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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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七二話 静かな龍の逆鱗

 なんだかんだで延期となったルカと死犬の対戦。次戦は俺が出ようかなと心中で思案していると、長老会の一人が我慢の限界を迎えたように口を開いた。


「揃いも揃って若造一人を恐れるとは恥晒し共が……。海龍ライゲン、貴様は儂の『腐食』の餌食にしてくれるわ」


 この老人の事は少し気になっていた。

 天針家の者たちはライゲンに敵意を向けるのも恐れていたが、この老人だけは一貫してギラギラとした殺気を放ち続けていたのだ。


 おそらくは長老会の方針に従って手出しを我慢していたのだろうが、身内が倒された事で殺意を抑え切れなくなったに違いない。

 しかし、老人の発言が引っ掛かる。


「……()()、と言ったな。お前が世間を騒がせている『アシッド』か?」


 かつてのジャンプのように人々から恐れられている現象、それがアシッドだ。

 アシッド――酸で溶けるように人間の体が溶けていくという現象は、その凄惨性からジャンプよりも恐怖の対象となっている。


 なにしろアシッドは即死する類のものではない。激痛と共に身体を溶かしていく上に、その部位を切除する以外の治療法が存在しないという絶望的な現象だ。

 世間ではジャンプのような扱いではなく奇病の一種として恐れられているが、俺は前々から悪質な超能力者の仕業だと考えていた。


 そして天針家にアシッドが存在している可能性があると聞き、そんなところに『腐食』という単語が出てきたとなれば、この老人が悪名高い『アシッド』だと疑うのは当然だ。果たして、老人は邪悪な感情を漏らしながら嗤う。


「かっかっ、あれは儂の趣味だ。儂は小奇麗な顔が歪むことに目が無くてな」


 反吐が出るような下衆だった。

 こちらを脅す為に口にしているならともかく、本気で言っている事が分かるだけに救いようがない。これは迷わず処断すべき存在だ。


 ライゲンが指名を受けているようだが、ここは俺が出るとしよう――と思ったところで、下衆な男は口にしてはならない事を口にした。


「貴様の主は()()()()()と言ったか? あれは良い女だな。貴様たちを片付けた後は、あの取り澄ました顔を歪ませてやろう」


 ぞくり、と背筋が総毛立った。

 天針家の人々は誰も気付いていないが、道場内では明らかな異変が起きていた。この下衆な男は、それと知らずに虎の尾を踏んでしまった。


「…………」


 海龍ライゲン。この男の表情は平素と変わりがなく、一切の感情を表に出していないままだ。だからこそ天針家の人々は気付いていないのだろう――ライゲンが激怒している、という事に。


 負の感情には個性がある。ルカのように一瞬だけ放出する者も居れば、カリンのように負の感情をほとんど放出しない者も居る。

 ライゲンもカリンと同種の類だと思っていたが、それは俺の勘違いだった。


 岩盤で溶岩に蓋をしているかのように、ライゲンの奥底には凄まじい激情が眠っていた。噴火を思わせる怒りの感情に、この俺が反射的に身を引いたほどだ。


「……これを頼む」


 ライゲンは静かな声で、俺にスマホを差し出した。想い人との繋がりである大事なツール、それを俺に預ける意味は明らかだ。

 ライゲンは本気で――自分の能力で、下衆な男を叩き潰すつもりだ。


「……分かった。任せておけ」


 次戦は俺が出るつもりだったが、今のライゲンを止められるはずもない。

 ライゲンの能力は本人から聞いている。正直に言えば能力を使うほどの相手とは思えないが、最愛の女性に悪意を向けた存在を許せないのなら仕方ない。


 そして、勝負は数秒で終わった。


 敵の能力は『腐食』。

 おそらく他者干渉型の能力なので、セオリー通りに考えれば距離を取って戦うべき相手だったが、ライゲンに常人の理屈は適用されなかった。


 相手が反応する暇もない。爆発的な踏み込みで彼我の距離を詰め、猛禽が獲物を捕らえるように首を掴み――その能力を発動させた。


 目に刺さる一瞬の閃光、大気を揺るがす爆発音。その後に残っていたのは、人の形をした黒い物体だった。もはや老若男女の区別すらつかない。

 ライゲンの手に掴まれているのは、真っ黒に焼け焦げた何かの残骸だった。


「これが、紫電(しでん)……」


 死鷹の声には恐怖が込められていた。

 紫電のライゲン。天針家の人間からライゲンはそう呼ばれているらしいが、実際に目の当たりにすると凄まじいの一言に尽きる。


 ライゲンの能力は紫電――自己干渉型の電撃使いだと事前に聞いていた。


 発電能力という事で『人間スタンガン』のような印象を持っていたが、しかしこれはスタンガンのような生易しいものではない。


 ライゲンが能力を発動させた直後、一人の人間があっという間に消し炭となっている。これは痺れると言ったレベルではなく、もはや落雷の一撃に等しい。


 この圧倒的な蹂躙劇には天針衆も血の気を失っている。ライゲンの能力の事は知っていたはずだが、敵対者の人外ぶりを見せつけられて恐怖に震えているのだ。


「やっぱライ兄はすげえなっ!」


 ライゲンが恐怖と畏敬を集めていても、ルカの態度は全く変わっていない。スポーツの得意な兄を尊敬するかの如く、純粋で無垢な眼差しを向けているだけだ。


 ライゲンの方も怨敵を抹殺して気が晴れたらしく、周囲を焼け尽くすような激情を霧散させて『うむ』とばかりに頷きを返している。


 しかし、兄妹の仲が良いのは微笑ましいが、それはそれとして先の戦闘では気になる点があった。それは他でもない――ルカに関係する事だ。


 龍の里には超能力者を見分ける能力者も存在するという事で、ルカが超能力者である事は聞いていた。ルカは能力について自覚が無いようなので『身体強化系』だと推測していたが……しかし、ライゲンの戦闘を見る限りでは違和感がある。


 先の戦闘では派手な能力ばかりに目を引かれるが、相手との距離を詰める爆発的な脚力も尋常なものではなかった。そう、明らかに身体能力も常人離れしていた。


 そうなると一つの疑念が生まれる。ルカの身体能力が高いのは、超能力ではなく――『遺伝』ではないのか? という疑念だ。


 ライゲンがマルチ能力者で身体強化の能力も持っているという可能性もあるが、同一の能力は珍しいと聞いているので少し考えにくい。


 そしてルカの身体能力が遺伝によるものとなると……ルカにはカリンと同じように『何か秘められた能力がある』という可能性が高くなるのだ。

 

「ん? どうしたビャク?」


 おっと、これはいけない。

 人を無言で観察するとは非礼な振る舞いだった。お詫びがてら飴を与えて「あむ」とニコニコさせつつ、考え込んでいた気持ちを切り替える。


 ここは俺もルカを見習って細かい事は気にしないようにすべきだろう。実際、ルカに秘められた能力があったとしても些事に過ぎないのだ。


 さて、それはそれとしてだ。


 ライゲンの活躍によって道場内はお通夜のような空気になっているが、それでも長老会の敵意は依然として消えていない。

 白旗ムードの天針衆とは裏腹に、長老会の老人たちは勝負を続行するつもりだ。


 だが、肝心の戦う相手はどうするつもりなのだろうか……?

 ルカに殴り飛ばされた死犬はまだ目覚める気配がないので、仮に出番があるとしても三戦目になるはずだ。この勝負に三戦目が存在するかはともかく。


 外野の天針衆は戦意ゼロなので、また長老会の人間が舞台に立つことになるのだろうか? ……まぁ、相手が誰であっても負ける気は全くしないが。


あと二話で第二部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、七三話〔解き放たれた大罪人〕

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