家族になった日
「それはそうと、まさかクルミがトラキア王国の王女さまだったとはな。ただ者ではないと思っていたが、予想以上にただ者ではなかった」
カラカラと笑うティターニアさん。確かにびっくりだよね。
「それだけではありませんよ。クルミは獣人王国アルゴノートの王妹の娘です。言ってみれば、この大陸中の獣人たちにとっての天上人の一人といっても過言ではありません」
ウルナさんが自慢げに補足する。黒い尻尾がぶんぶん振られているので、きっとご機嫌なんだろうね。
「うえっ!? アルゴノートって言えば、西の大国だよな? うはあ……神様、クルミ様だなこりゃ……」
獣人であるレオナさんやベアトリスさんにとっては、ことのほか衝撃が大きいみたいだ。アルゴノートは、この大陸で唯一の獣人国家らしいので、当然と言えば当然か……。
「ああ、アルゴノートと言えば、カケルくんのところでクロエ王女とお会いしましたよ。クルミによく似ていてビックリしましたけど」
「ふえっ!? ウルナ! 私もクロエお姉さまに会いたいの……」
「ふふっ、大丈夫、もうすぐ会えますよクルミ」
そういえば、クルミにとっては、お姉さんみたいなものだしね。早く会わせてあげたい。それにしても綺麗だったな、クロエさん……なんていうか凛々しさの中にも可愛げがあって……
「痛い! 痛いっ!! な、何するんだよリズ?」
「……今、ここにいない女に浮気したイソネが悪いのよ?」
くっ……鋭い。浮気したつもりはないけど、仕方ないんだ。女神を崇拝する気持ちに近いかな?
「痛い! 痛いっ!! な、何するんだよリズ?」
「……ちゃんと私も見てね?」
真っ直ぐに俺を見つめるリズ。そうだよな……俺は一体何を浮かれているんだ。
「……ごめんなさい。愛してるよリズ」
リズと変わらない背丈になった身体で、そっと彼女を抱きしめる。
「むふふ~。なんかイケない世界に目覚めそうだわ……これはこれでアリかも……」
まずい……リズが倒錯の世界に……一体どうすれば?
「でもトラキアって言えば、ミザリーの出身国よね? クルミのこと知らなかったの?」
「……私は幼いころ国を追われたから……」
「ご、ごめんなさいミザリー……そんなつもりじゃなかったのよ」
慌てて謝罪するミラさん。そうだよ……ミザリーさんのお母さんは行方不明だったじゃないか。なんで思い出さなかったんだ……。今度カケルくんに会ったら、相談してみよう。手がかりがあるかもしれないし。
「ところで、クルミは国へ帰るのですか?」
「うん、お母さんやお父さんに会いたいの」
マイナさんが優しくたずねると、クルミは嬉しそうにそう答える。
そうだよな……トラキアに行けばクルミの家族が待っているんだ。淋しいけれど、ちゃんと連れて行ってやらないと。まあ、実際に連れてゆくのはカケルくんだけどさ。
「ん? どうしたのイソネ。イソネも一緒に行くんだよ?」
「え? あ、ああ、もちろんちゃんと送らせてもらうよ。安心して!」
クルミを心配させてどうする。ちゃんと笑顔で送り出さないと。
「イソネさん……何か勘違いされているようですが、貴方はクルミの婿としてトラキア王国の貴族になるのですよ?」
「…………へ?」
ウルナさんの言っている意味がわからない。いや、わかるけど、そんなことがあり得るのか?
「……イソネはクルミのこと嫌い?」
「そ、そんなわけないだろ。大好きだよ!」
「良かった……じゃあ、クルミをお嫁さんにしてください」
クルミが真っ赤な顔でそんな可愛いことをいう。
リズを見れば微笑みながら大きく頷いている。他のみんなも同じ。
「俺なんかで良ければ喜んで。絶対に幸せにするからね」
「イソネ~!!」
飛び込んでくるクルミを受け止め抱きしめる。俺なんかには本当にもったいない子だと思う。でも、俺を好きだといってくれるなら、全力で守らなきゃ。きっと幸せにするんだ。いいや……みんなで幸せになるんだ。
「ほほう、王族の婿ともなれば、伯爵以上は確実だな。さすがはイソネ。大出世じゃないか!!」
げっ!? そうなの? ティターニアさん。なんだか現実感がないけど。
「ねえねえ、ウルナさん、ところでトラキアってお金あるの?」
リズさんっ!? いくらなんでも直球すぎやしませんか!?
「ふふっ、そうですね。このあたりの国では一番潤っているんじゃないでしょうか」
嫌な顔一つせず、冷静に答えるウルナさん。
「!? よくやったわイソネ。これで更にザックザクよ?」
うんうん、リズの笑顔が眩しい。瞳の輝きはまるで金貨のようだね。ははは……。
「となると、とうとうイソネも領地持ちの貴族様だな。仕方ねえ。俺もついて行くぜ」
「うむ、そろそろちゃんとした拠点が欲しかったところだ。世話になるぞイソネ」
レオナさんとベアトリスさんは決定事項でついてくるらしい。
「あら、じゃあ私も神殿を寿退職ね」
ミラさん……この世界でも寿退職っていうんですね。知らなかったな~。
「……私はもうとっくに精神的なお嫁さんですから……」
ミザリーさん!? 精神的なお嫁さんってなんです?
「なっ!? ず、ずるいぞみんな。い、イソネ殿……もし良かったら……」
「はい、一緒に暮らしましょう、マイナさん」
「イソネ殿おおおお~!!」
感極まって抱き着いてくるマイナさん。
「し、仕方ないわね……偉くなったら忙しくなるんだろうし、て、手伝ってあげてもいいんだからね!」
「……ありがとう、カスミ。ずっとそばにいてくれ」
「な、なななな何いってんの!? て、手伝うって言っただけだから、勘違いしないで!」
あれ……? 真っ先に絡んできそうなティターニアさんが静かだ。
ちらりと彼女を見ると、悪戯っぽく口角を上げる。
「なんだ、イソネ。一緒に来てほしいのか? 黙ってたらわからないだろう?」
はっ!? そうだよ、こんな大事なことを、相手から言わせようだなんて、俺は相変わらずだよね……。
「ティターニアさん。貴女にはギルドマスターという立場があります。でも……俺は一緒に来てほしい。一緒に生きて欲しいんです」
彼女だけは、れっきとした立場の人間だ。軽い気持ちで言っていいはずがない。
「……ふふっ、やっと言ってくれたな、イソネ。私はとっくの昔にその覚悟でいたんだがな」
「ティターニアさん……ありがとう……ありがとうございます……」
イソネを優しく抱きしめるティターニア。
このとき本当の意味で、イソネたちは家族になったのであった。




