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第六十二話 合宿訓練と潜む影⑥

 土筆つくしは昼食の後片付けをホズミ、エトラ、ミルルの姉御三人衆に任せ、午後に予定されているラニアス達B班の魔物討伐訓練を行うため宿泊施設を後にする。


「ツクっち、コルレットちゃんも連れてって欲しいっす」


 宿泊施設の玄関前の地面に落書きをしていたコルレットは、土筆つくしが出てきたのに気付くと落書きの手を止め立ち上がり声を掛ける。


「やあコルレット……連れて行くのは構わないが、B班が魔物を討伐するのを遠くから見てるだけだぞ?」


 コルレットが昨日のことを話す切っ掛けを探しているのかと思い、土筆つくしは切り出しやすくなるような言い回しをする。


「もう、ツクっち、駄目っすよ。女の子が連れてってと言ったら目的は一つじゃないっすかー」


 どうやら土筆つくしの思い間違いだったようで、コルレットは昨日と同じようにトンボの目の前でグルグルするように指を回しながらふざけて見せるのだった……



 コルレットの申し出を断る理由も特に見当たらず、何か裏があることは薄々と気付いている土筆つくしであったが、全て承知した上でコツレットの同行を認めると、午前と同じ流れを経てB班の魔物討伐訓練がスタートするのだった。


 土筆つくしは午前と同じ様に風妖精シフィーを召喚すると広範囲索敵をお願いし、B班から十分に距離を取って邪魔にならないよう後をついていくのだが、土筆つくしの手を握ったコルレットが必要以上に寄り添って歩くので非常に歩き難い。


「なあコルレット、一つ聞いてもいいか?」


 土筆つくしは自然を装ってコルレットの手を何とか剥がそうとするのだが、コルレットが巧みにそれを阻止して放さない。


「なんすかー、ツクっち?」


 コルレットは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべると、ぐいぐいと身を寄せてくる。


「はあ……なんでもない」


 土筆つくしはからかわれているのだと確信すると、コルレットの手を大きく振り払って両脇を締め腕を組み、コルレットがちょっかいを出せないようにするのだった……



 B班のメンバーにしてみれば、今行われている魔物討伐訓練なんて退屈極まりない作業でしかないだろう。彼らの能力を正当に評価したのならば、駆け出し冒険者向けの合宿訓練など無用の長物でしかない。


「退屈ね」


 木々の先に潜むビアラビットを攻撃魔法で仕留めたリメスは、欠伸あくびをしながら大きな声で呟く。


「おい、リメス。後ろで監視されてるんだから、不真面目だと思われる行動は慎めよ」


 大きな弓を携えたムンが、木の枝で休んでいる鳥の魔物を射抜いて苦言を呈する。


「はいはい、分かったわよ……こんなことさっさと終わらせて、早くクランの正規メンバーになりたいわ」


 ギルドとクランは似て非なるもので、ギルドは独占や寡占かせんもって利益を確保する団体であるのに対し、クランは権利保護を主張し、ギルドの独占や寡占かせんを牽制する役割を担っている。

 土筆つくしやメルは特定のクランに所属していないものの、冒険者ギルドに所属している冒険者の中には掛け持ちでクランに所属している者は多い。


「ちっ、このままクランに帰れっかよ……」


 B班のメンバーは全員”大剣たいけん大斧おおおの”と名乗るクランに所属しており、現時点で彼らが他の冒険者達より優れているのも、クランによる後ろ盾と協力があってのものであり、彼らは”大剣たいけん大斧おおおの”に随分と心酔しているようだ。


「おい、あれは何だ?」


 次の獲物を探して周囲を見渡していたドリが、大樹の奥から黒いヘラジカのような魔獣が自分達を眺めているのを発見する。


「どうしたドリ?」


 ラニアスはドリが指し示す先に黒いヘラジカのような魔獣が居ることを視認すると、狡猾こうかつな笑みを浮かべる。


「本当だ、こいつを仕留めればかなり評価されるんじゃないか?」


 ラニアスはそう呟くと唾を吐き捨て、独断で黒いヘラジカのような魔獣を目指して走り出す。


「ちょっ、ちょっとラニアスっ」


 リメスは突然走り出したラニアスに声を掛けるが時すでに遅し、ラニアスは黒いヘラジカのような魔獣を追って森の中に消えて行くのだった。


「おっ、追い掛けるぞっ」


 ムンは大弓を背負うとラニアスの後を慌てて追い、リメスとドリもそれに続くように森の奥へと消えて行く。


「ん? 消えた……」


 B班から十分な距離を取って後をついて歩いていた土筆つくしは、突然、風妖精シフィーの索敵からB班の反応が消えたことに驚く。


「なあ、コルレット……」


 土筆つくしは横を歩いていたコルレットに話を振ろうと名前を呼ぶが、いつの間にかその場からコルレットも消えているのだった……



 昨日同様、ラニアス達を自分のテリトリーへと誘い込んだ悪魔ケルフルは、昨日と同じように具現化を解いて闇の中に混ざり込んで姿をくらますと、あちらの世界から魔虫まちゅうを召喚してラニアス達を眠りの世界へと誘う。


「おいっ、ラニアス。頼むから一人で突っ走んなっ」


 持久力に優れるムンが逸早いちはやくラニアスに追いつくと、乱暴に肩を掴んで引き止める。


「やっと追いついた……何なのよもうっ」


 遅れて追いついたリメスが膝に両手を当て息を切らしながら不満を漏らすが、ラニアスは相手にしない。


「ん……何か聞こえないか?」


 巨躯きょくのドリが、周辺から乾いた何かがこすれるような音が聞こえないかと皆に尋ねる。


「確かに何か聞こえるな……どれ、ちょっと調べてくる……」


 目を閉じ、耳を澄まして指摘された音を確認したムンがそう言って近くの大樹に上ろうとした瞬間、突然意識を失いその場に倒れ込む。


「おい、ムン。大丈夫かっ」


 突然倒れたムンの元に駆け寄ったドリは声を掛けながらムンの体を揺さぶろうとするが、猛烈な眠気に襲われ、瞬く間にドリも倒れ込むのだった。


「ちょ、ちょっとー、ドリ? ムン? 悪い冗談はやめてよね……」


 その一部始終を見ていたリメスは、突然二人が倒れたことに狼狽ろうばいすると、二人の元に近寄ろうとしてラニアスに制止されるのだった。


「ちょっとラニアス、何すんの……」

「リメス、逃げろっ」


 険しい表情でロングソードを構えたラニアスが、忍び寄る無数の黒い甲虫を牽制しながらリメスに向かって叫ぶ。


「ちょっ、ちょっと、何なのよーこれっ」


 リメスは目前に迫り来るおぞましい数の黒い甲虫に絶叫し、その場にべったりと座り込んで気を失う。


「……くっ、ここまでか……」


 リメスが気を失ったことで完全に心が折れてしまったラニアスは力なくその場に崩れると、そのまま深い眠りに落ちていくのだった……


 

 これが悪魔ケルフルの常套手段じょうとうしゅだんなのだろう。

 悪魔は自身が仕える魔王から授かった瘴気しょうきの質と量により、その個性と強さが形成される。

 残念ながらケルフルと名付けられた悪魔は与えられた瘴気の質が悪く、自我を持つまでに至らなかった。

 それゆえか、悪魔と言うよりは獣に近い存在で、警戒心が強く臆病な習性を持ち、不慮の事態が発生すると躊躇ためらうことなく具現化した姿を捨てあちらの世界へ逃げ帰るのである。


 悪魔ケルフルはラニアス達が完全に沈黙するまで隠れて待つと、呼び出した魔虫まちゅう達をあちらの世界に帰還させ、誘い込んだ獲物を喰らうために黒いヘラジカのような魔獣の姿へもう一度具現化する。


 そして、この中で一番魔力の高いリメスに狙いを定めると口を大きく開け、その中から無数の触手を伸ばしてリメスをからり、丸呑みせんがため持ち上げるのだった。


「……今回は逃がさないっすよっ」


 気を失っていたはずのリメスが突然目を見開き声を上げると、全身から膨大な量の神力がほとばしり、悪魔ケルフルのテリトリーを一瞬で消滅させる。

 悪魔ケルフルは自身がたばかられたことに気付くと具現化した身を捨て、あちらの世界に逃げ帰ろうとする。


「芸がないっすね」


 リメスの姿から神力を解放した状態の姿に戻ったコルレットは、強力な神力の壁を発動させると周囲の空間をこの世界から切り離す。


「さあて、これでゆっくりお話できるっすね」


 神力の壁から発せられる虹色の炎にその身を焼かれながらも必死に逃げようともがく悪魔ケルフルを鷲掴わしづかみにしたコルレットは、特殊なスキルを発動して悪魔ケルフルの存在を呑み込んでいく。 


「この子、随分と良い記憶を持ってるじゃないっすか」


 コルレットが悪魔ケルフルを呑み込む過程で映し出される記憶には、土筆つくしがカンジュさんから聞いた謎の失踪事件も含め、ケルフルを創造した悪魔に対する情報が大量に刻まれていた。


 神力を解放した状態のコルレットは悪魔ケルフルが持つ全ての記憶を神の領域に保存すると満足そうに微笑み、用無しとばかりにあちらの世界の悪魔ケルフル諸共完全に消滅させるのだった……

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