七六話 捏造するマナー講師
ライゲンは満足げに撮影を終え、タコ焼きピラミッドの攻略の時間となった。そして、今か今かと待っていたルカが真っ先に動く。
「よしっ、それじゃ――」
「ちょっと待てルカ。頂上から食べるのはマナー違反だぞ。タコ焼きピラミッドは周囲から食べるのがマナーだからな」
いきなり王が取られる事に抵抗があったのでマナーをでっち上げてしまった。
定期的にマナーを捏造するマナー講師のような所業に及んでしまったが、タコ焼きピラミッドを食べる機会は少ないはずなので許してもらいたい。
仲良くもぐもぐしている兄妹の姿に安心しつつ、俺は別の一画へと足を向ける。
このエリアの空気が改善されても満足するには早い。飲み会の幹事があちこちに顔を出すかの如く、パーティー発案者として各所に挨拶回りをしていくのだ。
「やぁやぁ皆の衆。堅苦しい話ばかりでは息が詰まるというものだぞ」
次に訪れた場所は、宴席らしからぬ真面目な話をしていた一団のエリアだ。
暗殺者集団と言うよりはビジネスマン集団のようだったが、現在の天針家に残っている人間の多くは裏方と呼べる者たちなので、あながち印象は間違っていない。
そして、その中には見知った顔が居た。
「申し訳ありません……今の我々には話し合うべき事が多いものですから」
実務的な話に傾注していた事を謝罪する若者。
優秀な若者でありチーム海龍の良心でもある存在、天針死鷹だ。
なにやら宴席での無粋な振る舞いを詫びられてしまったが、しかし天針家の現状は理解しているので責めたわけではない。
「なに、謝罪の必要はない。実際にやるべき事は山積みだからな。なにしろ斬鬼のせいで死体も山積みだ、はははっ……」
軽い冗談で場を和ませつつ、さりげない言い回しで『全ての死体は斬鬼の責任』という印象を周囲に与えておく。
これによってチーム海龍による死体の処理も任せてしまうという作戦である。
実際のところ、今回の犠牲者の大半は斬鬼の手によるものだ。
連続殺人を止めた事を考えれば、むしろチーム海龍の殺人ポイントは減らしても良いくらいだろう――そう、何人か生き返らせたと言っても過言ではない……!
「そ、そうですね……」
俺の笑顔に釣られるように死鷹たちも笑みを形作る。まだ少し緊張が見受けられるが、しかし形だけでも笑うという事は重要だ。
『病は気から』の言葉通り、精神と肉体には密接な関係性がある。表面上で笑っているだけでも自然と明るい気持ちになるというものだろう。
だが、それにしても……死鷹が天針衆に避けられていないのは意外な感がある。
海龍一行を連れてきたという事で、死鷹は一族の裏切り者扱いされるのではないか? と危惧していたが、周囲の反応を見る限りではそのような事はないのだ。
これは俺の読心能力を披露した事が正解だったのか、もしくは前々から覚悟していた事態だったのか。もちろん死鷹の人徳もあるのだろうが、いずれにせよ自然に受け入れられているのは喜ばしい事だ。
「そうだ、俺の名刺を渡しておこう。困った事があったら連絡するんだぞ」
それでも念の為に貴重な名刺を渡しておく。
もはや死鷹はチーム海龍の一員。今後の天針家の動向が気になるという事もあるので連絡先を教えない手はなかった。
「千道探偵事務所……なるほど、表向きは探偵という事になっているのでしたね」
「いやいや、表も裏もないぞ? 探偵業の仕事が少ないのは否定できないが」
さりげなく意味深な発言をする死鷹には突っ込まざるを得ない。
現状ではアルバイトで生計を立てている身なので偉そうな事は言えないが、それでもニセ探偵のように言われてしまうのは心外なのだ。
「そ、そうでしたか……。千道さんは我々の同業なのかと思っていました」
同業という事は、暗殺者?
こいつめ、シレっとした顔をして俺を殺し屋だと思っていたとは……。
俺が職業殺人者に見えるとは、優秀な若者らしからぬ観察眼の低さだ。これがライゲンなら暗殺者に見えなくもないが。
「俺は最初から探偵だと言っていただろうが……。新聞配達と日雇いの仕事ばかりでも名探偵の志は失っていないぞ」
「えっっ!? ……まさか、千道さんが普通の仕事をしているんですか?」
なぜか目を剥いて驚愕する死鷹。
まるで俺には普通の仕事ができないかのような言い草だが、暗殺者一族の人間に社会不適合者扱いされるとは只事ではない。
しかも聞き耳を立てていた天針衆も愕然としているのがモヤっとする。
まぁしかし……非常に失礼な話ではあるのだが、これからの天針家を考えれば俺が普通に働いている事は励みになるはずだろう。
今後の天針家の方針は不明だが、暗殺業は廃業となる可能性が高いからだ。
その理由は他でもない。
実働部隊が軒並み死亡しているという要因も大きいが……なにより、悪人以外に危害を加える事は俺が許さないからだ。
この食事会の後に、天針衆には俺の『眼』の前でそれを誓ってもらう事になる。彼らの怯えた様相からすると危ない橋を渡りたいとは思わないはずだろう。
もちろん、彼らが真っ当な生き方が出来るようにサポートはするつもりだ。場合によっては親戚繋がりで海龍家の力を借りるという手もある。
この俺が関わった以上、天針家の未来を暗いものにさせはしないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七七話〔目を配るべき家族〕




