歌姫アリア
「お目覚めですか? もう大丈夫ですよ。ここはセレブリッチ商会の特別船の船内です。アリアさま、貴女は海賊の手から救い出されたのです」
目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。
私はたしか、海賊に囚われて……そうか、飲み物に薬でも入れられていたのね……。
船上とは思えないほどの広いホールのような場所に、私は寝かされていたようだ。周りを見渡せば、他にも大勢寝かされていて、何人かはすでに目覚めて食事をとったりしている。
船員さんの言葉を信じるならば、私は助かったということになる。セレブリッチ商会……もちろん知っている。私の故国有数の大手商会。私の有力なスポンサーの一つでもあったのだから当然だ。船員さんが私の名前を知っていたのもそのためだろう。
何があってこうなっているかは全くわからないが、今はこの幸運に感謝しよう。
ぐ~っ
そう思ったら、急にお腹が空いてきた。恥ずかしいけれど仕方がない。周りに人がいなくて良かったわ。
「お食事をお持ちしましょうか?」
「お願いします!!」
ちょっと食い気味に返事をすると、船員さんは、かしこまりましたと微笑んで、すぐに豪華な食事が運ばれてくる。そういえば特別船って言ってたっけ。乗組員も食事もレベルが違うのね。
「他に御用があればいつでもお呼び下さいね」
船員さんから救出された経緯を聞いたけれど、とても信じられない内容だった。申し訳ないけれど、おとぎ話みたいで現実味がない。
この船には国を何度も救った英雄一行が乗っていて、たまたま遭遇した海賊団をあっという間に制圧、しかも敵味方死者ゼロですって? もし本当なら、間違いなく本物の英雄さまだわ。叶うならお会いしたいけれど……。
******
「こちらになります、イソネさま、アスカお嬢さま」
ホールの入口から若い男女が案内されて入ってくる。どうやらお偉いさまのようで、船員たちが一斉に頭を下げている。あ……女性の方は見覚えがある。たしかセレブリッチ商会の御令嬢だったはず。
彼らは、入口から近い順にひとりひとりに声を掛けて、何か話している。物腰も柔らかくて笑顔も優しい。声を掛けられた人々も、皆安心したように笑顔に変わってゆく。
「お久しぶりねアリア。私のこと憶えているかしら?」
ああ、間違いない、すっかり大人びているけれど、アスカお嬢さまだ。私がデビューしたての頃、当時王都に留学中のお嬢様とは何度か面識がある。ショーにも来ていただいて応援していただいた恩人だ。
セレブリッチ商会が私のメインスポンサーなのも、本当のところはわからないけれど、お嬢さまの働きかけがあったと噂では聞いている。
そのアスカお嬢さまが乗る船に助けられるなんて、物語でもそうそうない。出来過ぎなお話だと自分でも思ってしまう。
「もちろんです、アスカお嬢さま。歌姫としての援助はもちろん、今回は命まで助けられて……何とお礼を言えば良いのか、どうやって受けたご恩をお返しすればいいのか……」
「良いのよ、そんなに深刻に受け止めないで。おかげでこちらも十二分に潤ったのだし」
よくはわからないが、あのアスカお嬢さまが感情で動かないことは知っている。ならば、何かしらのメリットがあっての行動なのだろう。もちろん受けたご恩に対する感謝の気持ちは変わらないけれど。
「それにしても、まさか貴女が捕まっているなんて、本当にびっくりしたのですわ。てっきり手配した特別船に乗って戻ってくると思っていましたから」
「え……?」
アスカお嬢さまの話によると、実はセレブリッチ商会から、私のために特別船が手配されていたらしい。ああ……早まるんじゃなかった。私のバカ。
「まあ、実のところ私たちは特になにもしていないのですわ。御礼というなら、イソネさまへなさい」
イソネ……さま? 先ほどから、アスカお嬢さまの隣に立っているハンサムな青年に目を奪われる。白に近い灰色の髪と同じ色の瞳。もしかして……この方が?
「はじめまして、アリアさん。俺はイソネ、貴女を助けられて良かったですよ」
「イソネさまは、本物の英雄さまなのですわ。オークの大群を殲滅し、あのクラーケンを倒し、今度は海賊団まで……はあ……素敵です」
信じられない……あのアスカお嬢さまがこんな乙女な表情をするなんて。
「あれ? アスカさんオークの件、ご存じだったんですか?」
「へ? あ、ま、まあ、セレブリッチ商会の情報網にかかればそのくらい……」
どうやら本物の英雄さまらしい。どうしよう……心臓がバクバクして言葉が出ない。
「あ、あああの、アリアと申します。このたびは本当にありがとうございました!!」
「いえいえ、礼には及びませんよ。それよりアリアさんは歌を歌われるんですよね?」
「え? は、はい、少々……」
「ちょっと、アリア、何が少々なんですの? イソネ、このアリアは、コーナン王国最高の歌姫なのですわ!!」
まるで自分のことのように誇らしげなアスカお嬢さまの言葉に嬉しくなる。
「へえ……それはすごいですね! 良かったら、今度聞かせて欲しい……なんて?」
「っ!? もちろんです!! そんなことでよろしければ、いくらでも歌います。今から歌いましょうか?」
今の私には歌しかない。せめて感謝をこめて最高の歌を……。
「ありがとうございます。でも、駄目ですよ。今は回復に努めてください。船旅はまだまだ続くんですからね? 今度聞かせてもらうのを楽しみにしてます!」
そう言って去ってゆく英雄イソネさま。
何だろう……この胸の高鳴りは……。
「もっと……お話したかったな……」
船旅は始まったばかり。王都までは一緒に旅が出来るんだと胸躍らせるアリアであった。




