第三十話 土筆と八人の孤児②
寸劇としては申し分のない終幕を迎え、大いに衆目を集めた牽強附会な口論騒ぎも、終わってしまえば興味索然。
平静さを取り戻しつつある冒険者ギルド中で渦中のゾッホだけは高ぶる感情を抑える事ができず、その矛先を土筆に向けるのだった。
「土筆。お前何て事をしてくれたんだ?」
魔法石の明かりに照らされた頭皮に無数の血管を浮かび上がらせたゾッホが土筆に食って掛かる。
「何をって……数ある選択肢の中で最良なのを選んで行動しただけですけど?」
土筆は意図的にはぐらかすような言葉を選んで並べ立てる。
「お前って奴は……俺はそう言う事を言ってるのではなく、勝手なことをされると組織としての体裁が保てなくなると言っているんだ」
祭服を身に纏った男の残したていった小物らしい台詞が余程悔しかったのか、頭皮が薄っすらと茹で上がってきている。
「その体裁って言うのは、子供達を犠牲にしてでも守らないといけないものなのか?」
他の職員に被害が及ばないよう、土筆は自ら堰となる。
「それは……だが、あんな横暴を許していては明日以降の受け入れにも支障がでるだろう」
痛い所を突かれたゾッホは一瞬言葉に詰まるが、それでも振り上げた矛を下げる事はしなかった。
「あのまま押し切った所で明日以降改善するとは思えないがな。それに、あの男がゾッホに叱咤されたくらいで改心するようなタマに見えるか?」
仮にゾッホが自身の強権を発動してあの男が運営する孤児院に引き取らせたとしても、引き取られた孤児院で子供達が全うな扱いを受けられるとは到底思えない。
「全てが急を要する案件ばかりで取り決めに穴ができる事は仕方ないことだが、見付かった穴を早急に塞ぐことこそが、組織の体裁を保つことに繋がるのではないのか?」
元々脳筋タイプのゾッホが土筆に論戦で敵うはずもなく、言葉を重ねる度に主張が封じられていくのだった。
「あああああっ!」
反論する言葉が見つからなくなったゾッホが大声を上げ、自身の両手で自身の両頬を一叩きすると、冒険者ギルド全体を揺るがすような轟音が響き渡る。
「……クソッ。借りだとは思わないからな」
両頬に残る平手の痕をそのままに大物らしからぬ台詞を残したゾッホは、ギルド内に居合わせた人達の視線を気にする事もなく、不機嫌さを隠そうともせずに立ち去っていくのだった。
ゾッホが去った後も何となく気まずい雰囲気が冒険者ギルド内を支配する中、女神ミシエラの名の下に土筆と八人の子供達との養子縁組が成立したことを先ほどの担当職員が報告する。
「土筆様。こちらは養子を迎え入れられる方への義務をまとめた書類になります。中には罰則が科されるものもございますので必ず内容をご確認ください」
担当職員はそう言うと土筆に数枚の羊皮紙を手渡し、深々と頭を下げて去っていった。
土筆は羊皮紙を受け取ると冒険者ギルドの二階へと続く階段の上り口横で待機している子供達の元へ戻り、置いてあった土根が詰まった収納袋を背負い声を掛けると、冒険者ギルドを後にするのだった……
冒険者ギルドを発って南西の門へ向かう途中、土筆の後を付いて歩く子供の一人が服の裾を引っ張った。
「なあ、おっさん」
土筆は歩くのが速すぎたのかと思い、立ち止まって後ろを確認する。
「どうかしたか? ちなみにお兄さんな」
土筆の服の裾を引っ張ったのは、八人の中で一番の年長者である獣人の子供であるルウツだった。
「もし俺達が重荷になるようなら、ここで別れてもいいんだぜ」
土筆はルウツが何故このような事を言い出したのか理解できず、しゃがみ込んで聞いてみる。
「ルウツ達はここでお別れをしたいのかい?」
土筆の質問にルウツは少し俯く。
「だって……土根を拾ってきて食べてるんだろ?」
土筆はその言葉を聞いて全てを察するのだった。
「あー、これね……食べるには食べる予定だけど、何て言えば良いかな……」
土筆は土根から糖分を抽出することをルウツにどう説明すれば良いのか、上手く言葉が出てこなかった。
「……うん、そうだな、ルウツが心配してくれるのは理解したし嬉しいけど、何一つ心配する必要はないからね」
ルウツは土筆が言っている言葉の真意を推し測ることができずに困惑した表情を見せる。
「好きな物を好きなだけ食べさせてあげる事はできないかも知れないけど、飢えを感じることのない食事と安心して眠る事のできる部屋、あとは……そう、ルウツ達が独り立ちするために必要となるであろう習い事の三つは提供できると約束するよ」
成り行きで引き取ってくれる事になった人族、更に誰も食べようとしない土根を大量に背負っているとくれば疑心暗鬼になるなと言う方が無理であろう。
「ミシエラ様のことは気にしなくてもいいからさ……俺達が自分の意思で出ていくなら契約を違反した事にはならないだろ?」
きっと、この言葉は今この子ができる精一杯の思いやりなのだろう。
土筆は年端も行かない子供達の想いに、この世界に来る前の自分の娘達を思い浮かべる。
「これは参ったな……そうだ、ならこうしよう。一先ず今日はお兄さんの家に泊まって、必要なら明日また話をしようじゃないか」
土筆は笑顔でルウツの頭を撫でると、八人の中で最年少であろうラーファ達の手を取って歩き始めるのだった……
南西の門を抜け、土筆の所有する敷地内に入った辺りで子供達が不安そうな表情を見せるも、土筆は気に掛ける事もせず宿舎へ向かって進んで行く。
傾きかけた日に照らされる宿舎を目指す一行は、子供達の歩幅に合わせて移動したために時間を要したものの、無事に宿舎まで辿り着くのだった。
土筆が宿舎に入ると、間髪入れずにコルレットが飛び掛かる。
「ツクっち、お帰りなさーいっす」
不意を食らって避けるのを諦めた土筆だが、何故かコルレットは抱き付く直前で固まっているのだった。
「ツ、ツクっち……隠し子連れて来たっす……ぎゃっ」
コルレットの言葉が終わるより早く、土筆の手刀がコルレットの顔面に減り込む。
「隠し子でもなければ、連れ子でもない」
コルレットは自ら加速した勢いが仇となり、その場に力なく崩れ落ちていくのだった。
余りにも奇想天外な展開に子供達は宿舎の出入り口で固まってしまっている。
「あー、ごめんね。気にせず中にどうぞ」
土筆は何事も無かったように振舞うと子供達を食堂兼休憩室へと案内し、復活したコルレットに事の経緯を説明するのだった……
「それはまた酷いっすね。コルレットちゃんもぷんぷんっすよ」
コルレットは土筆の話を聞いて憤慨すると、子供達に向かって話し掛ける。
「皆大変だったっすね。これはコルレットちゃんからのプレゼントっすよー」
コルレットはそう言うと神力を解放して子供達に癒しの力を行使すると同時に、浄化の魔法を重ね掛けして子供達の着ている衣服を洗浄する。
「更に更に、サービス、サービスっすよー」
コルレットは空間から子供向けの衣服を大量に取り出してテーブルの上に置くのだった。
子供達が驚きと喜びの表情を見せる中、なぜコルレットが子供服を大量に持っているのか突っ込みたくなる土筆であったが、理性をフル稼働させて何とか踏ん張る。
「ふっふーんっす。コルレットちゃんは良い子の味方っすよー」
子供達の表情を見たコルレットが、満足そうにポーズを決める。
「次は皆の部屋を決めるっすよー。コルレットちゃんに続くっす」
子供達に衣服が行き渡ったのを確認したコルレットは、子供達を引き連れて宿舎北棟二階にある宿泊用の部屋に向かって移動を開始するのだった……
「部屋に着いたら家具や寝具もプレゼントするっすよー」
土筆は意気揚々と去って行くコルレットを静かに見送ると、我関せずで読書にふけているポプリの近くの椅子に腰掛ける。
「読書中なのに悪かったな……」
「ええ、騒がしいのには慣れたわ」
土筆は足を組み目を閉じると、椅子の背もたれに背中を預け楽な姿勢をとる。
もしこの宿舎に古ぼけた壁掛け時計があったなら、きっと秒針が時を刻む音に心酔している事だろう。
残念ながらこの世界には機械仕掛けの時計は存在しないし、土筆が製作しようとしても当分先の話である。
暫くの間、静かに流れる時を満喫した土筆はおもむろに立ち上がると、昼間採取した土根を移植するために中庭へと移動する。
タッツの能力である見識スキルから得られた情報と自生していた環境を考えれば、日当たりが良ければ土壌はさほど気にする必要はなさそうだ。
将来的には根茎に含まれる糖度を上げて行きたいところであるが、先ずは種の採取が優先である。
土筆は土根の栽培場所として中庭北側に位置する一角を選ぶと、地妖精ドニを召喚し指定した区域の土壌を柔らかくして欲しいとお願いをする。
その後、物置に置いてある農作業道具を持ち出して耕すと同時に畝を作ると、採取してきた土根を一本一本丁寧に植えていくのだった……




