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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜

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八話 不埒者の正体

 ついに日の目を見た探偵事務所のホームページ。

 その事実に俺は感激していたが、そんな温かい気持ちにカリンが水を差す。


「それよそれ、なんなのその貧相なサイト。何か仕事を受ける気があるなら、せめてメールフォームくらいは作りなさいよ」


 容赦のないダメ出しを飛ばす小癪(こしゃく)な幼女。

 我が子を侮辱されたような悔しさはあるが、トップページのみというシンプルな構成であるのも事実だ。カリンの指摘は正論だと認めざるを得ない。


「これはまだ成長過程だからな。それでも事務所の住所が分かったのだから充分だろう? ――それより、今日は何か用があって来たんじゃないのか?」


 俺は話を逸らしがてら本題に入った。

 この幼女が改めてお礼を伝えにきたとは思っていない。カリンはなにかしらの目的を持っているものと見ている。


 それはカリンが訪ねてきた直後から分かっていた。なにか言いたい事があるのに、それを言い出せないような雰囲気を匂わせていたのだ。


 俺の率直な問い掛けを受け、カリンは落ち着かない様子で逡巡していた。


 言うべきか言わざるべきかを迷っていたようだが、ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めたらしく、勢いに任せるようにビシッと俺を指差した。


「こ、光栄に思いなさい! あんたを私の護衛にしてあげるわ!!」


 んん? 護衛?

 俺は話の流れが飲み込めずに困惑していた。

 探偵事務所の看板を掲げている相手に対して、なぜか護衛へのスカウトだ。 


 俺は戦闘能力には自信があるが、天下のゴッドグループともなれば人材は引く手あまただ。わざわざ一国一城の主を引き抜く必要性があるとは思えない。

 カリンは緊張しながら返事を待っているが、俺の返答は決まり切っている。


「いや、遠慮する」

「な、なんでよ!?」


 当然の如く辞退すると、金髪幼女が紅潮した顔で声を上げた。

 しかし、それはこちらの台詞だ。


「なんでもなにも……俺には探偵の仕事があるからな。カリンに四六時中張り付いて護衛するような時間はない」


 たとえ閑古鳥が鳴いていようとも、開業して三カ月で護衛に転身するわけにはいかない。それに、俺には探偵として為すべき使命があるのだ。

 だがしかし、俺の言葉を聞いてもカリンは納得していなかった。


「探偵って、どうせ仕事なんか無いんでしょ? もう辞めちゃいなさいよ」


 この幼女め、なんという失礼な事を……。

 確かに図星ではあるのだが、説得の言葉としては論外と言う他ない。


 こんな事を言われて『その通りだな。よし、探偵を辞めて護衛に転職だ!』などと言う人間がいると思っているのか。


 悪意が欠片も無いのは分かっているので腹は立たないが、ここはカリンの為にも一言注意してやるべきだろう。


「俺は探偵を辞める気はない。カリン、全ての人間が金で動くと思うなよ」


 俺は毅然(きぜん)としてカリンに告げた。

 全てが思い通りになるのは当たり前、という考えを持っているのは危険だ。


 神桜家の娘ともなれば大抵の望みは叶うはずだが、世の中には例外もある事を知っておくべきなのだ。……しかし、カリンの反応は予想外のものだった。


「っ……」


 じわっと濡れる碧眼の瞳。

 その今にも泣き出しそうな顔は、圧倒的な罪悪感となって俺に襲い掛かる。

 俺の言葉は正当な指摘だが、子供の泣き顔が胸を締め付ける事実は変わらない。


 ――ここは早急に慰めなくては。


 何と言っても俺は孤児院の出身。幼い子供たちの面倒を見る機会も多かったので、泣きそうな子供を笑顔にする事には自信がある。

 

 俺はベビーもキッズもこなせる一流のシッター。

 ここは熟練の技を見せつけてやるとしよう。


「よしよし。ほぉら、たかいたかーい」

「きゃぁぁ! ド、ドコ触ってんのよ変態っ!」


 カリンの脇の下に手を入れて持ち上げると、なぜか幼女は甲高い悲鳴を上げた。

 一流のキッズシッターが『シットッ!』と拒絶されている不可解な事態。孤児院の子供なら大喜びするところなので首を捻るばかりだ。

  

「おいおい、悲鳴を上げるのはよすんだ。第三者に目撃されたら、まるで嫌がる事を無理矢理やっているみたいに見えるだろうが」

「その通りじゃないの!」


 カリンは鼻息荒く吠える。

 仕方なく幼女を下ろすと、カリンは真っ赤な顔で罵詈雑言を並べ立てた。

 これは負の感情を見るまでもない。この幼女は間違いなく……怒っている!


 まぁしかし、想定とは異なっていてもカリンが元気になったのは間違いない。荒ぶる幼女へ適当に謝罪しつつ、カリンを刺激しないように話の続きに戻る。


「ともかく、そもそもカリンの護衛なら他にいくらでもいるだろう?」


 俺は雑居ビルの下方に指を差す。

 雑居ビルの前に停車している車には、カリンの護衛らしき黒服の男たちが乗っている。専門の護衛がいるなら、わざわざ門外漢の俺をスカウトする必要はない。


「……あの連中は駄目。信用できないわ」

「神桜家が雇った護衛ではないのか? 身元調査も徹底してるだろうし、それなりに信用出来るはずだろう」


 ゴッドグループには大手警備会社も含まれているので、おそらく彼らもそこから派遣されている――そして、神桜家の娘に有象無象の輩を派遣するとは思えない。

 少なくとも、先日に会ったばかりの俺よりは信頼出来る存在であるはずだろう。

  

「……昨日の三人。あの連中も、()()()()()()()()()()()()()


 カリンのその声は、無力感を滲ませていた。

 まさか……と思ったが、言われてみると確かに思い当たる節はある。


 身代金目的の誘拐事件。昨日の事件は警察からそのように聞いているが、あの一件には何かと不審な点が多かった。


 なにしろ昨日の不埒者たちは、誘拐に際して目立つ黒服を着込んでいた。

 人目をはばかる必要がある誘拐犯にしては妙だと思っていたが、元々が護衛だったと聞けば目立つ服装にも頷ける。


 そもそも、本来ならお嬢様を守るべきはずの護衛があの場には居なかった。

 神桜家のお嬢様にしては無防備過ぎると思っていたが、護衛が裏切ったという事なら不自然な状況にも納得がいく。


 しかし……神桜家の護衛が揃って造反するとは異常に過ぎる。あり得ない事だからこそ、あの連中が護衛だったという可能性を意識から除外していたのだ。

 

 だが、カリンは嘘を吐いていないし、わざわざ嘘を吐くような理由もない。

 そうなると、考えられる可能性は一つだ。


「……なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事か」


 本来なら徹底した身元調査を受けているはずの神桜家の護衛。

 その護衛たちが揃ってカリンに牙を剥いたとなれば、外部の犯罪組織ではなく身内の関与を疑うべきところだろう。


「…………」


 カリンは俺の言葉に応えず、ただ悔しげに唇を噛んだ。

 神桜家の現当主は子供が多いことで有名なので、その中の一人がカリンを疎ましく思ったとしても不思議ではない。この様子からすると心当たりもあるようだ。


「まぁ、しかし……昨日の事件に神桜家の人間が絡んでいる可能性は高そうだが、カリンの家族が直接絡んでいる可能性は低いんじゃないか? 事件への関与が露見した時のリスクが高すぎるからな」


 これはカリンを慰める為に適当な事を言っているわけではない。

 相続問題などでカリンの存在を邪魔に思ったとしても、直接カリンに危害を加えるような真似は考えにくいのだ。


「むしろ家族の周囲の人間が怪しいな。ほら、アレだ。今流行りの忖度(そんたく)というやつだ。秘書が勝手にやったから知らないというやつだな」


 実際のところは不明だが、自分の家族が敵だと考えるのは気が滅入ることだ。

 現段階では何も分からないので、とりあえずは『家族の周囲が勝手に動いている』と考えておいた方が精神衛生上好ましいはずだろう。

 俺の言わんとするところを悟ったのか、カリンは少しだけ頬を緩める。


「……なによそれ。それって、実際には関与してるけど秘書に責任被せてるやつじゃないの?」


 俺のフォローにケチを付けるような言い方だが、その声音は柔らかいものだ。

 身内も信用できないという境遇から、攻撃的な言葉が習慣になっているのだろうと思う。そう考えれば、カリンに何を言われても腹を立てられるはずがない。


 この幼い子供を追い詰めている環境を改善するのは困難だが、せめて暴言くらいは温かく受け入れてやりたいものである。


次回、九話〔見せるべき手の内〕

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