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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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七十話 平和への武力外交

「あんな男などトランクに詰めておけばいいのに、わざわざ優しく後部座席に座らせておくとは……いやはや、死鷹は徳が高い男だな」

「本当なら病院に運びたかったのですが……」


 気絶している男の後始末を終え、俺たちは雑談しながら邸宅へ向かっていた。

 道すがら死鷹の人道的対応を褒め称えているのだが、この若者は褒められ慣れていないのか謙遜しきりだった。


 死鷹は高い能力を持ちながらも自己評価が低い。これはおそらく『非能力者』という事で差別を受けてきたからなのだろうと思う。

 無礼な兄の対応からも察せられるが、この天針家では非能力者が蔑まれているような節があるのだ。……まったくもって度し難い話だ。


 龍の里でも超能力を持たない者は何人か居たが、村人たちは全く気にしていないので言われなければ分からないほどだった。

 あの村は大雑把な人間が多いので単純な比較はできないにしても、真面目で優秀な若者を軽んじているようでは一族の未来は暗いだろう。


「――死鷹です。客人をお連れしました」


 邸宅の正門を抜けた直後、死鷹は響き渡るような声で俺たちの来訪を報せた。

 一般的な来客であれば客間に案内されるところだろうが、俺たちと天針家は敵対関係にあるので致し方ない対応だ。事前に連絡も入れてないので文句は言えない。


「客人だと……? そんな話は聞いて……か、海龍ライゲンッ!?」


 不快そうな顔で玄関から出てきた男は、ライゲンを見た瞬間に絶叫を上げた。

 その叫び声を聞いて一斉に家人が飛び出てくるが、ライゲンを視界に入れた直後、天針家の人間たちは例外なく絶望に染まった。


 まるで死神に出会ったかのような深い絶望。


 ライゲンは天針四天王を圧倒したと伝わっているらしいが、その一件のせいで怪物扱いされてしまったのかも知れない。

 そんな凍った空気の中、先行した家人たちに遅れて老人の集団が顔を見せた。


「能無しっ、天針を裏切ったかッ!」

「飼ってやった恩義を忘れるとは、畜生にも劣る恥知らずが……!」


 おっと、これはいかん。案内人の死鷹が裏切り者扱いされているではないか。

 おそらくこの老人の集団が『長老会』なのだろうが、こちらの話も聞かずに死鷹を罵倒するとは嘆かわしい者たちだ。


「そう死鷹を責めてやるな。俺は読心能力――心を読む能力を持っている。俺の前で隠し事が出来るわけもあるまい」


 俺が口を開いた事で、場の視線が集中した。

 その多くは『誰だ?』『何言ってんだ?』という懐疑的な視線だが、俺としては関係者を集めて名推理を披露している気分なので悪くない。


「俺の眼は誰にも欺けない。そこのお前が左袖に暗器を隠し持っている事も分かっているし、そっちのお前がルカを人質に取ろうとしている事もお見通しだ」


 読心能力の証明がてら名推理を披露すると、指摘を受けた連中に動揺が走った。

 ちなみにこれは優しさでもある。身の程知らずにもルカを人質にしようと考えていた男などは、俺が止めなければ間違いなく命を散らしていたはずだろう。


「そもそも死鷹を責める理由がどこにある? お前たちは海龍を狙っていたんだろうが。標的を連れてきたのだから感謝すべきではないのか? どうした、そんなに怯えていないで襲い掛かってくればいい……フハハ、ハーッハッハッ!」

「せ、千道さん、皆を挑発するのは止めてください……!」


 理不尽な者たちに正論を叩きつけている中、他ならぬ死鷹から止められてしまった。言われてみると、聞きようによっては挑発しているように聞こえなくもない。


 きっとイジメを許さない正義の心が燃え上がってしまったのだろう。俺の正義感が強過ぎるのも考えものである。


「これは失礼、少々熱が入ってしまったようだ。――とにかく、俺たちは話し合いに来ただけだ。さっさと中に案内するがいい」


 俺は死鷹に軽く頭を下げ、長老会と(おぼ)しき連中に案内を要求する。

 正直に言えば長老会と分かり合える気はしないが、なるべく穏便に済ませると約束しているので努力はするつもりなのだ。


 ――――。


 俺たちが案内されたのは敷地内の道場だった。

 戦闘を恐れた長老会が案内してくれたまでは良かったが、流石に『遠い所をよく来たねぇ』と居間で歓待されるような事はなかったようだ。


 そして道場内の空気も居心地が良いとは言えないものだ。

 対面に陣取る長老会は敵意を剥き出しにしているし、道場の隅に集まっている天針家の人間たちは総じて顔色が悪い。ともあれ、俺が口火を切るとしよう。


「さて、こちらの自己紹介がまだだったな。俺の名は千道ビャク。海龍兄妹の友人として話を付けさせてもらう」


 これは天針と海龍の因縁に関わる話なので、本来ならルカたちが話し合いを主導すべきだろうが、この二人は交渉事に不向きなので俺が前面に出ざるを得ない。


 それでも、今回の和平交渉はそれほど難しいものではないはずだ。

 天針家に厭戦ムードが広がっているとは聞いていたが、その通りだった。


 好戦的な老人たちとは対照的に、道場の隅で縮こまっている人々は戦意が見えない。この邸宅に別の訪問者が現れれば『私が対応する』『いや私が』と、率先して場を離れかねないほどなので、これなら俺でなくとも話を纏めるのは簡単だ。


「俺たちの要求は決して難しいものではない。――天針家には海龍家から手を引いてもらう、ただそれだけの話だ」


 天針の血が外部に流出するのが気に食わないという話らしいが、その一事を諦めてもらうだけの事だ。もっとも……それに拘っているのは長老会の面々だけのようなので、他の天針衆からすれば諸手を挙げて受け入れたい話のはずだろう。


巫山戯(ふざけ)るなッ! 一族の掟に余所者が口を挟むでないわっ!」


 案の定と言うべきか、頑迷な老人が口角泡を飛ばした。この期に及んで慣習に拘っているとは、逆に感心してしまうほどの盲目ぶりだ。

 こうなれば仕方ない。ここは分かりやすく現状を教えてやるとしよう。


「それで良いのか? 俺たちとしては天針家を根絶しても構わないのだが……それが天針家の答えという事で、本当に良いのか?」

「ッ……!」


 武力外交は好みではないが、結果的に被害が少なくなるなら手段は選ばない。

 こうなるとライゲンを連れて来たのは正解だった。自動小銃を突きつけて交渉しているかの如く、ライゲンが横に座っているだけで交渉が円滑に進むのだ。


「ま、まてっ、掟に関わる事を即決するわけにはいかん。また日を改めて……」

「――喝ッッ! この俺に見え透いた時間稼ぎが通じると思ったか! 天に仇なす無礼者め、今すぐ腹を切れいっ!」

「せ、千道さん……!」


 おっと、いかんいかん。

 この武家屋敷めいた雰囲気に流されたのだろう、苛烈な大名のように切腹を命じてしまった。またしても死鷹に止められてしまうとは、冷静沈着な交渉人として恥ずべき事だ。……まったく、場の空気とは恐ろしいものである。


明日も夜に投稿予定。

次回、七一話〔当たってしまう予感〕

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