両の手に残る温もり
頼みの綱だった兄弟があっという間にやられてしまうと、残った海賊たちには、もはや戦意は無い。半数以上は何もされていないのに気を失ってしまう始末。
「まったく、イソネ殿は相変わらず規格外だな」
「たしかに、イソネといると退屈しないで済む」
マイナとティターニアは、暴れまわるイソネを見上げながら、黙々と海賊どもを縛り上げてゆく。
「ふん……口ほどにもないやつら。マイナ、海賊船は焼き払ってもいいの?」
ミザリーが物騒なことを言い出す。
彼女は賊によって住んでいた村を滅ぼされ、母と生き別れになっている。賊という存在を何よりも憎んでいるのだ。山賊、盗賊、海賊、いずれも滅ぼすべきゴミ以下としか見ていない。
一応許可を取る理性はかろうじて残ってはいるものの、すでに両の手には灼熱の火球が業と渦巻いている。周囲はそのとてつもない熱量で陽炎が立ちのぼり、一度放たれれば、海賊船など木の葉の如く燃やし尽すことだろう。
「待て、海賊船に囚われた人がいる可能性がある。気持ちはわかるが、もう少しだけその魔力はとっておいてくれ」
「…………わかった。マイナがそういうなら……」
囚われた人という言葉に反応して、魔法をキャンセルするミザリー。
状況としては、すでに乗り込んできた海賊は捕縛完了しており、今度はこちらから海賊船に乗り込むタイミングを待つばかり。
戦闘を終えた路傍の花メンバーは、次なる指示をあおぐため、イソネの元へと向かうのであった。
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「おーい、イソネ、まだ乗り込んだら駄目なのかよ?」
レオナが待ちきれないとばかりに急かす。
『……ちょっとだけ待ってください。今、フナ虫たちに内偵させていますから』
実は、海賊の接近をいち早く察知していたイソネは、先手を打って、各船内にフナ虫たちを秘かに送り込んでいたのだ。フナ虫は、戦闘力はほとんど皆無なのだが、仲間内での感覚共有スキルを持っている。
潜入したフナ虫から続々と送られてくる情報のおかげで、敵の戦力や船内の状況など、ほとんど丸裸になりつつあるのだ。
『……やはり、囚われている人が結構いるな……』
イソネたちは、入手した情報をもとに作戦を立ててゆく。とにかく人質の救出が最優先。手分けして一気に攻め落とす。人質が乗っていない船は、後回しにする。
幸い囚われた人々は、ボスがいる船と、もう一つの運搬用の船にまとめられている。残りの船はミザリーさんに沈めてもらっても構わないんだけど、そんなことをしたら最後、絶対にリズに怒られる。
それに沈んだ品物、全部海中から拾って来いとか間違いなく言われるに違いない……。
『海賊団のボスは俺が叩く。後は任せたよ』
「「「「了解!!」」」」
ティターニアさんの風魔法を纏ったレオナさんたち路傍の花パーティとライトニングが音もなく人質のいる海賊船へと乗り込んでゆく。
たいして強い敵もいないし、念のため大量のフナ虫たちをサポートに回したので、万が一にも失敗することはないだろう。
よし、こっちも早いとこけりをつけなくちゃ……。
「イソネさま、それならば、私が同行いたしましょう」
いつの間にかウルナさんが俺の右触手の上に立っていた。うおっ!? いつの間に?
『じゃ、じゃあお願いしますね』
彼女は隠密に特化した専門家だし、俺が戦っている間に、囚われている人を助けてもらえれば効率が良いし、より確実だ。すでに敵もいないので、もうウルナさんがいなくても大丈夫そうだしね。
ボスが乗っている船は少し離れたところに停泊している。ふむ、クラーケンでは目立ちすぎるかな。
『チェンジ、ツヴァイ!!』
吸血鬼ツヴァイに変身して、翼を広げる。
「ウルナさん、しっかりと掴まっていてくださいね?」
「はい……では、遠慮なく」
ウルナさんの甘い香りと柔らかい感触に一瞬我を忘れる。彼女のしなやかで豊満なボディは、破壊力抜群なのだ。しかもモフモフ。さりげなく尻尾を巻き付けてくるところとか、本当にあざとい。
あ、あの……そんなに密着しなくても大丈夫ですよ?
そう目で訴えると、ウルナさんはなるほどと頷いてさらにギュッと密着してくる。いやいや、え? 何これ? 違いますよ、逆ですよ逆!!
そんなことを言い出せるはずもなく、船の影からそのまま飛び立つと、海面すれすれを飛んで大回りで背後から海賊船に接近する。
「じゃあ、この後、大暴れしますので、戦闘が始まったら人質の救出よろしくお願いしますね」
「ふふっ、お任せください」
船に潜入するウルナさんを見送ると、両手にわずかに残る彼女の香りと温もりに気付いて複雑な気持ちに戸惑う。
べ、別に、名残惜しいなんて思ってないんだからね!!
******
「どうした? まだ制圧出来ていないのか?」
いい加減制圧完了の合図が届いてもおかしくない頃合いだが、と参謀のカワーズにたずねるイノナカーノ。
「ふむ、やはり特別船だけあって、思ったよりも手強いのかもしれませんね……ちょっと様子を見てきましょう」
カワーズが外に出ようと歩きはじめたそのとき、部下が真っ青な顔で駆け込んでくる。
「た、たたた大変です!! で、ででで出ました、く、クラーケンです!!」
「な、何だと!?」
さすがのイノナカーノも顔色を変える。
世界の海をまたにかける海賊といえども、実際にクラーケンと出くわすことなどまずない。伝説の存在ともいわれるゆえんであるが、出くわせば一巻の終わり。それゆえ海で活動するものたちは、クラーケンの情報を常に共有しているのだ。
「何かの間違いではないのか? この辺りにはクラーケンはいないはずだ」
ポルトハーフェンのクラーケンはすでに倒されたと聞いている。それゆえ、安全かつ荷をたくさん積んだ美味しい獲物があふれているこの海域へやってきたのだから。
「ボス……とにかく直接確かめてみましょう」
ともかくここで議論していても何も始まらない。
イノナカーノとカワーズは、慌てて甲板へと向かうのであった。




