03 筋肉ダルマのウドとイケメンのエルダー
(チッ……何やってんだ? ウドの奴)
中々戻って来ないウドに苛立つエルダー。
気にはなるが、御者台から動く訳にもいかないし、夜中に山中で馬車を停めてしまうほど自信過剰でも無い。
どうせまたサボっているのだろうと諦め馬車の前方に集中する。
(しかし、本当に大当たりだったな……)
最初イザークが情報を持って来た時は大げさなと思っていたが、実際の獲物は想像以上だった。
何処ぞの姫と言っても通じる特級クラスの容姿に加えて、貴重なレアスキルまで複数持っているときたもんだ。
しかも山奥の村娘なら捜索の追っ手がかかることも無い。
これは昇格間違いないな……
エルダーは薄暗い笑みを堪えきれずに、クックックッと笑う。
「エルダー! ちょっと馬車を停めて後ろに来てくれ」
甘い妄想に浸っていたエルダーの意識がウドの声に引き戻される。
「何だ? あまり馬車を停めたくないんだが……」
不機嫌そうにそう応えるエルダー。
「じ、実は…………女が居なくなりました!」
「な、なんだと!? それを早く言え馬鹿野郎!!!」
慌てて馬車を停め、荷台に入るエルダー。
視界に飛び込んできたのは、イザークの死体と縛られたウド。そして、エルダーを睨みつける少女の姿だった。
「お、お前どうして!?」
『チェンジ!!』
『ゴボゴボゴボゴボッ!?』
「これまで他人の人生をめちゃくちゃにしてきたんだろ。せいぜい地獄で後悔するんだな」
エルダーが最後に見たのは、剣を振りかざす自分自身の姿だった。
「安心しろ……お前の身体は俺が使ってやるからさ、お前の人生ちょっとはマシになるだろうよ」
「それで……この後どうするの、アダム?」
「ああ、その前にリズに話しておかないといけないことがあるんだ」
「話しておかないといけないこと?」
「……どうやら俺は異世界からの転生者みたいなんだ」
「えええぇっ!? あ、アダムが異世界の……」
「チェンジのスキルを使った時に記憶が戻ったんだ」
「異世界での名前は、北原五十音、これからはイソネって呼んでくれないか、リズ」
「わ、分かったわイソネ!」
目をキラキラさせて頷くリズ。
無理もないか。この世界には、稀に異世界人がやってくるが、ほぼ例外なくおとぎ話になるレベルの英雄ばかりだからな。もっとも俺のように転生ではなく、神の使命を受けてやってくると言われているから、いわゆる転移という形だとは思うけれど。
前世の記憶――――考えすぎかもしれないけれど、記憶が戻ったということは、何か俺のなすべきことがあるということなのだろうか?
何か抗いがたい運命の奔流に巻き込まれているような気がしてならない。
これまで俺の望みはただ平穏無事に暮らすことだけだった。
でも、俺は無残に殺され、リズは攫われた。
だから力は欲しい。リズを守り抜くだけの力が俺は欲しい。
この暴力と理不尽が大手を振って歩き回るこの異世界を生き抜くためにも。
「……イソネ、何か様子が変よ……」
「確かに……これは……唸り声!?」
慌てて御者台に出ると、よりはっきり唸り声が聞こえてくる。
しかも全方位から。
「不味いな……既に囲まれちまってる」
多分、血のニオイに引き寄せられたのだろう。今更ながら窒息死させれば良かったと後悔する。
闇夜の森から姿を現したのは魔獣フォレストウルフの群れだ。
せめて狼ならと願っていたけど、これは最悪だな。
魔獣は、厳密には魔物ではなく、瘴気によって強化された獣だ。身体も大きく強い。
フォレストウルフ単体の討伐ランクはFと決して強力な魔獣ではないが、群れになるとその連携の力でDランクまで跳ね上がるのだ。
(そもそも何でこんな所にフォレストウルフがいるんだ?)
これまでこの山で暮らして来たが、魔獣が現れたことなど一度もなかったのに。
「イソネ、私も戦うわ!」
中で様子を窺っていたリズも覚悟を決めてイソネの隣に立つ。
「駄目だリズ、数が多すぎる」
目に入る数だけでも五十を超える。下手をすると百は下らないだろう。
健闘は出来ても、最終的に食い殺される未来しか見えない。ましてやリズを庇いながらとなれば尚更だ。
「……悪いな、リズ。チェンジを使う。鑑定で群れのボスを探してくれ」
狼は群れのリーダーには絶対服従だ。上手くいけば群れを味方に付けることが出来るかもしれない。あくまで可能性だが。
「そんな……そんなことをしたらイソネが人間じゃ無くなっちゃうよ?」
「だけど他に手は無い。大丈夫だ、ちょっとモフモフになるだけだから」
「……分かった、イソネのモフモフで寝るのも悪くないかもね! 見つけた! アイツがボスだよ」
こういうとき、リズの切り替えの早さは本当にありがたい。
リズが指差す先では、他の個体よりひと回り大きい銀毛の混じったフォレストウルフがじっとこちらを見つめていた。
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【 3話終了時点での主人公 】
【名 前】 ウド → エルダー
【種 族】 人族 → 人族
【年 齢】 24 → 27
【身 分】 犯罪組織末端 → 犯罪組織グループリーダー
【職 業】 人身売買組織構成員
【スキル】 チェンジ 短剣術 夜目 身体強化 御者 剣術