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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第一部 始まりの神桜
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七話 思わぬ来訪者

 俺は新聞配達を終えて事務所に戻っていた。


 今日の昼間の仕事は無い。探偵業の仕事が無いのは恒例の事として、今日は昼間のバイトも入れていないのだ。


 もちろん無為に時間を過ごしたりはしない。仕事が無い日は、情報収集がてらテレビを流しながらネットサーフィンだ。……どことなくニート的な雰囲気があるのは否めないが、探偵として情報収集は必要不可欠なので致し方ない。


 すやすや眠っていたカラスは事務所に戻った時には消えていたが、いつもの流れからすると夕方くらいにまた顔を出すものと思われる。


 あのカラスは昼間には何をやっているのだろう? と疑問を抱きつつ、マウスをカチカチしながら情報を流し見していく。


 多くの犯罪情報が沈んでいるネットの海。


 かつてこの国は犯罪の少ない国として有名だったが、この国に来訪した外国人の一部が犯罪グループとして徒党を組むようになった影響から、国内の治安は悪化の一途を辿っている。


 それらの連中は移民や出稼ぎとして来訪した人間の極一部に過ぎないが、連中のせいで真面目な外国人まで悪く見られているのは実に腹立たしい事だ。


 まぁそれはともかく、俺がネットで調べているのは犯罪グループの抗争などではない。俺が調べているのは、ある特徴を持つ事件だ。


 ――コンコン。


 事件の情報を拾い集めていると、探偵事務所に遠慮がちなノックの音が響いた。

 その音に、思わず耳を疑う。まさか、この探偵事務所に来客が訪れただと……?


 この千道探偵事務所の開業から三カ月が経過しているが、未だかつてこの事務所に依頼者が訪れた事はない。俺が幻聴を疑ってしまうのも当然だ。


 過去に仕事の依頼を受けた経験はある。

 飼い猫を探してほしいという猫探しの依頼、顔見知りの知人からの依頼だ。


 その際には電話やメールでやり取りを行い、結果として依頼者は事務所を訪れることなく解決に至っている。依頼達成の報酬もニャンコを渡すついでに先方の家で受け取ったのだ。


 だから、今回のように誰かが直接訪ねてきたのは初めての経験になる。

 この雑居ビルは風俗案内所や消費者金融が入っている事もあってか、訪問販売や宗教の勧誘すらも訪れたことがないのだ。


 俺は緊張しながら事務所の扉を開ける――そこには、記憶に新しい顔があった。


 薄暗い場所でも輝きを失わない金色の髪。一人で出歩かせるには不安を感じてしまうほどの小さな体躯。俺は驚きながらもその名を口にする。


「――カリン、か。また何かあったのか?」


 金髪幼女こと、神桜カリン。

 天下の神桜グループのお嬢様であり、つい先日に不埒者に襲われていた幼女だ。


 この探偵事務所の場所をどうやって知ったのか? という疑問はあったが、まずは訪ねてきた理由を聞くのが先だ。大した理由も無く来訪するとは思えないのだ。

 俺の問い掛けに、カリンは小さくビクッと震えてから息を吸い込む。


「な、なによっ! 用が無ければ来ちゃいけないって言うの!?」


 うむ、やはりこの金髪幼女は珍しい。

 刺々しい言葉を放ってはいるが、俺の目には悪感情が全く見えていない。


 つまるところ、カリンは心にもないことを言っている――必死になって虚勢を張っている、と判断すべきだろう。


 もしかすると『神桜家の人間』という環境の重さが、他人に隙を見せられない性質を作っているのかも知れない。

 そう思うと、俺の声は自然と柔らかくなる。


「……いや、またカリンと会えて嬉しく思っているぞ。お前のように善良な人間と話すのは嫌いじゃないからな」

「ふぇっ!? な、ななに言ってんのよ!?」


 ばたばたしながら狼狽えるカリン。

 どうやら俺の率直な言葉に動揺しているらしい。


 俺は他人の心が読めてしまうが故に、普段からなるべく嘘を吐かないように心掛けている。そうしなければ公平性に欠けるからだ。


 だから、カリンと会えて嬉しいという言葉も本当だ。この幼女にはチャイクルさんに近しい善性の雰囲気があるので、会話を交わしていると心が癒やされる気持ちになるのだ。


「こんなところで立ち話もなんだから中に入るといい。……なんだ、カリンの護衛の人間は居ないのか?」

「ご、護衛なら、下に居るわ」


 なにやら不自然なほどに緊張しているカリン。

 今日は真新しい学園の制服を着ているという事も相まって、入学して初めて教室に足を踏み入れるかのような雰囲気がある。


 この恰好からすると学園帰りに来訪したようだが、お嬢様がこの薄汚れた雑居ビルに馴染めないのは無理もない。そう考えればカリンが緊張しているのも納得だ。


 俺は金髪幼女にソファを勧めつつ、事務所の窓から路上を見下ろす。


 ……なるほど。たしかに雑居ビルの前に黒塗りの車が停車している。あの車の中に護衛が待機しているのだろう。


 なぜ護衛がこの場に同伴していないのか? という疑問はあるが、しかし今はそれより優先すべき事がある。今の俺が考えるべきは、カリンへの来客対応だ。


 なにしろカリンは初めての来客者。 

 将来の事を考えると、この貴重な機会に来客対応の経験を積んでおきたいのだ。


 もちろん、こんな事もあろうかと事前にシミュレーションはしている。まずは来客者に飲み物を提供させてもらうとしよう。

 俺はコップを用意し、水道の蛇口をきゅっと捻る――――いや、待てよ。


 来客者に水道水はまずいだろうか? 

 この地域の水道水はそこそこ飲める味だが、それでも水道水ならではのカルキ臭があるのは否めない。つい先日にも舌の肥えたカラスに文句を言われたのだ。


 本来ならお茶やジュースを提供すべき場面かも知れない……が、この探偵事務所にそのような贅沢品は常備されていない。


 ここはやむを得ない。贅沢品が無いなら、工夫を凝らしてカバーするしかない。

 俺は飲み物と菓子を用意し、小さな来訪者を歓迎するようにテーブルに置く。


「ほら、遠慮はいらないぞ。お代わりもたくさんあるからな」

「あ、ありがと……って、これお湯じゃないのっ! 私をバカにしてるの!?」


 手間を掛けてお湯を沸かしたにも関わらず、贅沢なお嬢様は激昂してしまった。

 この事務所における最大級のもてなしを受けておきながら、恩を仇で返すような不遜な態度である。とりあえず、これだけは訂正しておくべきだろう。


「おいおいカリン。それはお湯ではなく白湯(さゆ)と言ってくれ」


 来客者にお湯を提供すると聞くと非常識な感があるが、白湯と聞くと健康に良さそうな響きがある。そう、あえてお湯を提供しているというイメージがあるのだ。


「お湯はお湯でしょ! それにお茶請けのように出してるこれ――ただの角砂糖じゃないの!」


 お嬢様の我儘(わがまま)は止まらない。

 白湯に文句をつけただけでは飽き足らず、お茶請けの角砂糖にまで口撃の矛先を向けてしまったのだ。


 あらゆる場面で活躍する万能選手、角砂糖。

 料理やお菓子作りなどの団体戦だけではなく、ソロプレイヤーとしても有能なポテンシャルを秘めている逸材だ。天下の角砂糖を否定するとはどうかしている。


「口に入れる前から文句を言うものではないぞ。それは食わず嫌いというやつだ」


 お気に入りの角砂糖を軽んじられて思うところはあったが、なんとか年長者としての余裕を見せておいた。


 カリンは「それは食わず嫌いとは言わないでしょ!」と文句を言いながらも、根が素直なのか言われるがままに角砂糖を口に運ぶ。


「甘い……本当にただの角砂糖ね。このお湯も、本当にただのお湯ね」


 カリンはまだ不満げな様子を見せているが、糖分補給のおかげか冷静になったようだ。ともあれ、一連のやり取りで最初の緊張も解けたようなので本題に移る。


「まさか昨日の今日で訪ねてくるとは思わなかったぞ。よくこの千道探偵事務所の場所が分かったな」


 先日は名前を名乗っただけであって、探偵事務所の住所まで教えてはいない。

 神桜家の力を使って調べたにしても早過ぎる。カリンと最後に別れてから、まだ半日しか経っていないのだ。


「ネットで検索したら出てきたわよ。……それにしても、あんた本当に探偵だったのね。自称してるだけかと思ってたわ」


 金髪幼女は予想外の答えを返した。

 その言葉を聞いた直後、俺はすぐに席を立った。そしてパソコンで千道探偵事務所のウェブサイトにアクセスする。


 まさか、そんな――アクセスカウンターが回っている……!


 俺が四苦八苦しながら作成した事務所のホームページ。今まで俺しかアクセスしてなかったのでアクセスカウンターの数字は常に暗記していた。


 不動の構えを見せていた盤石のアクセスカウンターが……ついに、俺ではない他人の手で回されてしまった。まさかこんな日が訪れてしまうとは。


 あまりの過疎ぶりに住所を公開している事実を忘れていたほどだが、俺が苦心して作成したホームページには存在意義があったのだ。……いやはや、これはカリンのファインプレーに感謝せざるを得ないだろう。


本日分は終了です。

明日は朝昼晩の三回投稿予定。

次回、八話〔不埒者の正体〕

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