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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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七一話 当たってしまう予感

「よし、ここは死鷹に免じて妥協する。俺たちと天針家の代表が戦い、そちらが勝ったら出直すことを約束しよう」


 このまま話し合っても平行線なので妥協案だ。

 個人的には長老会の面々を殲滅してしまうのがベストなのだが、素直に案内してくれた死鷹の顔を立てねばならないのだ。


「天針家の代表と戦うだと……?」


 老人たちは疑わしげな視線を向けている。

 問答無用で天針家を殲滅すれば良さそうなものを、わざわざ試合形式で戦おうと言っているのだ。長老会が俺の提案を怪しんでいるのも当然だ。


「ふふ、そんなに警戒する必要はない。もちろん勝ち抜き戦とは言わん。こちらは三人だからな、二本先取で勝敗を決めよう」


 天針家が最も恐れているのは海龍ライゲン。

 試合形式を取ったところで勝ち抜き戦では勝機が無いと考えるはずなので、その心情を読み取って二本先取のチーム戦を提案しておく。


 俺の狙いは、長老会の面々に『勝てる』と思い込ませる事にある。


 天針家は争闘を生業としてきた一族。ライゲンによって天針家の大半は自信を失っているが、長老会だけは実戦から離れているからか無駄にプライドが高い。


 現在の状態で長老会を説得するのは困難なので、ここは長老会から軽視されている俺とルカが徹底的に心を折ってやろうという作戦だ。


「ぬぅ……」


 長老会の面々は考え込んでいるが、このまま全面戦争になるとライゲンに皆殺しにされる恐れがあるのだから答えは決まっている。天針家の人間はライゲンを極度に恐れている節があるので、俺からの提案は願ってもない話のはずだろう。


「……よかろう。勝負を受けてやる。我らには今しばらくの時間が必要だからな」


 俺の目論見通り、長老会は提案に乗ってきた。

 海龍の処遇について話し合う時間を求めているような雰囲気を漂わせているが、もちろん老人たちは諦めてなどいない。俺には連中の濁った感情が見えている。


 この絡みつくような強烈な悪意から察するに、今回の窮地を切り抜けた後には手段を選ばずに仕掛けてくる可能性が高い。


 これまでは他人を巻き込まないように配慮していたと聞くが、海龍に攻められたとなれば重火器や爆弾などの手段も躊躇わないはずだろう。


 もちろん、俺は『次』を与えはしない。


 天針家との因縁は今日をもって断ち切らせてもらう。長老会はライゲンばかりを警戒しているようだが、それだけに俺とルカが圧倒的な力を見せつければ示威効果も高い。老人たちの自信を粉々に砕いてしまえば和平交渉も難しくないはずだ。


「それでは早速始めるとするか。こちらの一人目は……ルカが出るか?」

「やるっ!」


 暴れん坊の血が騒いでいる様子だったので意を汲んでおいた。

 俺が平和的に交渉している間にも獰猛な気配を発していたが、ようやく暴れられるという状況になったので実に嬉しそうだ。


「……海龍の娘か。ならば、こちらも若手の筆頭を出すとしようか」


 枷から解き放たれた獣を前にしながら、長老会からは危機感が感じられない。

 相手の力量も見抜けないようでは話にならないのだが……無駄に歳を食いすぎて危機感が麻痺しているのかも知れない。

 そして長老会の老人は先鋒者の名を口にする。


「――死犬(しいぬ)だ。死犬を呼べ」


 老人が呼んだ『死犬』という名。天針家のネーミングセンスは気になったが、俺はそれ以上に死鷹の反応が気になっていた。その名前が老人から発せられた瞬間、俺の隣に座っている死鷹がびくりと震えたのだ。


 もしかすると結構な強者なのだろうか……いや、それにしては反応が妙だ。

 この反応は、もしかして……。


「……駐車場で遭遇した兄が『死犬』です」


 やっぱり……!

 死鷹が気まずそうにしていたので怪しいと思っていたが、ものの見事に悪い予感が当たってしまった……。


 思い返してみれば、死鷹はあの男が倒れた時に呆然としていた。

 あれはルカへの感謝の気持ちだけではなく『若手の筆頭』が秒殺されて動揺していたという事もあったに違いない。


 ――――。


 道場内には重苦しい沈黙が漂っていた。

 長老会が死鷹の兄を探していたので、覚悟を決めて『俺が連れてこよう』と気絶した男を運び入れたのだが……やはり色々とまずかったようだ。


「なっ、な……」


 長老会の老人はわなわなと唇を震わせている。

 一応は鼻血を拭っておいたが、それでも完全に折れた鼻までは誤魔化せなかった。歪んだ表情からしても何者かに暴行を受けた事は一目瞭然だ。


 期待の若手がスタートラインに立つ前から戦闘不能に陥っているとなれば、この微妙な空気も致し方ないところである。……よし、こんな時はあの手で行くか。


「なるほど、なるほどな…………勝負ありッ! 勝者、海龍ルカッ!!」

「巫山戯るなッ! こんなものが認められるか!」


 ルカの腕を上げて勝利宣言をした直後、長老会から怒号が飛んできてしまった。

 純粋なルカはニコーッと満足そうなのだが、流石に勢いだけで誤魔化すのは無理があったようだ。これを認めるとライゲンへの勝利が必須となるので必死である。


「どういう事だ、なぜ死犬がやられているっ!」

「これは言うなれば正当防衛のようなものだ。駐車場で敵意を向けられてな、やむを得ず反撃してしまったという訳だ」


 俺は敏腕弁護士のように正当性を主張してしまう。死鷹が敵意を向けられたので、同じ仲間としてルカが反撃した。うむ、嘘は言ってない。


「死犬ッ! いつまでも寝てい……」

「おい待て、頭を強く打った者を揺らすのは止めろ。悪化したらどうするんだ」


 男を揺り起こそうとする老人を注意しておく。

 せっかく優しく運搬したにも関わらず、老人の軽挙で台無しにされてしまっては堪らない。被害者に後遺症が残ったらどうするつもりなのか。


「よくもいけしゃあしゃあと外道めが……しからば、幾ばくか休ませておくしかあるまい。死犬の出番は後回しだ」


 温かい心遣いを見せた相手を罵倒しつつ、長老会の老人は驚くべき事を口にした。どうやらこの状態の男をまだ戦わせるつもりらしい。死体蹴りかな?


 しかし道場を見回してみれば納得せざるを得ない。なにしろ道場の隅に居る天針衆は揃って顔を俯けている。学園の授業中に教師から指名される事を避けているように、天針家の代表選手に指名されてしまう事を恐れているのだ。


 元から厭戦的だったところに、若手の筆頭が見るも無惨な姿で登場だ。天針衆が空気と同化しようとしているのも無理からぬところだろう。


あと三話で第二部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、七二話〔静かな龍の逆鱗〕

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― 新着の感想 ―
[良い点] カリンというツッコミ役が不在というだけで、ここまでカオスになるとはw
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