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第八十五話 ガガモンズ家の終焉③

 冒険者ギルドからの指名依頼開始を控えた前日、ユダリルム辺境伯から下賜された水車小屋が完成したとの報告を受けた土筆つくしが水車小屋建造現場に赴くと、手の空いた職人達が野営の撤収作業に追われていた。 


土筆つくし様、大変お待たせ致しました。こちらが完成した水車小屋でございます」


 メゾリカの街の西側を流れる川に隣接するように建造された水車小屋は土筆つくしが想像していたものとは随分と違っており、三つの水車が連なる三連式の水車だった。

 前後の水車で川の水を水路に汲み上げ、真ん中の水車の軸の回転を利用して小屋の中へ動力を供給する仕組みだ。


「これは凄い。ユダリルム辺境伯様の名を世に知らしめたのも納得できる」


 土筆つくしは力強く回転する水車に見惚れながら思わず称賛の声を上げる。


「お褒めに預かり光栄でございます。早速ですが、扱い方や手入れの仕方などをご説明させて頂きます」


 ユダリルム辺境伯の配下の者は土筆にそう告げると、汲み上げた水の水量調節の仕方や動力の利用方法など丁寧に説明をする。


「ご説明は以上となります。後は水路を繋いで頂ければ完成でございます」


 主君より授かった命を全うした輸送部隊の面々は野営の撤収作業を終えると、土筆つくしに別れの挨拶を残し帰っていくのだった……



 土筆つくしは買い出しのついでに商会に顔を出すと、水車小屋までの水路建設と水車小屋の近くに小麦を収穫するための作業小屋建設の依頼を行い、人出不足解消案として、例の如く日雇い労働者を好条件で雇い入れるよう要望を出す。


 土筆つくしの募集する日雇い労働は北側の開発地区で難民生活を強いられている開拓村の人達にとても人気らしく、抽選になるほど申し込むが殺到するらしい。


 その話を商会の主から聞いた土筆つくしは嬉しい反面、全員に仕事が回らないことへの申し訳ない感情が込み上げてくる。

 しかし、一介の冒険者である土筆つくしが社会に貢献できることなど、所詮その程度のものでしかないことも重々承知しているのだった。


 今回冒険者ギルドから指名依頼された未登録の開拓村での案件が終わる頃にはスタンビートの原因も解明され、東の森から避難してきた人々も開拓村に戻る目途が立っていることだろう。

 その為にも今回参加する調査には万全の準備をして臨まなければいけないと、土筆つくしはもう一度気持ちを引き締め直すのだった……



 翌朝、旅支度を整えた土筆つくしとメルは冒険者ギルドで手続きを行いメゾリカの街を発つ。


 ミア達調査団が発見した未登録の開拓村は東の森の街道を進んだ先から南側の森に入った奥にあり、土筆つくしの足であれば夕方には開拓村に辿り着ける計算だ。


「いい天気だねー」


 土筆つくしのペースに合わせて背伸びをしながら歩くメルは、時折り吹き抜ける風に髪をなびかせながら声を上げる。


 メゾリカの街から東の森を抜ける街道は騎士団の巡回も多く、危険な魔物と遭遇することはまずない。


「このペースなら、昼ご飯を食べてから森の中に入ることになりそうだな」


 冒険用のリュックサックを背負った土筆つくしは久々に通る東の森の景色を眺めながら、未登録の開拓村までの行程を計算する。


「うんうん、今から昼ご飯が楽しみだよー」


 今朝厨房で昼ご飯の用意をしていた土筆つくしをカウンター席に座って見ていたメルは、大好物が昼ご飯に出てくることを知っているようで、何時もより三割増しで機嫌が良い。


 拠点となる開拓村には既に先発隊として依頼を受けた冒険者と冒険者ギルドの職員が前乗りしていて、開拓村にに入って依頼を開始してからは生活の心配をする必要もない。


 更に、結界が張られていた付近は騎士団が二十四時間警備を行っており、森の中に入ってからも未登録の開拓村まで問題なくたどり着ける体制が整っているのだった。


「ここだな」


 メゾリカの街から四時間ほど歩き続けた土筆つくしは、街道の外側に小規模な陣営が設置されている場所を発見すると、ここが結界が張られていた地点への入り口であることを確信する。


「ちゃんとテーブルも用意されてるなんて親切だね」


 陣営内には行き来する人が休憩できるように椅子とテーブルが置かれていて、土筆つくしとメルはそこで昼食を取ることにし、その後活動拠点となる開拓村へ向かうのだった……



 到着した開拓村は村と言うよりも集落に近く、村を囲む外壁も壁ではなく柵が張り巡らされているだけだった。


「登録証のご提示をお願いします」


 開拓村で唯一と言える立派な建物に拠点を構えた冒険者ギルドの職員は、土筆つくしが提出した登録証を確認すると二階にある部屋の鍵を差し出す。


「この鍵にお二人の魔力を注入してください」


 鍵は魔道具になっており、最初に入室する際に魔法鍵マジックキーが発動する仕様になっている。


「有難う御座います。荷物を置きましたら、早速調査の方をお願いします」


 今回冒険者ギルドから指名された依頼は”スタンビート発生に伴う原因調査”となっており、表面的にはガガモンズ家の名前は出ていない。


「食事につきましては、一階食堂にて二十四時間提供しています。沐浴については……」


 ギルド職員の女性は一階にある共同設備の説明と注意事項を伝え終えると、土筆つくし達の姿が見えなくなるまでお辞儀をして見送るのだった。


「さてと、一先ず周辺を見て回りますかね」


 魔法鍵マジックキーが正常に稼働しているかどうか確認した土筆つくしは、荷物を置くと窓から見える外の景色を眺めながら呟く。


「うんそうだね。美味しいお肉が待ってるかも知れないもんね」


 獣耳をピクリと反応させたメルが土筆つくしの独り言を聞き取ると、別の意味で賛同する。


 土筆つくしは何処にいてもブレないメルの考え方に笑みを漏らすと、装備を整えて開拓村周辺の調査に出掛けるのだった……



 土筆つくし達が拠点とする開拓村周辺は魔素が濃い地域に分類され、生息する魔物も油断できない曲者揃いだ。


 特に厄介なのが蜘蛛系の魔物で、張り巡らされた蜘蛛の糸の罠に嵌まってしまえば身動きが取れなくなり、後は捕食されるのを待つだけとなる。


「もう鬱陶うっとうしいなー」


 しかし、それは一般の冒険者基準での話であり、例外であるメルには通用しなかった。


 警戒する必要がないメルは木々の間を堂々と直進し、お構いなしに蜘蛛の糸に触れては何事もなかったように進んで行く。

 気配を消して潜んでいた蜘蛛の魔物はメルが糸に絡んだ瞬間、獲物が掛かったと襲い掛かるのだが、メルの払い除ける手によってことごとくぶっ飛ばされていくのだった。


「お肉じゃないのはあっち行ってよねー」


 体中に蜘蛛の糸を付けたまま、食べられない虫系の魔物しか現れずご立腹のメルは、襲い掛かってくる蜘蛛の魔物を何十、何百とほふっていく。


「相変らずメルは規格外だな」


 メルが屠った蜘蛛の魔物の素材と魔石を回収しつつ、メルが通った後の安全な道を歩きながら土筆つくしが呟くのだった。


「もう、蜘蛛ばかりで美味しいお肉狩ってる時間なかったよー」


 予定時間が過ぎた土筆つくしとメルは拠点となっている開拓村に戻ると、土筆つくしは蜘蛛の糸だらけのメルに水浴びを勧め、自身は開拓村の中に設置された素材買い取り用の天幕へ向かう。


「これは土筆つくしさん。先日振りですね」


 土筆つくしが天幕の中に入ると、先日ユダリルム辺境伯から下賜かしされた魔物の件でお世話になったオットンから声を掛けられる。


「これはオットンさん、先日は助かりました」


 オットンは冒険者ギルドで仕入れ担当をしている職員で、魔物の知識に長けていることから、今回冒険者の拠点となるこの場所で素材の買い取り業務を担当することになったのである。


「いいえ、私もユダリルム辺境伯領内でしか見られない魔物の話ができて楽しかったです。彼らは元気に過ごしてますか?」


 家畜化された魔物を彼らと呼ぶのは実にオットンらしい。


「はい、特に問題もなく元気に過ごしてると思います。時間がありましたら一度見に来て下さいね。アドバイスがあれば伺いたいですし……」


 よくある社交辞令である。


「本当ですかっ? メゾリカに戻ったら直ぐに行きます。生モーモーと生コケッチ楽しみだなー」


 言葉をこう返されたら、もう社交辞令では通用しない。

 

「ははは……その時はモーモーとコケッチから採れたミルクと卵を使って何かご馳走しますよ」


 土筆つくしはオットンと魔獣ネタで盛り上がりながら他の冒険者達の情報を聞き出すと、今日収集した素材を売却してその場を後にするのだった……

 


 土筆つくしが拠点で割り当てられた部屋に戻ると綺麗になったメルが外から吹き込む風で髪を乾かしていた。


「綺麗になったな」


 土筆つくしの口から不意に出た言葉にメルは頬を赤らめる。


「な、なによ唐突にー」


 土筆つくしはほんのりと赤らめた頬とピンと立った尻尾を見て、自身が勘違いさせるような発言をしてしまったことに気付く。


「ああ、ごめん……」


 土筆つくしはそのような意味での発言ではないと言い訳をしようとするが、逆効果になると思い言葉を止める。


「もう、ごめんはダメだよー。大減点だよー」


 土筆つくしが困った表情をしたことで全てを悟ったメルは口を尖らせて抗議する。

 

「ごめんごめん。でも、綺麗だと思ったのは間違いじゃないから……」


 土筆つくしの口から出たまさかの時間差発言に再び頬を赤らめたメルはそっぽを向くと、乾いた髪を手櫛で整え、部屋から出て行くのだった。


「あーお腹すいちゃった。ご飯食べにいこっと」


 メルは後を追ってくる土筆つくしに自身の顔を見られないよう、何時もよりも速足で歩くのだった……


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