第二十五話 カリアナと薬草採取⑤
降り続いた雨は夜半過ぎには上がり、朝になると今の季節に相応しい晴れ晴れとした青空を拝む事ができるのだった。
昨日で五日間の指名依頼を終えたメルは土筆に邪魔されることなく安眠を貪り、ゾッホがバーグベアを仕留めた事により東の森での魔物騒動も一先ず終息に向かっていく。
そして、土筆が請け負った指名依頼”薬草の採取”の残り二日間も予定通りに終える事ができたのである。
六日目の帰還報告を終えた土筆とカリアナは、いつものテーブルで打ち上げを兼ねた食事会を行っていた。
何時もならアルコールを浴びるように飲むカリアナが女性従業員に蜂蜜酒を注文しなかった事が気になった土筆であったが、その理由は食事を終えた後、ミアに呼び出されて応接室に移動した事で明らかになる。
「土筆さん、指名依頼の達成お疲れさまでした」
ミアは土筆とカリアナをソファーまで案内して腰掛けるように勧めると、テーブルの上に紅茶とお茶請けを置く。
「ありがとうございます」
土筆は二つの意味でお礼を述べると、早速紅茶に口を付けるのだった。
「こちらは今回の依頼達成書と報酬の一覧になります」
土筆は差し出された書類の内容を確認し署名すると、手持ちとして必要になる分を受け取り、残りの報酬は土筆名義のギルド口座に預けるようにお願いする。
「ありがとうございます。これで指名依頼”薬草の採取”は終了です」
ミアは書類をまとめて横に置くと、新しい書類をテーブルの上に置くのだった。
「土筆さん、依頼が終わった直後で申し訳ないのですが、新しい指名依頼をお願いしたいと考えています」
さすがの土筆も立て続けに指名依頼が入るとは思っていなかったようで、予想外の展開に一瞬動揺した素振りを見せる。
「指名依頼ですか?」
ミアとカリアナは事前に打ち合わせでもしていたのか、土筆の反応に熱視線を送ると満足そうに顔を見合わせ微笑み合うのだった。
「はい。こちらが依頼書になります」
ミアが土筆に手渡した羊皮紙には”薬草採取の護衛任務と荷運び”と書かれていた。
内容は錬金術師カリアナ以下六名の護衛となっていて、薬草の採取場所は東の森の街道から少し北に入った地域となっている。
更に、荷運びの担い手として必要な人員の目安が記されているのだった。
「土筆さんの事ですから既にお気づきだと思いますが……」
ミアは東の森に現れた大型魔獣の件で一部の薬草の採取が目標量まで達しなかった事を土筆に説明する。
「……話は分かりました。でも、なぜ俺なんですか?」
森の奥深くに自生する薬草の採取であれば、効率よく移動できる土筆の知識が役に立つことは理解できるが、街道近くの森で採取を行うのならば、土筆よりも適任であろう冒険者は幾らでも在籍しているはずだ。
「はい、それは土筆さんがゴトッフを従魔として使役されているからです」
ミアの説明を聞くと、この指名依頼”薬草採取の護衛任務”では大量の薬草を採取する計画になっていて、森の中まで入っていける荷物持ちが必要になるようだ。
荷車を使う案や冒険者ギルドに所属する大所帯パーティーへの依頼など様々な案を比較した結果、コスト的に土筆が一番適任であるという結論に至ったようである。
「荷鞍と収納袋は錬金術を施した専用の物をこちらで用意しますので、土筆さんには荷物持ちを担当して下さるゴトッフ二頭を用意して頂ければと思っています」
カリアナはテーブル上に置かれている荷鞍についての詳細が記載された羊皮紙を指差しながら施す錬金術の説明を始める。
「……依頼内容は理解しました。請け負うかどうかの判断をする前に、従魔と話をしたいので少々時間を頂いてもいいですか?」
ミアとカリアナの承諾を得た土筆は、念話を行う為に一度冒険者ギルドの外に出て、風妖精シフィーの力を借りモーリスとの念話回線を繋ぐ。
「モーリス、聞こえるかい?」
呪いによる制限を受けている土筆の魔力では、魔力回路が繋がっている相手との念話ですらも様々な影響を受けてしまう。
「……主よ、どうしたのだ?」
呪いの影響を軽減する為に風妖精シフィーの力を借りているものの、やはり所々にノイズが入る。
「今、仕事の話をしているんだけど……今度の仕事に荷物持ちとして、モーリスともう一頭のゴトッフの力を借りたいのだけど協力してくれるかい?」
土筆は念話の状態が悪いのを考慮して、ゆっくり、はっきりを意識しながら念話する。
「なんだ、そんな事か……主よ、我らが断る理由などないのではないか?」
当然、土筆もモーリスが断る事など想定していないのだが、親しき仲にも礼儀ありだ。
「分かった、ありがとう。詳しくは帰ってから話すね」
土筆はモーリスとの念話を断つと、力を貸してくれた風妖精シフィーにお礼を伝え、応接室に戻って行くのだった……
土筆が応接室の前まで立ち止まると、中からミアとカリアナが談笑している声が聞こえてくる。
聞き耳を立てて会話の内容を盗み聴きするような無粋な真似はしないのだが、ノックをして会話に水を差すのもはばかられる。
土筆がどう対応したものかと悩んでいると、先日、魔力切れを起こした土筆を看護した冒険者ギルド医療職員である兎人族のキュキュルが奥から歩いて来るのだった。
「あっ、土筆さんだ……」
キュキュルの脳裏にどのような情景が思い浮かんでいるのか想像に難くないが、ぶり返しても仕方ない。
「キュキュルさん、こんにちは。その節はお世話になりました」
土筆の言葉を聞いたキュキュルの顔が、ウサギ耳まで赤面していくのが分かる。
土筆は軽い気持ちで前世の社交辞令を口走って墓穴を掘った事に気付いたのだが、もう取り返しのつかない事態に発展しているのはキュキュルの姿を見れば一目瞭然である。
「……」
土筆とキュキュル双方がどう対応していいのか分からずに固まっていると、外の騒ぎに気付いたのか、ミアが応接室の扉を開けるのだった。
「あら、土筆さんとキュキュルちゃん」
ミアの声で時の流れを取り戻したキュキュルは消え入るような声でミアに挨拶をすると、全速力で走り去るのだった……
「キュキュルちゃん、どうしたのでしょう?」
ミアは去って行くキュキュルの後姿を見ながら不思議そうに呟く。
「突然扉が開いたからビックリしたんじゃないかな?」
土筆はそうはぐらかすと指名依頼”薬草採取の護衛任務”を請け負うことを伝えるために応接室の中に入っていくのだった……




