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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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六八話 落ち着かせる心

「――勝手に行くなよビャクっ!」


 部屋に招き入れるべく扉を開けた直後、開口一番に文句の声が飛んできた。

 ルカが不満を募らせている理由は他でもない、この食いしん坊が喫茶店でパフェに食らいついている間に姿を消してしまったからだ。


 しかし、これは意地悪をしたわけではない。


 天針家の標的である海龍兄妹は顔を知られている可能性が高かったので、ラウンジでの張り込みに同行させるわけにはいかなかったのだ。それを駄々っ子が聞き分けない恐れがあったので無断で離脱するのも致し方ない。


「悪かった。今回はルカが邪魔だったからな」


 俺は子供にも嘘を吐かない誠実な大人。

 誠意を込めて謝罪しつつもストレートに理由を告げてしまうのだ。


 短気なルカは当然のように「なんだとッ!?」と声を荒げるが、そこはすかさず「悪かった悪かった」と頭を撫で撫でして機嫌を取っておく。


 遊園地の約束を反故にした父親のようにルカの機嫌を取りつつ、俺はルカとライゲンを部屋の中に招き入れる。

 そして二人が部屋に顔を見せた途端――死鷹の顔が蒼白になった。


「海龍、ライゲン……」


 案の定と言うべきか、死鷹はライゲンの顔を見知っていたようだ。

 天針家は海龍兄妹を狙っていると聞いていたし、ライゲンは里を出てから四年も経過している身だ。死鷹がライゲンの顔を知っているのは当然と言えるだろう。


「ライゲンの顔を知っているなら話は早い。この二人がつけ狙われていると耳にしたからな、俺たちは天針家との因縁を断ち切る為にやって来たという訳だ」


 俺たちの目的を端的に説明しておく。

 ついでとばかりに「こっちがライゲンの妹のルカだ」と紹介すると、死鷹はルカの顔までは知らなかったらしく顔色をますます悪化させた。


 ルカは里を出てから日が浅いので顔を知られていないのは不思議ではないが……しかし、海龍兄妹に対する反応があまりにも異常だ。


 天針家に対する海龍家の方針は専守防衛だったので、海龍兄妹が攻めてきたという事実に動揺を隠せないのだろうか?

 大袈裟な反応に首を傾げている中、死鷹はゆっくりとした動作で床に正座する。


「どうか……どうか、一族の子供たちの命は見逃していただけないでしょうか」


 こちらを刺激しないように緩やかに正座したかと思えば、死鷹は頭を地につけて子供たちの助命を嘆願していた。そして俺は若者の土下座に動揺を隠せなかった。


「ま、まて、頭を上げるんだ」


 突然の展開に動揺しつつも頭を上げさせる。

 なにやら酷く怯えているので「っごっ!?」と飴を放り込んでおくのも忘れない。子供の警戒を解くには甘い物が一番なのだ。


 妬ましさからかルカが不機嫌になったので「もごっ!」と平等精神を発揮しておくのも当然の流れだ。一人だけ仲間外れは許されないのでライゲンの隙を窺うが、しかしこちらは全く隙がない。仕方ないので手渡しで直接渡すと、ライゲンは小さく頷いてから飴を口に入れた。


 ……よし、とりあえずこれで落ち着いた。


 全体的には混乱が増したような気がしないでもないが、少なくとも俺の頭はクリアになったので問題無い。俺は静かな声で死鷹に語り掛ける。


「まずは落ち着いて確認しよう。天針家は外部に流出した血脈を――海龍を狙っているという話を聞いていたが、それは間違いないな?」


 俺たちが遠征に来ている理由は、ルカたちの命が狙われていると聞いたからだ。

 ふと気が付けば、善良な若者を拉致して『ゲヘへッ……天針家の一族郎党を根絶やしにしてやるぜ』と脅しているような雰囲気になっていたが、本来はこちらが狙われていた側なのだ。俺の確認の言葉を受け、死鷹は悲壮感に塗れた顔で頷く。


「それは、確かに事実です……ですが、それは一族の総意ではありません。多大な損害を受けた事もあり、旧い慣習に縛られている強硬派は極少数となっています」


 死鷹は苦々しい顔で言葉を絞り出した。

 この様子からすると、旧い慣習に拘っている強硬派の存在を迷惑に思っているようだ。今回のように逆襲を受けるリスクもあるので当然と言えるが。

 だがそれはそれとして、死鷹の発言には聞き逃せない言葉があった。


「穏健派が主流になっているのは願ってもない事だが……その『多大な損害を受けた』というのは、過去に襲撃して返り討ちにでもあったのか?」


 事前に聞いていた話と大きく異なっているが、ルカの父親が出奔してから二十年以上も経っているので方針転換も分からなくはない。


 そして強硬派が発言力を弱めた要因が『返り討ち』にあるのなら、天針家との話し合いを始める前に確認しておきたいところだ。


「はい、その通りですが……。ライゲン氏から聞いていないのですか?」


 死鷹は信じられない事を聞いたような困惑顔だ。この反応から察するに、天針家に襲撃を受けたから報復に現れたものと考えていたようだ。

 俺の個人的な感情が発端になっているとは分かるはずもないので無理はない。


「…………」


 肝心のライゲン氏は押し黙っているが、これは不機嫌になっているわけではなく過去の襲撃について考え込んでいるだけだろう。

 ここは俺が助け舟を出しておくべきか。


「天針家は多大な損害を受けたと言うが、それはここ最近の話なのか?」

「過去に幾度となく襲撃に失敗したらしいですが……決定的だったのは、つい先月の『天針四天王』の一件です。四人を相手にして無傷だったと聞き及んでいます」


 ん、んん? 天針四天王……?

 急に何を言い出しているのだろうと思ったが、死鷹の様子からすると冗談ではなく本気で言っているようだ。


 バトル漫画などで主人公の敵として登場する存在、四天王。最初の一人を撃退すると『あいつは四天王の中でも最弱や!』と言われる定番のアレだ。


 まさかライゲンが物語の主人公のような体験をしていたとは……しかも死鷹の話では、四天王なのに四人掛かりで襲い掛かっておいて完敗だ。

 そんな事があったのなら強硬派が極少数になるのも無理はないだろう。


「どうだライゲン、先月の話らしいが心当たりはあるか? 時期からすると、お嬢様と海外で活動していた頃だろう」


 天針家が国外にまで足を運んでいたのは予想外だったが、相手の意表を突くという意味では悪くない考えだと言えるだろうか。肝心の結果はともかくとして。

 ライゲンは少しだけ考え、その重い口を開く。


「…………あれは私だけの力ではない」


 どうやら天針四天王の撃退に思い当たる節はあったようだが、ライゲンの口から出てきたのは意外な言葉だった。


 死鷹は意味が分からないのか困惑しているが、俺には発言の真意が分かった。

 余計な口を聞かないライゲンが他人の存在を匂わせたとなると、その相手は決まっている――そう、神桜ツバキだ。

 つまり、天針四天王の撃退には()()()()()()()()()()()()という可能性が高い。


 前々から疑問に思ってはいた。


 超能力は遺伝の影響が大きく、神桜家の娘であるカリンは超能力を持っている。この事から『神桜家は超能力者の一族ではないか?』と疑念を抱いていたのだ。


 ツバキと面談した際に聞くという手もあったが、しかしそれは出来なかった。

 その理由は他でもない。そんな質問をツバキにしてしまえば、逆説的にカリンが超能力者だと悟られてしまう恐れがあったからだ。


 カリンは心が読める能力を他人に知られる事を、その能力を知られて避けられる事を恐れている。だからこそ、不用意な質問をするわけにはいかなかったのだ。


「……そうか。天針四天王がどれほどの者だったかは知らないが、結果としてライゲンが無事に済んだようでなによりだ」


 天針四天王の撃退にはツバキが――ツバキの超能力が関与しているものと思われるが、あえてその事には触れずに話題を流しておく。


 ツバキは超能力者である事を隠していないという可能性はあるが、無意識の内にツバキの秘密を漏らしたとなればライゲンが気に病むかも知れない。

 この事は俺の胸に納めておくべきだろう。


「ところで死鷹よ。旧い慣習を重視する強硬派は少ないとの事だが、天針家の現当主はどちら側に属しているんだ?」


 天針家と和解の光明が見えてきたのは喜ばしいが、それでも現在の当主が『打倒海龍!』と強硬に訴えていたら和平交渉に差し障りが出る。


 一カ月前の時点では天針四天王を差し向けてきているが、その襲撃の失敗によって強硬派の当主が失脚したという可能性も考えられる。ここは確認しておくべきところだ。……だがしかし、死鷹から返ってきたのは予想外の返答だった。


「現在の天針家に当主は存在しません。先代の当主――あなた方の父親が逐電してからは、長老会による合議によって一族の方針が決められています。そして、現在の天針を動かす長老会は……強硬派です」


 長老会。また気になる単語が出てきてしまったが、その名称からしても旧い価値観に凝り固まっている連中のようだ。


 当主を選定しなくなったという話を聞けば、独裁政治が民主政治になったような雰囲気はあるのだが……好青年の死鷹から芳しくない感情が見えている事から考えても、長老会とは好ましい連中ではないのだろう。


「つまるところ、長老会を説得すれば万事解決という事だな。――よし、天針家の本拠地まで案内してくれ。俺が長老会に話を付けてやろう」


 説得が困難そうな相手ではあるが、目標が明確になっているのは悪くない。

 長老会が求心力を失っている節があるのも好都合だ。仮に長老会を成敗する事になったとしても、天針家の全てを敵に回すことになる可能性は低いはずだろう。


「……それは、出来ません」


 当然と言えば当然だが、死鷹は本拠地への案内を拒否した。

 ここまで死鷹が素直に話してくれたのは、万が一の際に穏健派へ敵意を向けられないようにする為だと分かっていた。だがそれでも、俺たちを全面的に信用して本拠地まで連れていくのはリスクが高過ぎるという事だ。


「死鷹の懸念は分かるが、俺たちは敵以外に牙を向けるつもりはない。間違っても無抵抗の子供に危害を加えたりはしないと約束しよう」


 天針家で俺たちの敵になる者は限られている。海龍を狙う長老会と……俺が個人的に許せない、超能力を悪用している輩くらいのものだ。


 世間を騒がせている『アシッド』か『ボム』のいずれかは天針家に属しているらしいので、海龍家の話とは別に話し合いをする必要があるだろう。


 それでも、問答無用で処断したりはしない。

 俺の『眼』の前で、今後は超能力を悪用しないと約束するなら見逃す余地はある。順当に行けば天針家の被害は最小限で収まるはずだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、六九話〔成長していた野生児〕

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