第六十七話 ユダリルム辺境伯との謁見③
ユダリルム辺境伯が手配する迎えの馬車が到着するまでの数日間、土筆は本格的に始まった作業小屋の建設に立ち会ったり、土根畑の面積を拡張したりと、宿舎周りの手直しを着々と進めていくのだった。
「これは土筆様、ようこそいらっしゃいました」
入店した土筆に対して深々と頭を下げているのは、メゾリカの街で穀物商を営んでいるグレナン商会の主バシェフだ。
「こんにちは、バシェフさん。探していた小麦の種籾が用意できたと伺いました」
この世界でも小麦の種蒔きは夏の終わり頃からで、土筆は試験的に小麦の栽培を行おうと思い立ち、小麦の種籾を注文していたのだった。
「はい、ご用意できております。どうぞこちらへ」
バシェフは近くに居た従業員を呼び指示を出すと、隣接している倉庫へ土筆を案内する。
「ご注文の種籾はこちらになります」
荷台の上にある植物の繊維を編んで作られた袋の口を広げたバシェフは、中に入っている小麦の種籾を両手で掬って土筆に見せる。
「どうぞ、土筆様。ご遠慮なさらずにご自身の目で確かめてくださいませ」
土筆は自身の頭髪の中に潜っているフェアリープラントのタッツのスキル”見識【植物】”を発動すると、バシェフが用意した小麦の種籾についての情報を視界の中に表示し品質に問題がないか確認する。
小麦の種籾以外にもグレナン商会で取り扱っている土壌改善に役立ちそうな商品を数点購入した土筆は、売買契約の書類に署名を行い代金を一括で支払う。
「この度は当グレナン商会をご利用頂きましてありがとうございます」
商品の受け取りはユダリルム辺境伯との謁見が終わりメゾリカに帰って来てから行うことで話をまとめ、その後も土筆は地竜の素材売却で得られた資金を元に風車小屋や水路の建設など、複数の商会を回って精力的に所有地の開発を進めるのだった。
そして瞬く間に時は流れ、ユダリルム辺境伯が手配する迎えの馬車に乗り込んだ土筆は、大規模なパーティーが開催されるエッヘンの街へ向け出発するのだった……
土筆を乗せた馬車はメゾリカの街の北門を出発し、真っ直ぐに伸びる街道をひたすら北上して行く。
「土筆殿。本日はこの街で宿が取ってあります」
メゾリカからエッヘンまでは百キロメートル以上の離れており、片道だけでも二泊三日の旅行となる。
高速移動が可能な魔獣を使えば一日で移動することも可能な距離ではあるが、馬車を引いての移動となるとそう言う訳にもいかない。
「明日の朝お迎えに参りますので、それまではご自由にしてくださって結構です」
今日土筆が宿泊する宿での手続きを終えると、ユダリルム辺境伯の遣いの者は深々と頭を下げ去って行くのだった。
「さて、どうするかな?」
まだ茜色に染まる気配すら見せない街並みを前に土筆は、行く当てもなく街の中を散策することにする。
この街にも東の森で発生したスタンビートの影響は色濃く出ていて、街の一角に用意された野営場では多くの人が避難生活を強いられているようだ。
「そういえば、珍しい物とかあるのかな?」
インターネットなど存在しないこの世界では旅先の情報を得る機会は殆どなく、情報源は専ら噂話である。
土筆は地元の小さな商店が軒を連ねる裏通りへ抜けると、店頭に並んだ商品を眺めながら興味を引きそうな店を探すのだった。
「ん? この音は……」
これと言った商品を見つけることが出来ないまま裏通りが終わろうとした時、何処からか鉄を打つ音が聞こえてくる。
土筆は力強くも透明感のある音色に心を奪われると、その音が鳴る方へ向かい歩き始めるのだった。
裏通りを抜けた先にある麦畑の更に先、この街の外れになるであろうその一軒家の煙突からは、今もモクモクと黒い煙が立ち上っている。
「あそこか……」
土筆は収穫を控え黄褐色に姿を変えた麦畑と麦畑の間に伸びる畑道を通り、鉄打ちの音がするその家に向かうのだった……
「失礼します……」
土筆が目的地に到着すると、驚くことにその家は店舗となっていて、店内には武器や防具など冒険者向けの装備品が飾りっ気なく棚に並べられているのだった。
不愛想な店の入り口の扉を開けて土筆が店内に入ると、店番をしていたドワーフ族の女性が土筆を迎え入れる。
「いらっしゃいませ、予約されてた方ですか?」
店番をしている女性の言葉を聞く限り、この店の本職は武器防具の手入れなのだろう。
「いえ、鉄を打つ音に惹かれてやって来たらお店だったのでつい……」
土筆は来店した理由を正直に話すと、余分なことを言ったのだと気付き頭に手を置く。
「まっ、それは嬉しい。当店では中古の武器防具を打ち直して販売してますから、とってもお値打ちですよ」
店番をしている女性は口に手を当て微笑むと、店の紹介をして帳場に戻っていった。
「そう言えば、ルウツ達の装備は急ごしらえで用意したものだったな……」
土筆は獣人族の男の子であるルウツ、ホッツ、ネゾンの三人に見合った武器防具があればと店内を見て回る。
店内に並べられている武器防具はどれも丁寧に打ち直しされていて、この店の奥で作業しているであろう鍛冶職人の技術の高さが窺える。
「困ったな……見てるとどれも欲しくなる」
一般の武器防具店では中々目にする事のない子供向けの武器防具も充実していて、ルウツ達以外の子供達の分も揃えられそうな勢いである。
「この店は子供向けの武器防具の品揃えが良いですね」
土筆は棚に並べれた商品に目移りしながら、帳場に戻った店番の女性に声を掛ける。
「はい、そうですね。子供向けの武器は成人したら不要になりますから」
この付近の街では思い出の品を大切に保管する風習がないようで、不要となった武器防具は買い替えの時に下取りに出してしまうらしい。
「なるほど、そう言うことなのですね」
結局、土筆は子供達全員分の武器防具を購入することに決め、後日受け取りに来ると伝え預かってもらうことにした。
「ありがとうございました」
冴えない冒険者にしか見えない土筆が子供向けとは言え八人分の武器防具を現金一括で支払ったことに驚きを隠せない店番の女性に見送られながら、土筆は来た道を戻り宿屋にて今日の疲れを癒すのだった……
翌朝、迎えに来たユダリルム辺境伯が手配した馬車に再び土筆が乗り込むと、途中立ち寄った街でもう一泊し、いよいよエッヘンの街へ到着するのである……




