大好きな幼馴染が、泣きながらバカヤローと叫んだから。
※ 2021/10/02 見直して、ちょっと加筆修正しました。
俺の幼馴染みはとてもキレイだ。
清潔感のある雰囲気と、大人びた容姿。背中まで届く黒髪は毛先まで手入れされており、その形の良い瞳には、何度吸い込まれそうになったことか。
だから、ずっと隣に入れるよう、身だしなみ程度の事だけど、俺も見た目にはこだわった。
彼女は、頭も良いし優しくて、お日様のように明るいもんだから、当然、周りはいつも笑顔で溢れていた。
だから、ずっと側で笑っていられよう、俺も必死になって勉強したし、人付き合いも覚えていった。
それは中学に入っても変わらず、
「同じクラスだといいね」
隣で彼女が笑うもんだから、
「ずいぶん前から祈ってるよ」
俺も同じように笑った。
だけどその頃から、ますますキレイになり、目立つ存在になっていく幼馴染みに、――俺は追いつけなくなっていた。
はじめは、努力が足りないんだ、もっともっと頑張れと、自分自身を鼓舞したが、物事はすぐさま結果の出るものばかりではない。
勉強、運動、ルックス、立場。
出来不出来、得意不得意は、格差となって現れてくる。
学年を上がるごとに、それらは明確に牙をむき、俺へと襲いかかってきた。
学年首位を走る彼女と、中の上くらいに停滞する俺。
生徒会長として輝く彼女と、その他生徒として埋もれる俺。
毎日のように、誰かに告白される彼女と、ラブレターのひとつももらったことのない俺。
そして、考えるようになった。俺は、彼女にとって重荷なのではないだろうか。
周りの話では、彼女が告白を断る際に、『他に好きなヒトがいるから』と、毎回そう答えていると耳にはしていたけれど、その場での、『誰なの? 』という問いには、ナイショだと誤魔化してそれで終わりらしい。
確かに、日頃の彼女から、そういう恋愛の話があったためしはないからさ。だから俺は、好きなヒトがいるとそう答えておけば、面倒な告白も減るだろう。ていのいい断り文句ではないのかと考えていた。
でも、同時に、頭の片隅ではモヤモヤとした嫌な感情があったのも否定はしない。
もし、本当に好きなヒトがいるとしたら。そうだとしたら、俺はどうすべきなのだろうか。
彼女は、相変わらず隣で笑ってくれていた。だけど、いつまでこうしていていいのか。俺はその辺りの事を、聞きたくて仕方がなかった。
「……なぁ、あのさ」
「なに? 」
「お前、好きなヤツとかいるか? 」
我ながら、こうもフランクに聞けるとは思わなかった。
いつかの帰り道。
立ち寄ったファストフード店で、ポテトを咥え窓の外を眺めながら。そんななんともなしで開けっぴろげだった環境も手伝ったのだろう。
帰ってきた答えは、やっぱりな。
机の上には、コーラが大きく水たまりを作り、顔を真っ赤にした彼女が、慌てふためいてそれ以上広がるのを食い止めていた。
俺も、眺めているばかりではない。すかさず助けに入り、その際、拭き上げるお互いの手が軽く振れ、至近距離で視線がかち合った。
目と目が合う、そんなお見合い状態が数秒続き、二三、何かを言おうとした彼女が、ゆっくりと悔しそうに視線を逸らすもんだから、――あぁ、なるほどと。
その全ての動作が物語っていた。
俺の幼馴染みは、恋をしている。そう結論づけたわけだ。
まぁ、そうだよな。
花の十代。恋に恋する年頃の女の子だもんな。
それに、出会いなんて彼女くらいになれば、その気はなくとも勝手に向こうからやってくる。
世間様がこんな美人をほっとくわけがないもんな。毎日のように、いろいろなヤツからアピールされているし、その中の誰かがコイツのハートを射止めても、なんらおかしい話ではない。
どこのどいつだろう。彼女に想われるとは幸せな男もいたもんだ。
ただ、それが俺ではない。同時にそれも、理解できた。
なんせ、温和で優しくて周りを優先して考える、そんな自慢の幼馴染みだけど、コイツは自分の意見だけはハッキリ言うヤツなのだ。
だから、もし万が一にも俺のことを想ってくれているのなら、そして、いないならいないと、今この場でハッキリとそういうだろう。
それをはぐらかしたんだ。しかも、あんなにまで頬を染めて。
べつに想い人の名を俺に教えないといけないなんて、そんな決まりはないし、そもそもが当人同士の問題だ。外野が土足で立ち入っていい話でもない。
まぁ、少しばかりは期待していた分、ショックを受けたのは否定しない。
毎年のイベントごとは大体ふたりで過ごしたし、バレンタインは毎回チョコをもらっていた。
でも、それは全部、幼馴染みだからという特異性ゆえに起きたことであって、そこには恋愛感情なんてものはなかったのだろう。
バカみたいに盛り上がって勘違いしたのは、マヌケな非モテの誰かさんだけ。
よくある失恋さ。もちろん俺の胸にドデカい大穴を開けたことはお察しのとおり。
「……あのね」
「いいさ、無理しなくても」
「……うん」
そういえば、この頃からだ。彼女との関係がチグハグとかみ合わなくなってきたのは。
ちょうど高校受験の時期とかぶった事もあって、何度か学校で見かけることはあったけど、彼女は生徒会長で、受験も推薦もらっていたし、朝から晩まで大忙しで、いつの間にか一緒に登下校もしなくなっていって。
俺も、受験勉強を死に物狂いでやってたからさ、背伸びして進学校になんて挑戦したもんだからアップアップで火の車。
ダセぇよな。アイツと同じ高校だって理由なんだからさ。さっさと志望校のランクを落とせばいいものを、玉砕したくせに未練タラタラで笑っちゃうよな。
そんな初めての受験戦争の荒波にもまれ、お互いに忙しかったのだから仕方ない。ふと気がついたら、もうアイツは隣で笑ってはいなかった。
大体四ヶ月くらいか。十年近い付き合いがあったとしても、離れるときはあっけないもんだ。
人気者のアイツだ、中学の卒業式には学年問わず彼女の周りは人だかり。その横を素通りしていく俺には誰も気づいちゃくれないさ。
ふと、自分の名を呼ばれた気がしたからと、振り向いてみれば、ホント、良いヤツだよな。
アイツだけは気づいてくれたようで、一生懸命手を振ってくれていた。まったく、これ以上惚れさせてどうするつもりなのだろうか。
こちらに向かって何か言っていたみたいだけど、さすがに聞こえる距離ではない。それに、こんな俺を気にかけてくれる、その気持ちだけで充分だ。
その後、春休みに何度か連絡をくれてたみたいだけど、タイミングが合わず電話に出られずそのまんま。
再度連絡が無かった所を見ると、たいした用事ではなかったんだろうし、かけ直そうにも、このタイミングで恋愛相談とかされてみろ、俺はそう器用な男ではないからな。自分の失恋を引きずったまま、どう答えを返して良いかなんてわからない。
そんなこんなで、あれよあれよと高校入学が目前と迫る頃には、見事に、彼女とは疎遠になってしまっていた。
いや、結果的には俺の方から避けていたと言ってもいいな。
あれから、アイツが例の想い人とどうなったかは知らないけれど、自分の言うべきことはハッキリと言うヤツだからさ、しかもあんだけ可愛いんだぜ。きっと悪いようにはなっていない。
そんな中、俺なんかが隣でウロウロしてちゃ相手も良い気分ではないだろうさ。決して、俺からの彼女への気持ちが変わったわけでも無くなったわけでもないけれど、まぁ、泣いた赤鬼よろしく、お邪魔虫は退散するに限る。
俺としては気を遣ったわけだ、言い訳くさいけど。いや、言い訳だけど。
だから、
「なんで、避けるの? 」
高校入学の朝、震えた声で、彼女が問いかけたその理由がわからなくて。
「きっと私が悪いんだろうけど、言ってくれなきゃわかんないよ」
ちょうど家を出たところ。真新しい俺と同じ学校の制服で、せっかくの入学式の日だというのに、なんで。
「……ごめんね。顔も見たくないだろうけど、ごめんなさい」
肩を震わせながら、俺の大好きな幼馴染みが――泣いていた。
こんな悲しそうに涙する様を初めて見たもんだから、俺はもうどうして良いかわからない。
ボロボロと、大粒の涙はどうにも止めようがないようで、あぁあぁ、待て待て。袖口で涙を拭うもんだから、せっかくの新品のブレザーが台無しだ。
そもそも、俺が故意に避けていたことに、コイツが腹を立てるのはわかるけど、なぜ謝ってくるのかが皆目見当つかない。
思い当たる節がないのなら、何か彼女が勘違いしているのだろうけど、その勘違いの原因も、現状ではわかりようがない。
彼女は大きく鼻をすすり、ポツリと呟いた。
「……同じ志望校なんだから、一緒に勉強したかった」
何を言うかと思えば、そんなの俺も同じだ。
でも、そうはいっても学力の差は歴然で、足を引っ張るだろうから誘えなかった。
「クリスマスもお正月もバレンタインも、全部、つまらなかった」
俺も、はじめてお前がいなかったからつまらなかった。でも、お前には、別の誰かがいるかもと思ったら、もう何も出来なかった。
「卒業式も、さっさと帰っちゃうんだもん。待って! って、何度も何度も言ったのに」
「す、すまん。……聞こえてなかった」
あの喧噪の中では無理だ。
「もうっ! 」
アイツの手が俺のブレザーを掴む。お互いに向かい合った状態で、もう、真っ赤に腫らした瞳で子供みたいにしゃくり上げるアイツから目が離せない。
「春休みも言いたいことがあったから、言わなきゃって決めたから、頑張って電話したのに、全部無視するし」
「いや、あれは」
俺なりに、気を遣ってだな。
「今だって、ひとりで行こうとしてたじゃん! 入学式だよ!? 同じ学校なんだよ!? 」
そこまで言うと、ついには、ブヘブヘと鼻を鳴らしながら言葉が出せないくらい泣き崩れてしまって。
こうなると、俺は観念するしかない。
彼女の言いたいことは、なんとなくだけどわかったから。
そうだよな、こいつからすれば意味わかんないよな。あんなに仲の良かった幼馴染みが、急によそよそしくなったんだ。逆の立場なら、俺も死ぬほど苦しんだはずだ。
でも、そうなると、説明するには俺の気持ちも伝えることになるのだが、まぁ、コイツを泣かすくらいなら、さっさとキレイにゲロった方がマシか。
「まぁ、あれだ、……一回しか言わないからな」
――ちょっと早い朝の日に、とても気持ちのいい春の風が吹くなか。
「……いつだったか、お前に好きなヒト聞いただろ」
もう泣くなと、自分の胸へと彼女の頭を抱き寄せる。アイツも嫌がった様子は見せなかったから、
「あの時、やっと気がついたんだ。やっぱり、俺なんかじゃダメなんだなって。だから、」
だからさ。
よく聞いとけよ。俺の長いこと暖めていた想いだからな。そして、覚悟しろ。伝える前に玉砕した、儚い恋心をもう一度、無理矢理集めてぶつけてやるからな。
ムードとか言い回しだとか、そんなもんは、どっかの本命に期待しろ。
俺は、笑って言ってやった。
「やっぱり、好きなヤツには、幸せになってほしいだろ」
――その後の事は内緒だ。
なんせ、到底、他人様に語れる内容ではないのだから。
その数分後。
「なるほどね、……あぁ、そういうことか」
今、思い出しても震えるね。だって、死ぬかと思ったんだから。
もう、青空にバチーンといい音が響いたんだ。
俺の想いを告げた後、ぽかんと、本当にマヌケな顔で彼女はしばらく固まっていたのだけど――次の瞬間、目にもとまらぬ壮絶な平手打ち。返す刀でもう一発。
その裏拳気味に入った往復ビンタの凄まじい威力に、俺は蹈鞴を踏みそのまま尻餅をついた。
「ずっと怖かったんだから! このばかやろーっ!! 」
辺りに響き渡るほどの大声で、彼女は、まぁ騒いだ騒いだ。
あの温厚で明るく冷静な、おしとやかな美人と有名な幼馴染みが “ バカヤロー ” だぞ。
「なんで、そうなるの!! いつ私が別のヒトに目移りしたって言うのよっ!! もうヤだ! ホント頭にくる!! 」
尻餅をつく俺の上に馬乗りになって、胸ぐら掴んでくるんだぜ。
おでこの触れそうな距離で、初めて見る彼女の号泣しながらのマジギレに、もう俺はビビりっぱなしの怯えっぱなしで。
「クリスマスケーキもおせちもお雑煮も、頑張って作ったのに、ひとり分残ったんだから! 泣きながら捨てたんだから! クリスマスのイルミネーションも初詣も、ずっと誘われるの待ってたんだから! 誰かさんが電話くれるの待ってたんだから! バレンタインのチョコ……は捨てらんないもん! でも、いよいよ冷蔵庫の一部になりそうなんだから!! 手作りなんだから! 本命なんだから!! 毎年なんだから!! わかったか! このバカぁ!! 」
もしかすると、ずっとコイツ、上手くいかない恋愛事情にストレスを溜め続けていたのかもしれない。
いつから? そんなこと聞けば火に油を注ぐだけだろうから聞けやしないけど、今回の一件で、溜まりに溜まった鬱憤が、いよいよ溢れてしまったのだろう。
間違いなくその原因は俺で、そのせいで彼女を苦しめたのは間違いなくて、だから、殴られたのも、この暴言も当然。全てを甘んじて受けて、それでいて、謝って、後日もう一度謝罪して、何でも言うことを聞きます。好きにしてくださいと、そこまでは覚悟したのだけど。
彼女が荒い息のまま、今までの鬱憤を吐き出すかのように、
「あの日、突然好きなヒト聞かれて、戸惑ったんだから。あれ? こんな淡々と尋ねてくるって事は、私って相手にされてないの? って」
苦しかったと、
「しかも、その日からでしょ。他人行儀になって、避けるみたいに距離を取られて」
イヤだったと、
「あぁ、終わった。この感情が絶対ウザくて重いと受け取られた。……ねぇ、その時の私の気持ちわかる? 」
悲しかったと、
「小さな頃から、私、ずっと気づいてもらおうとアピールしてきたのに、振り向いてもらおうと努力してきたのに、どうしても言葉に出来なかっただけなのに、……嫌われたいわけじゃないのに」
俺のしたことがいかにヒドいことだったか、小さな子供のように泣きながら訴えてくるもんだから、何を言っても言い訳にしかならないからさ、ただひたすら俺が言えるのは『悪かった』だけだ。
しばらくの間、聞こえてくるのは彼女の荒い息づかいだけ。その間も、せっかくのきれいな髪を振り乱して、彼女は、ただボロボロと涙をこぼしながら俺の目を見つめてきた。
その瞳は、どうだ! わかったか! 観念したか! と、如実に物語っており、俺は、もう降参。両手を挙げてギブアップの体勢。
これで理解できなければ、ソイツはとんだボンクラだろう。
もう一度、俺はゴメンなと呟いた。
こんな場で、何かを言おうものなら、それは無粋だ。もはや、お互いの気持ちは明白で、確かに遅すぎるくらいではあるけれど、――それでも、ケジメはつけるべきだ。
ちゃんと言葉で表して、明確に自分がどうしたくてどうありたいか、それを伝えるのが筋だろう。
でも、その時、何か言わなきゃと言葉を探し、ひねり出そうとした俺を、――彼女が遮ったんだ。
心の内を吐き出して、少し冷静さを取り戻したのだろうか。一息ついて、二息ついて、――ふいに、『ごめんなさい』と。
俺の頬にそっと手を宛てながら、目を伏せ、ごめんなさいと。
「どういう理由があったとしても、暴力はいけないよね」
俺としては、平手打ちくらい喰らって当然だから、それだけのことをしたのだからと納得できている。でも、彼女は謝ることをやめなくて。そして最後に、呆れたように笑って、
「だから、さっそく罰が当たったみたい」
そう息を切らせながら、言ったんだ。
「え? 」
何か耐えるように顔をゆがませて、相変わらず、俺の上でマウントを取ったまま、肩で息をしながら、アイツはポツリ。
ちょっと待って。ヤバいかも……
震える手をこちらに見せるように突き出しながら、もう一度、大粒の涙をボロリ。
「……右手がね、すっごく痛いの」
そりゃ、焦ったさ。だって、俺に往復ビンタをお見舞いした彼女の手が、指が、明らかに赤みを帯びていた上に、ウソだろ、グローブみたいに腫れてきたのだから。
「おまえ、コレ! ヤバいだろ!! 」
数分前のいざこざなんて、星の彼方に吹っ飛んだね。だってもはやそれどころではない。
ふぇぇ、とマヌケな声を出し、今度は違う意味でアイツがシクシクと泣き始めたわけだから、いよいよ俺は慌てふためいた。
「折れたんじゃねぇのか!? 」
言わないでぇ、と、涙が出るほど痛むんだからぁと、彼女は痛い痛いと泣くけれど、俺から言わせると、ほら見たことか。そんな華奢な手で力任せに殴りつけるもんだから、いわんこっちゃない。
男子に尻餅つかせる威力だったんだから、それ相応の反動が彼女のその白魚のような手に跳ね返ってくるのは必然で。
まだ、少し早い朝の時間、周りにはまだ人っ子ひとりいやしないさ。どうにかせねばと右往左往するも、先日まで中学生な俺ではどうにもこうにも出来やしない。
「ひ~ん、なんだか手の感覚がなくなってきたんだけど」
「バカ! 余計に焦るからやめろ!! 」
こうなったら、冷静なヤツなんてこの場にひとりもいないからさ、パニックがパニックで、もうパニックのカーニバルだ。
こんな時、頼る先はひとつ。
俺は、彼女を抱きかかえて、神様仏様お母様。一目散に家の玄関を開け、室内へと全力で叫んだわけだ。
「母さん!! 救急車っ!! 」
――結局、入学式そうそう二人揃って欠席と相成った。
こんなことで救急車なんて呼ばないわよ、落ち着きなさいと、母から数回にわたりドタマを叩かれながらも、辿り着いた病院で、もうその頃には、彼女は大分落ち着いたみたいだった。
「先に行っていいよ」と申し訳なさそうに笑ってはいたが、何処の世界に、手の甲と指二本ヒビの入った彼女をひとりにする彼氏がいるのか。
そう俺が言うと、「痛いのと嬉しいので、わけわかんないよ」またさめざめと泣きはじめて、そうこうしているうちに彼女の両親も血相変えて飛んできて、どうしてこうなったと聞かれるわけだけど、どうもこうも正直に言えるわけないだろう。
『彼女が思うさま僕を殴りつけたので、折れました』
品行方正な大和撫子みたいな自慢の一人娘だぞ、しかもマウント取って上から鬼の形相で叱咤してきました。なんて、百パーセント俺が悪いのだけど、そんな事実を突きつけられたら、向こうの両親、卒倒するわ。
「あらアンタ、顔の形変わってきてない? 」
俺としては、この日の出来事は墓まで持って行くつもりだったのだけど、――でも、母さんのこの一言で全ての目論見が瓦解したように思う。
向こうの親父さんも――徐々に腫れ上がる俺の頬と、ヒビの入った愛娘の手。――後は簡単な連想ゲームだ。流石に気がついて、俺の方を見てそしてアイツの方を見て、『説明しなさい』低い声で、トドメ。
我が子の顔でゲラゲラと腹を抱えて笑う母さんの声をBGMに、結局彼女が両親に自白してその犯行が明るみに出たわけだ。
変なところで真面目なヤツだから、その時の、俺の恥ずかしい台詞まで話ちゃうもんだから閉口した。
「その時言ってくれたの。このまま手が動かなくなったらどうしようって、痛みと混乱で泣く私にね、『そうでなくても、一生俺が面倒見てやるよ』って」
いまだに、その時の言葉を嬉しそうに言ってくる妻に、俺は頭が上がらない。
――あの日と同じちょっと早い朝の日に、優しい春の風が吹くリビングで。
「あら、私は毎日でも言ってもらいたいけど? 」
「……真っ赤な顔で、よく言うよ」
何年経っても当時のまんま、俺の隣で笑ってくれている。そんな、俺の『元』幼馴染みは、相も変わらず、とてもとてもキレイだった。