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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第三部 守護する真星
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八一話 軍人的新聞配達

 天針家から多くの情報を得ても、その事で生活が急変するわけではない。


 雨後のタケノコのように増加している超能力者。それらの一部は宗教団体や新興マフィアなどの看板を隠れ蓑にして勢力を拡大しているとの話だが、それでも世界を照らす光が消えるわけではないのだ。


「ダヨウハ、ビャク!」

「おはようございますチャイクルさん。まだまだ早朝は冷え込みますね」


 輝くような笑顔のチャイクルさんに、こちらもニッコリと返しておく。

 新聞配達員の仕事は販売店に新聞が配送されてからになるので、配達員の中にはギリギリの時間に顔を出す者も少なくないが、しかし俺の出勤時間は早い。

 その理由は他でもない、チャイクルさんとの雑談を楽しみにしているからだ。


「それにしても、先日にワンロンが国に帰ったのは残念ですね。故郷に家族を残しているらしいので仕方ないのですが」

「チャーハン、美味シカタ!」


 ふむ、なるほど。

 ワンロンは昼間に料理店で働いていたのでその事を言っているのだろう。


 この満面の笑みを見る限りではチャーハンは絶品だったに違いない。俺もワンロンのチャーハンを食しておくべきだったと悔やまれるばかりだ。


「そういえばワンロンは故郷で店を開くと聞きました。俺も余裕が出来たらワンロンの国を訪ねてみたいものです」

「私、シューマイ、拾ッテキタ!」


 ふむ、これは難しいパスが飛んできたぞ……。

 もちろんこの言葉をそのまま受け取るのは論外だ。チャイクルさんが拾い食いをするほど生活に困っているとは考えにくいのだ。チャイクルさんには友人が多いので周囲の人間が窮状を見過ごすはずがない。となると、考えられるのは――


「ワンロンの働いていた店で、シューマイをテイクアウトしたという事ですか?」

「美味シカタ!」


 正解――!

 今日も俺の名推理は冴え渡っている。

 にこやかなチャイクルさんと会話を交わしていると、心が温かくなる上に推理力まで鍛えられてしまうのだ。もはや彼との会話はお金を払いたいレベルである。


 そして俺とチャイクルさんが和やかに歓談している内に、他の配達員も続々と顔を見せていく。……しかし、今日はその中に見慣れぬ顔があった。


「あ~、こちらは今日から入るガブリフ君だ。最初は千道君が教えてやってくれ」


 店長が皆に紹介したのは屈強な男。

 傲岸な目で周囲を睥睨している白人の男だ。


 中々にクセの強そうな男だが、この販売店は恒常的に人手不足なので新人は大歓迎である。それにこの職場の面子が個性的なのは今に始まった事でもない。


「ガブリフ、俺が千道だ。最初の内は朝がキツいだろうが頑張ってくれ」


 とりあえず新人を爽やかに励ましておく。

 新聞配達は朝が早いので数日で辞めてしまう者も多いが、早起きに慣れてしまえばなんとかなる。貴重な新人に逃げられないように面倒を見てやりたいところだ。


「――チッ。オレは国で特殊部隊に所属していた。口の聞き方に気を付けろよ」


 ふむ、なるほど……。

 これは『ガブリフ、俺が貴様の上官だッ!』と軍隊風に接してほしいというアピールではなく、おそらくは俺を威嚇しているつもりなのだろう。


 店長が俺に教育係を任せてきた時点で反抗的な態度は想定内だ。この職場では扱いの難しそうなタイプは俺に任される傾向があるのだ。


 社員でもない人間に面倒事を押し付けるのはどうかと思うが、俺にとっては全く問題にならないので構わないと言える。


「そうかそうか、特殊部隊か。――よし、ではまず配達地区の確認からだ」

「おいッ! オレを愚弄するつもりかっ!」


 なにやら面倒臭いことを言い出したガブリフ。

 こちらが丁寧に仕事を教えようとしているのに、一体何が不満だと言うのか。


 声を荒げるガブリフに配達員たちの反応は様々だ。二大派閥の一角である主婦グループは眉を顰めているし、ロマルドなどは見世物感覚のワクワク顔をしている。


 ロマルドは不謹慎なところがあるので荒事に期待しているのだろうが、もちろん平和主義者である俺に任せておけば荒事にはならない。


「落ち着けガブリフ。俺はお前を愚弄していない、それどころかお前には期待している。元特殊部隊員なら立派な新聞配達員になってくれるだろう、とな。特殊部隊員と新聞配達員、字面も似ていて結構な事ではないか、はははっ……」


 ガブリフの国の特殊部隊がどれほどのものかは知らないが、鍛えられた身体を見る限りでは厳しい訓練を積んできた事は明らかだ。この屈強な男なら毎日の早起きにも音を上げないはずだろう。


 荒々しいガブリフに対しても温かい声を掛ける先輩配達員。この誠実な対応には不謹慎なロマルドも我が身を反省するに違いない。


「このオレを……!」


 だがしかし、ガブリフは落ち着くどころかヒートアップしていた。

 もはや俺にはガブリフの求めるものが分からなかった。優しく声を掛けているのに喜ぶどころか怒り出すとはどうした事か。

 そんな中、外国人グループのリーダーであるカリスマ的存在が動く。


「ガブリン、人気出タヨ!」


 今日も優しい笑顔のチャイクルさん。

 ご当地ゆるキャラの人気が急上昇しているかのような発言だが、おそらくはガブリフを落ち着かせようとしているのだろう。


 実際のところ、チャイクルさんの温かい笑顔に場の空気は弛緩していたが……しかし、ガブリフだけは空気に流されていなかった。


 ゆるキャラ扱いされた事が気に入らなかったのか、ガブリフは険しい顔でチャイクルさんの胸ぐらを掴む――――が、それは俺が許さない。


「――無礼者ッッ! この御方をどなたと心得るか!! 貴様如きが軽々しく触れていい御方ではないわッッ!」


 平和主義者の俺でもチャイクルさんに手を出されては黙っていられない。

 ガブリフの顎に鉄拳をブチ込み、やんごとなき御方の護衛のように口上を切ってしまう。これにはガブリフも足をガクガクさせて『ははーっ』と平伏である。


「……ビャク」


 はっ、これはいかん……!

 俺とした事が、平和を愛するチャイクルさんの前で暴力を振るうとは……。


 チャイクルさんは俺を責めたりはしない。ただ、悲しそうな瞳になるだけだ。

 そして、俺にはそれが何よりも辛かった。


「ち、違うんですチャイクルさん。……そ、そうです、虫がとまっていたんですよ。ええ、ガブリフの顎にガブリと」


 見苦しくも言い訳をしてしまう俺。

 個人的に嘘は好まないが、チャイクルさんに嫌われる事は耐えられないのだ。


 もちろんガブリフに「危ないところだったな」と声を掛けるのも忘れない。

 ガブリフは意識が朦朧としているのか反応が鈍いが、さりげなくガシッと顔を掴んで『うんうん』と同意させておく。


「――ソカ!」


 よし、乗り切った――!

 暴力事件が誤解だった事が嬉しいのかチャイクルさんは破顔一笑だ。


 人を疑うことを知らないチャイクルさんを騙すのは罪悪感が著しいが、これはやむを得ない処置だったのだ。仕方ない仕方ない。

 

 しかし、嘘を吐いただけの価値はあった。

 チャイクルさんは嬉しそうな笑顔であるし、ロマルドもその笑顔に感化されたのか大爆笑している。張り詰めていた販売店はすっかり和やかな空気である。


「おっと、新聞が届いたようですね」


 販売店に新聞が届いたので即座に話題転換だ。

 なにやら主婦グループが俺を見ながらヒソヒソ話しているが、チャイクルさんを誤魔化せれば何も問題は無いので気にしない。


 店長などは事なかれ主義を極めているので、何事も起きていないような顔で新聞にチラシを入れている――そう、この販売店で暴力事件など起きていないのだ。


 とりあえずはガブリフの回復を待ち、立ち上がれるようになったら優しく指導してやるとしよう。初日は覚えることが多いので目を回すかも知れないが、そのガブリフは既に目を回しているので心構えは万全である。


明日も夜に投稿予定。

次回、八二話〔強制されないアップデート〕

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