六四話 理不尽な来訪者
かつて世界中を襲った大厄災。この国でも厄災の残した爪痕は大きく、当時は東側にあった首都機能を西側に移すことを余儀なくされた。
俺たちが車から降り立ったのは西の歓楽街。昔こそ東側に遅れを取っていたが、今となってはこの国でも最大の歓楽街に成り上がった街だ。
「まったく、欲望の渦巻いている街だな……。とりあえずルカ、この街を観光するのはやる事を終えてからだぞ。俺たちは遊びに来たわけではないからな」
「ははっはっ!」
たこ焼きをもぐもぐしながらの素直な返事が返ってきた。なんとなく幸先が不安になるが、少なくとも指示に従う姿勢は見せているので良しとしよう。
「だがよぉ、相棒。天針家を潰すにしても、連中の拠点も分からないんだろ?」
この面子では俺に次ぐ意欲を持っているラスからの質問だ。
早速の別行動は可哀想という事で内ポケットに収納されているラス。
ラスと会話を交わすと俺が独り言を呟いている感はあるが、このカラスは旅行の目的を覚えている貴重な存在なので文句はない。
海龍兄妹などは天針家への関心が微塵も感じられず、ルカはもぐもぐ、ライゲンはぼんやり、といった自由な有様なのだ。
「そうだな、確かに天針家の拠点は分かっていない。神桜家に調査を依頼したわけでもないからな、完全に手探りの状態だ」
神桜家に依頼すれば天針家の根城を突き止める事も可能だったとは思うが、そこまですると『第三者には必要以上に関わらせない』という事前に決めたルールに抵触してしまう。神桜家にはこの地まで運んでもらっただけで充分だ。
神桜家の協力を仰いでもルカの父親は文句を言わないだろうが、これは俺が決めた事なので破るつもりはない。この件は関係者だけで片を付けさせてもらう。
「しかも目標とする場所が分からないばかりか、こちらには時間制限もある。俺たちに与えられている時間は二日だけだ」
ここで言う時間制限とは他でもない、俺たちが抱えている仕事の事だ。
新聞配達は豚まんをお土産にする事を約束してロマルドに任せてきたが、仕事を抱えているのは俺だけではなくライゲンやルカも同じだ。
特にライゲンは想い人と離れ離れになっているのが寂しいのか覇気がない。これは一刻も早く仕事を片付けねばならないだろう。
「だがしかし、二日も時間があれば充分だ。――俺は名探偵、天針家の本拠地を突き止める手立ては考えてある」
これが一般の個人を捜すという話なら困難を極めたはずだが、今回の標的は歴史のある暗殺者一族だ。市井に生きる人間は知らなくとも、相手が名の知れた組織なら手掛かりはいくらでもある。
天針家の本拠地探しについては単純明快。
街の交番で『有名な暗殺者一族の拠点が知りたい』と聞いても成果は得られないだろうが、尋ねる相手によってはその限りではない。
蛇の道は蛇。
裏社会で有名な一族の事なら、同じ裏社会で生きている人間に聞けばいい。そして、反社会的勢力でありながら堂々と看板を掲げている組織には当てがある。
――――。
「なんやワレ、ここをどこやと思っとるんや!」
大声で威嚇しながら敵意を剥き出しにする男。こちらが礼儀正しく話し掛けた直後、問答無用で喧嘩腰な態度を取られてしまった形だ。
広域指定暴力団――殴暴組。昨今では海外勢に押されて勢力を弱めつつあるが、それでもこの国で最大の反社会的勢力と言えば殴暴組になる。
ここなら暗殺者一族の情報を得られるだろうという事で、ネットで調べた殴暴組の事務所に足を運んでみたのだが……なぜ普通に接しているだけで敵意を向けられてしまうのか。血の気が多いにも程があるというものだ。
「まぁまぁ、そう吠えるな。ところで三下よ、お前は『天針』という名に心当たりはないか? もし知らないなら、知ってそうな人間に心当たりは?」
「誰が三下じゃあ! おどれぇ、舐めとったらいてもうたるでッ!」
どうやらこの男は天針を知らないらしい。
事務所の入り口で出会った男が知っていれば話は早かったが、世を忍ぶ暗殺者一族という事で殴暴組の下っ端には知られていないようだ。
しかしまだ諦めるのは早い。末端の構成員に知られていなくとも、事務所に居るであろう幹部クラスの人間なら『天針』の名に反応を示すに違いないのだ。
「なにシカトしとんぶぼぉっ!?」
「――うるせぇッ!」
おおっと、これはいかん。がなり立てる男に苛立ったのだろう、うちの暴れん坊がボゴッと殴り飛ばしてしまった。
大声で威嚇していた男とは対象的に、我らがルカは脅し文句すら発しない。有無を言わさず問答無用の右ストレートである。
しかし、男は大声で『いてもうたるで!』と叫んでいた。これはもちろん『イモータルやで!』と永久性をアピールしていたわけではない。
あろう事か、善良な小市民である俺を恫喝していたのである。
法律的には大声で威嚇するだけでも暴行罪が適用される――そう、ルカの一撃には正当防衛的な要素があったと言えるのだ。
「まぁ、これは仕方がなかった。……だが、ルカ。今回は戦闘を控えて穏便に済ませるという約束、ちゃんと覚えているだろうな?」
「当たり前だろっ!」
いきなりグーで殴っておきながらこの自信。
ノックアウトされた男は辛うじて生きているようだが、当たりどころが悪ければ死んでいても不思議ではなかった。それなのにルカは『失礼だぞ!』と言わんばかりの強気な態度である。
そしてそう、今回は情報収集に訪れたので殴暴組と事を構えるつもりはない。
既に手遅れである気がしないでもないが、あくまでも優先順位は天針家だ。
殴暴組が悪事を働いている組織だとしても、その対応は国家権力に任せたい。
だがしかし……このまま手を打たないと、なし崩し的に争いになってしまう予感がある。ここは秘密兵器を投入しておくべきだろう。
「非暴力の約束を覚えているとは偉いぞ。褒美にこの焼き鳥セットをやろう」
結果はともかく、俺との約束を遵守しようとしているのは良い事だ。そこでその意識の高さを褒め上げ、途中で買ってきた焼き鳥セットを振る舞っておく。
「どうだ、美味いか?」
「……ん、んあいっ」
これにはルカもニッコリ。
そして、この焼き鳥セットの効果はルカの一時的な幸福だけではない。
約束を守る事で褒美が与えられるという意識付けをしつつ、しかも焼き鳥を食べている間は大人しくなるので、新たな犠牲者が生まれる事も無くなるのだ。
「…………」
ライゲンは焼き鳥を幸せそうに食べている妹に温かい眼差しを向けているが、一見すると温厚そうなライゲンにも油断は禁物だ。
なにしろルカが男を殴った時にも同じような眼差しを向けていた――そう、海龍一族だけあって感性がズレているのだ。
一応はライゲンにも戦闘行為は控えるように頼んでいるが、ルカの例を考えれば迂闊に目を離すのは危険だ。とりあえず『殺し』だけは避けておきたい。
「カァァッ……」
電柱の上から聞こえるラスの鳴き声。なにやら物言いたげな声音に聞こえるが、おそらくは俺の平和的な手腕に感心しているのだろうと思う。
事前に焼き鳥セットを購入しておいたのはファインプレーだったという事だ。
まぁ正直に言えば、海龍兄妹にはラスと一緒に待機してもらいたかったのだが……こんな時に限ってルカは『ビャクと一緒に行くぞっ!』とやる気を見せ、ライゲンも報告材料を求めたのか同行を表明してしまったのだ。
当事者たちが前向きな姿勢を見せているのに断れるはずもないので、こうなれば手早く情報収集を終わらせて即刻退散するのみである。
明日も夜に投稿予定。
次回、六五話〔増えていく犠牲者〕