八八話 パーティーの光
きらびやかに見える世界にも闇は存在する。いや、むしろ……強い光によって影が際立つかのように、華美な世界の方が深い闇を抱えている傾向がある。
真星冬一郎の誕生パーティー。
この会場内では、見るに堪えないような魑魅魍魎が蠢いていた。
かつてカリンの進級祝いパーティーに参加した際にも辟易させられたが、参加者が子供から大人に変化する事によって内面の醜悪さも成長している。
これを視界に入れるのは中々の苦行だ。
「……それにしても、ユキの両親は存外にまともだったな。いきなり銃撃されるくらいの事は覚悟していたんだが」
俺は眼前の光景から目を逸らしつつ、傍らに立っているユキに話を振った。
その話題はユキの両親。パーティー開始早々に挨拶を交わす機会があったが、人斬り爺さんの息子夫婦とは思えないほどに善良な夫婦だったのだ。
「その、おじいちゃんも普段はそんなに……」
俺の発言にディスりを感じたのか、ユキはクレイジー祖父を擁護していた。
だが、擁護しながらもユキの語尾は弱々しい。以前に他人の腕を斬り落としたと自供していたくらいなのでフォローが難しいのだろう。
「――ちょっと、ユキが困ってるじゃないの!」
そこで口を挟んだのは気の強い幼女。そう、我らが神桜カリンだ。
本来なら危険を伴うパーティーに参加させるべきではないのだが、不安を感じている友人の傍に居たいとなれば是非もなかった。
過去の怪盗事件で部外者が被害に遭ったケースは少ないという事情もあるし、カリンにはルカが付いているから大丈夫だろうという思いもある。
ともあれ、恒例の如くカリンに責められてしまったので反論しておこう。
「一方的に俺を悪者扱いするのは感心しないぞ。ユキの祖父に襲われたのだからユキの両親も……と、警戒するのは自然な思考に過ぎないだろう」
「どうせ怒らせるような事したんでしょ。その場に居なくても分かるわよ」
頑なに俺を悪者にしてしまう幼女。
その場に居なくとも分かるとは放言も甚だしい。この幼女に裁判を任せたら冤罪が多発してしまう事は間違いないだろう。
「いやいや、俺は何もしていないぞ。あの爺さんは少し狂って……」
「――失礼。千道さん、ご隠居様への暴言は慎んでいただけますか?」
決めつけ裁判長に潔白を訴えようとすると、カットイン名人の氷華に遮られた。
ご隠居様への暴言というか、ご隠居様の暴挙を証言しようとしただけなのだが……しかし、今日ばかりは理不尽を飲み込まざるを得ない。今日は爺さんの誕生パーティーなので多少は忖度すべきなのだ。
「それにしても、想像より遥かに人が多いな。これだけの人混みなら怪盗ロスターが潜り込むのも難しくはないんじゃないか?」
一応は受付に警護が控えていたが、そこさえ抜ければ招待客の自由度は高い。
定席の定まっていないビュッフェ形式なので、招待客たちは束縛される事なく自由に歩き回っているという状況だ。形式ばったパーティーでないのは結構な事だが、悪事を企む者にとっては絶好の環境だと言えるだろう。
「……そうですね。皆様にも予告状の件はお伝えしているのですが」
俺の感想に、氷華は顔を曇らせて応えた。
怪盗からの予告状が届いているのにパーティー出席率が高い。それなりに正常な感性を持つ氷華は理解に苦しんでいるようだが、その理由は俺には分かっている。
真星家の一大事であっても招待客にとっては対岸の火事。これまで部外者が巻き込まれたケースも少ないという事から、招待客の多くは興味本位で怪盗騒ぎを見物に来ているのだ。他人の不幸を娯楽扱いしているのは悪趣味という他ない。
「パーティーを中止できなかったのはともかく、せめてもう少し招待客を選別してほしかったものだな。ここに居るのは腹に一物を抱えた人間ばかりだぞ」
「それは難しいわよ。この手のパーティーには仕事上の関係もあるんだから」
狐と狸の化かし合いのような様相に愚痴を漏らすと、カリンが口を挟んだ。
これでカリンは良家のお嬢様なので説得力はある。企業人ともなれば私的なパーティーでも招待客を選り好みできないという事なのだろう。
ちなみに、カリンの場合は逆のパターン――参加したくないパーティーに参加する機会が多いと聞いている。
学生という立場や妾の子供という事情から、公式の場には呼ばれないようだが、神桜家と縁故を持ちたい財界人の私的なパーティーには招待されるとの事だ。
「自分の誕生パーティーですら不自由を強いられるとはな。……ところで、これまでカリンが参加したパーティーで問題は起きていないのか?」
上流社会の息苦しさに同情を覚えつつ、前から気になっていた事を尋ねてみた。
かつての進級祝いパーティーでは同級生から浮いていたカリンだが、神桜家の娘として招待されたパーティーなら悪い扱いを受けるはずもない。
少なくとも表面上はちやほやされているはずだが……しかし、カリンは大きな爆弾を抱えている。俺もその爆弾には責任があるので他人事ではなかった。
「う、う~ん……そうね、ルカはそんなに問題を起こしてないわよ」
やはり俺の不安は的中していた。
問題という単語で『ルカ』の名前が出てきた事もそうだが、その言い回しから少なからず問題を起こしている事は明らかだった。
パーティーに同行してくれるだけで有難いので責められないといった雰囲気だ。
「ぐるるっ……」
そのルカは、既に問題を起こしていない事が不思議なほどに荒ぶっていた。
血に飢えた野獣のような眼光は他人を寄せ付けず、この一帯だけパーティー会場から切り離されているかのような有様だ。
しかし、ルカが荒ぶる理由は分かっているので責める気はない。
今回のパーティーでは敵対者が現れる可能性が高く、身近な人間が傷付けられてしまう可能性もある――そう、ルカはカリンたちを守る為に警戒しているのだ。
「どいつだ、どいつをやっつけたらメシ食べていいんだっ!?」
うむ、全然違った……!
パーティー前に『怪盗を成敗するまで食事は控えるように』と申し渡していたので気が立っているだけだった。食事を前にしておあずけさせるのは申し訳ないが、ルカは食事に集中すると警戒心が低下してしまうので仕方ないのだ。
宴席で戦意を撒き散らす無作法を責めるべきなのか、俺の言いつけを素直に守っている自制心を褒めるべきなのか、ルカの教育担当として判断に迷うところだ。
「早々に片付けたいという気持ちは分かるが、もう少しだけ待つんだ」
現状では真星家の周囲を警察が取り囲み、招待客たちは会場入りの前に入念なチェックを受けている。本来なら部外者が入り込めるような環境ではないが……しかし、怪盗ロスターの実績を考えれば楽観視はできない。既に会場内に潜入しているという可能性を考えておくべきだろう。
問題は、その手口だ。
予告状を送って厳戒態勢を取らせた上で盗みを成功させる。これは並大抵の事ではなく、普通に考えれば不可能に近いと言える犯行だ。……だがしかし、不可能を可能にする手段を俺は知っている。
「俺は怪盗ロスターを『超能力者』だと考えている。こちらが積極的に狙われる可能性は低くとも油断は禁物だ」
そう、超能力。
怪盗ロスターが超能力者だと考えれば、不可能犯罪も現実味を帯びてくる。
かつて出会った能力者、バニッシュのダム太郎などが良い例だ。あの男は身体が透明になるという窃盗にうってつけの能力を持っていた。
他にもその手の能力を持っている者が存在していても不思議ではないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八九話〔後付けしてしまう名探偵〕