビューにあまり乗り気じゃないこと、何となく分かってたんだよ」
「え、そうなの?」
「それでもこうして一緒にガップレをやってくれていて、無理させてるのかもって思ってたんだけど、どうやら杞憂だったみたいだな」
「私はユウなら大丈夫って思ってたもん!」
「でも、ユウくんが前向きなこと言ってるのって、似合わないけどねー」
「ユウちんともっと男のロマンについて語り合いたいのですぞ」
真純には心配をかけ、歩美には信頼され、愛也は毒を吐き、翔ちゃんは話が脱線しているが、全員がそれなりに自分のことを心配してくれていたことに、嬉しさと照れ臭さが混ざったような感情が湧き起こる。
「みんな心配かけてごめん!」
「ユウ……」
「俺、これから真剣に【Godly Place】として頑張っていくよ!」
「うん! よろしくユウ!」
「わッ!?」
そう言うより早く、歩美が勇志に抱き着き、胸の中に埋もれる。前髪で表情は見えないはずなのに、どこか安心したのか、嬉し涙なのか、確かな安堵が身体を通して伝わってくる気がした。
控室の入り口付近から「ゴホン!」とわざとらしい咳払いが1つ聞こえ、全員の視線が集中する。それを合図に胸の中にすっぽり収まっていた歩美も、スッと抜け出して沙都子の方へと向き直った。
「えー、若者たちの熱い青春の時間に水を差すようで悪いんだけど、そろそろ時間よ」
水戸沙都子がメンバーたち1人1人に目配せし、顔色を伺う。最後に勇志で視線を止めると、肩を竦ませた。
「それで曲の方はどうするのか決まった?」
否定はしない。それだけでも沙都子は彼らガップレのことを信頼していることが伺える。それとも、沙都子も他のメンバーと同じように、勇志の前向きな発言に少なからず安堵した証拠かもしれない。
「もちろん、変えるでいいよな?」と、真純がメンバーたちに確認をとると「異議なし!」と、全員一致の答えが返って来た。
「しょうがないわね、PAとか他のスタッフには私の方から伝えておくから」
「水戸さん、すいません。俺の我儘で」
「別にいいのよ、あなた達に最高のパフォーマンスをしてもらうのも私の仕事なんだから、それじゃあ心置きなく行って来なさいッ!!」
「「「いってきますッ!」」」
沙都子に送り出され、熱狂と声援が飛び交うステージの裏で、メンバーが1箇所に集まる。
「よしッ! いつものやるよ!」と、歩美の掛け声に合わせ、全員で円陣を組んだ。
【Godly Place】が5人揃ってからのライブの直前は、いつも円陣を組んで、意思統一と気合を入れてから登壇している。そうでもしないと、会場の熱気と気迫に押し潰されてしまうからだ。
「じゃあ、今日の掛け声はユウにお願い!」
「え!? 俺が?」
「いいからやる!」
「ぐっ!? はい、わかりました!」
左隣の歩美から回された手が、勇志の脇腹を軽くツネる。他のメンバーたちは、もはや恒例行事のように生暖かい目を2人に向けていた。
渋々、『掛け声係』を引き受けた勇志は、わざとらしく「ゴホンっ!」と大きな咳払いをすると大きく息を吸い込んだ。
――そして、
「えぇ~、僭越ながらこの度はーー」
「早くして」
「すいません……」
仰々しいほどに畏まった挨拶の途中で、歩美の鋭いツッコミが冴える。
気を取り直した勇志は、結局いつもと然程変わらない台詞で締め括ることにした。
「【Godly Place】! 今日も思いっきり楽しんで行くぞーッ!!」
「「「おーッ!!!」」」