優雅なる船旅の始まりとさっそくハプニング発生?
いよいよイソネたちが乗船した客船タイタキック号がポルトハーフェンの港を出航する。
ポルトハーフェンを出た船は、そのままカルヴォナ海沿岸を北上し、経由地で補給と新たな荷を積み込みながら王都への陸路玄関口、ポルトノルフェンを目指す。順調であれば、1週間ほどの旅程となる。
「うわあ…すごい!本当に水に浮いてる~」
「ねえねえイソネ、港がもうあんなに小さくなって行くわよ!!」
「……ちょっとだけ、怖いかも」
船旅が初めての、クルミ、リズ、カスミの三人の反応はそれぞれだ。カスミは若干怯えているけど、皆目を輝かせながら、思い思いに楽しんでいるようだ。
かくいう俺も、この世界での船旅は、前世とはまた違う趣があって、自然と高揚感が湧いてくる。
少し残念なのは、世界中の海を巡っていたクラーケンの記憶があるため、あまり海自体には新鮮さを感じられないということ。船旅が楽しいのは間違いないんだけどね。ははは。
船には、レストランやカフェ、プールまで備わっていて驚かされたけど、エンジンなんてものはないので、速度はさほどではない。基本的には陸を見ながら日中の間だけ進み、日が高いうちに次の補給地点で停泊するのだ。
船にも宿泊できる設備はあるものの、寝泊まりするのは補給地点の町となる。
山脈に阻まれ、陸路を使った交易が困難なそれらの町にとって、船の寄港は、物資面からも経済面からも死活的に重要なのだ。
クラーケンによって、定期船が停まっている間、さぞや不安だっただろうと思うよ。
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「ライトニング様、何かご不便などございませんでしょうか?」
「……これはアスカ嬢。うむ、何も問題ない。相変わらずの立派な船だな」
ライトニングは、幼少より、何度かこの船で王都まで行っているため、隅々までこの船のことは知り尽くしている。勝手知ったる我が家といったところだ。
「ありがとうございます。それを聞いて安心いたしました」
一方のアスカにとっては、賓客を乗せての旅は初めて。ましてや、乗せているのは、かの英雄一行と、領主の令嬢だ。万一のことがあってはならないと緊張で表情も硬い。
「……のう、アスカ嬢、大方、アレクセイ殿にイソネを婚姻相手にとでも言われてきたのだろう?」
面白そうに口角を上げるライトニング。
「ふえっ!? な、ななななんのことだか皆目見当もつきませんわ!!」
とっさに言い繕ってはみたものの、動揺はまったく隠せず、自ら答え合わせをしてしまったと落ち込むアスカ。
「ふふふ、隠さずとも良い。まあアレクセイ殿から見れば、そう考えるのも無理はないだろう」
「……はい、実は、この旅の間に見極めろと言われおります」
「そうか……それで? イソネの印象はどうだ?」
「あ、あの……まだよくわからないのですが、優しそうで、素敵な方だなというのは何となく……」
まだ会ってから数時間程度しか経っておらず、言葉を交わしたのも数回程度。正直どうだと言われても答えようがないのだが、悪い印象でないことは、ライトニングにも十分すぎるほど伝わる。
「くふふ、そうか。まあ時間はたっぷりあるんだ。焦ることもないだろうさ」
「あ、あのっ!! ライトニング様は、気になさらないのですか? 他にも婚約者が何人もいて、今度はその……私まで」
ライトニングは、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、大声で笑い出す。
「ははは!! なあに、イソネはそれだけの価値がある男だということだ。欲しければ自ら求めれば良い。アスカも遠慮はいらないぞ。隙があれば襲うぐらいでないとな!! ハハハハ!!」
「う……聞いた私が間違っておりました。善処しますわ」
ライトニングを含め、イソネの周りではタイプの違う美女が常に脇を固めている。たしかに時間はあるが、チャンスはそう多くないのかもしれない。
見極めるはずの旅であったが、もはやいかにチャンスをものにするか、に目的が変わりつつあるアスカであった。
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――――操舵室――――
「船長!! 大変です。季節外れの東風、しかもかなり強い、このままだと大幅に航路から外れてしまいます……」
「むう……それは面倒だな。なんとか踏ん張るぞ。なるべく航路を死守するんだ!!」
「「「はいっ!!」」」
帆をたたみ、船体の方向を変えつつ、風を受け流す。主な動力は奴隷たちによるオール、ようするに手漕ぎだ。必死に抵抗するも、ジリジリと航路から遠ざかってゆく。
「船長!! どうなっているの? ずいぶん航路から離れているわよ!」
アスカが顔色を変えて飛び込んでくる。
「お嬢様……、予期せぬ強風でどうにもならんのです。出来ることはやっていますが……このままだと、今夜はフナテン泊になりそうです……」
「げっ!? あの無人島で泊まるの? それだけは嫌……あそこは虫が……」
航路を外れた時のために、緊急避難用の無人島フナテンという寄港地があるのだが、アスカにはトラウマと言っても良い嫌な思い出がある。
そう、フナテン群島は、その名の通り、フナ虫という魔物の巣窟なのだ。
命の危険はないものの、フナ虫は、人間の角質を食べる魔物。どこからでも侵入し、全身をじょりじょり舐め尽すのだ。そのくすぐったさとおぞましさは体験したものでないとわからない。夜間に海を漂うよりはマシであるが、一晩中眠れないのはもはや確定事項。唯一の救いは、お肌がつるつるになるぐらい。
「おい、アスカ嬢、状況は? このままだとフナテン行きになってしまう……」
どうやらライトニングにも同じトラウマがあるらしい。血相を変えて怒鳴り込んでくる。
「……もう駄目……打つ手なしだわ……神さまどうか助けてください……」
魂の抜けた様子で涙を流すアスカ。もうすでに戦意喪失している。無理もない話だが。
「くっ、まだだ、諦めるんじゃない……そうだ!! 我らには英雄がいるじゃないか!!」
「……英雄……さま?」
ライトニングの言葉にわずかながら生気を取り戻すアスカ。
「ふふふ、大丈夫だ。きっとイソネが何とかしてくれる」
根拠などないが、イソネならやってくれるかもしれない。そんな気がする。
ライトニングとアスカは最後の希望を胸にイソネの元へと急ぐのであった。




