白狼のレムス
「う……そうか……私は負けたのか。しかも手加減までされて……」
先ほどまでとは違い、その瞳から燃えたぎるような闘志の炎は消えていた。諦めとも悲しみとも違う、それでもギラギラとした強烈な意志をもって黄金色の視線が俺を射貫く。
「イソネ……と言ったね? 認めるよ。完敗だ、言い訳の余地も有りはしない」
差し出された手をがっしりと握る。どうやら認めてくれたようだ。なんて爽やかな人なんだ。さすが完璧超人。もしかしてその辺りがティターニアさんの敬遠する理由なのだろうか?
でも、超絶イケメンで強くて爽やか。ギルドマスターだし、モテるはずなのに一途。本当にもったいない人だな……ティターニアさんに出逢わなければ。
「ふはは! どうだレムス、イソネは強いだろう? そしてお前も訓練していたのだな。以前より動きにキレがあった。たいしたものだよ」
しかも現役を退いてギルドマスターという激務をこなしながら向上心を忘れない。本当にすごい人だ。段々と罪悪感が湧いてくるよ……。
「ああ……驚いたよティターニア。そして納得した。残念だけど、非常に、とても、ものすごく残念だけど、認めるしかなさそうだ」
うん、ものすごく悔しいのが伝わってくる。だって、俺とは比べ物にならないぐらい長い間、振り向いてもらおうと頑張ってきたんだ。レムスさんの分までティターニアさんを幸せにしないとね。
「こんなこと言っても嫌みにしか聞こえないかもしれませんが、レムスさんは本当に強かったです」
少なくとも四聖槍と同等クラスの力は有ると思う。さすがはギルドマスターだよね。
「いや、そう言ってもらえて嬉しいよ。今思い出した。君が今話題の英雄イソネだね。クラーケンを倒し、海賊団を壊滅させた規格外の男。道理で強い訳だ」
頭を掻きながらすっくと立ち上がり、全身に異常がないか確認している。いやいや、いくら加減したとはいえ、とんでもない回復力だ。何かのスキル持ちかな?
「ははは、知ってたら戦わなくても済みましたかね?」
「いいや、どのみち戦っていたよ。ただし、その場合は最初から切り札を使ったと思う。出し惜しみ無しの全力でね」
「切り札……もしかしてレムスさんは獣化出来るのですか?」
ウルナさんによれば、獣化すると、単純に身体能力が倍増するらしい。武器は使えなくなるけど、鋭い牙と爪がある。まさしく切り札だって言っていた。
「ほう……その年で獣化を知っているとは。よほどの狼獣人が知り合いにいるのかな? その通り、私の切り札はまさしく獣化だ。もっとも使ったとしても結果は変わらなかっただろうけどね」
「うむ、お前のその冷静さと物事を見極める眼力は評価しているぞ。さあ、そんなことより約束通り言うことを聞いてもらおうか?」
ティターニアさん……昔の仲間なんだし、負けて傷心中のレムスさんにもう少し言い方ないの?
「ふふっ、わかっているさ、何が望みだい?」
レムスさんは、気にした風もなく、嬉しそうに問い返す。
へえ……そうか、こんな時だから、ティターニアさんも普段通りの対応をしているんだね。それはそれでどうかと思わなくもないけれど。
「イソネの冒険者カードを作るのを手伝ってほしい」
「ほう……カードを作るだけなら受付嬢だって出来るだろ? 狙いはなんだい?」
「ふふっ、さすがだなレムス。実はS級を作ろうと思ってな」
ちょっと待って、そんなの聞いてないんですけど……D級ぐらいで構いませんよ?
「む……なるほどS級ね。実力的には問題ないと思うけれど、最低ギルドマスター三人からの推薦が必要だ。あと一人当てはあるのかい?」
「ああ……いるだろう? 丁度王都へ行く途中にな」
「……もしかしてあいつに頼むつもりなのか? とてもOKするとは思えないが……」
「大丈夫、イソネならやってくれるさ」
「なるほど、たしかにティターニアがこれだけベタ惚れするんだ。可能性はある……のか?」
******
「じゃあ出発は明日、久し振りの旅だ、楽しみにしている。タイタキック号で待っているからな」
ティターニアが手を振り去ってゆく。まるで英雄に寄り添うように。
ずっと彼女の隣に立っていたかった。彼女は俺の憧れのひとだったから。もう叶うことはないけれど、その相手が彼で良かったよ。私たち獣人は匂いでどんな人間なのか大体わかるからね。
「リナリー、予定通り明日からしばらく王都へ行く。留守中は頼んだよ」
リナリーは優秀なサブギルドマスターだ。安心して留守を任せることが出来る。
「レムス……見事に振られちゃったね」
「……聞いてたのか? ああ、もう完膚なきまで振られた。カッコ悪いよな……」
「そうね、めちゃくちゃカッコ悪くて惨めだったわね」
「う……そこまではっきり言われるとさすがに傷つくな……」
「はぁ……しょうがないから今夜は付き合ってあげる。もちろんレムスのおごりだからね?」
「わかったわかった、なんでも好きなだけご馳走するから、付き合ってくれ」
もちろん彼女の気持ちには気付いていた。それでも応えるつもりはなかったし、彼女もそれをわかっていながら、黙って側にいてくれたんだ。
ティターニアに振られたからって、今度はリナリーに泣きつくのか……。本当にカッコ悪い男だな私は。まあカッコ悪いのは今更だ……心の隙間に君がいたことに今更ながら気付いたんだから。




