六三話 報告されてしまう訓練
高速道路を走るのは一台のリムジン。
高級車の威容が自然と周囲の車を遠ざけている事もあって、俺たちを乗せたリムジンは快適な旅を実現していた。
リムジンが向かっているのは西方。西に拠点を持つ天針家を潰すべく、神桜ツバキが用意してくれた足で移動している最中である。
「カァッカッ、嬢ちゃんは退屈そうだぜ」
ラスが器用にスマホを操作しているとは思っていたが、どうやらこの場に居ないカリンとチャットをしていたようだ。
ちなみに運転席とは仕切りで区切られているので、カラスがぺらぺら喋っていてもスマホをすいすい操作していても特に問題は無い。……もっとも、ツバキが手配した運転手なら心配するまでもないだろうが。
「カリンが一緒に行けないのは仕方ない。今回は遊びに行くわけではないからな」
争闘目的の旅行にカリンを同行させられるはずもないので今回は留守番だ。
この車に乗っているのは俺と海龍兄妹、そしてラスだけだ。
本来ならラスも同行させるべきではないのだが……無言のラスの悲しそうな瞳に負けて同行を許可してしまった。
だが、もちろんラスを争闘に関わらせるつもりはない。基本的には近くの電柱からストーキングしてもらうという約束だ。
「ビャク、それは何やってんだ?」
車内のお菓子を食べ尽くしたルカが不思議そうに聞いてきた。ルカが疑問に思うのはもっともなのだが、しかしそれは今更の質問だ。
食いしん坊が意識を向けていなかっただけで、俺は『これ』を車に乗った直後からやっている。反応が遅いので護衛職として注意不足と言わざるを得ないだろう。
「ふふ、今更の質問だが答えてやろう。これは念動力の訓練をしているんだ」
広い車内にあるテーブル、その上では電車の玩具がぐるぐると周回している。
俺は車に乗って早々にこれを設置し、ラスと雑談している時にも目を離さずに凝視し続けていた。車酔いを恐れない強気な姿勢である。
そしてこれは童心に帰っているわけではなく、念動力のトレーニングだ。
切っ掛けになったのは孤児院の家族となった超能力者、綿貫ミスミ。
俺と同じ物質干渉型でありながら、ミスミの転送能力は発動速度が早かった。
最初は能力の違いによるものだと考えたが、得意げなミスミから『大事なのは練習方法ですよ』と、一押しの電車トレーニングを教えてもらったのである。
ミスミ曰く、動く物体を対象に練習すると発動速度の向上に繋がるとの事だ。
「うっ……」
俺が念動力のトレーニングと告げた途端、ルカは警戒心を見せて身を引いた。
もちろんその理由はお見通しだ。俺は名探偵なので人心の機微には聡いのだ。
「ふふ、安心しろルカ。パイタッチの一件を思い出しているのだろうが、特に理由もないのにルカのおっぱいを狙ったりはしない。俺は紳士的な名探偵だからな」
「うぅぅっ……」
おや、おかしいな? ニッコリと安心を送ったにも関わらず、ルカは辱めを受けたかのように赤い顔で唸っている。
どうした事かと思案している中、俺のスマホがメッセージの着信を報せた。
なんとなく気になってスマホに目を向けると、それは――『ルカにセクハラするのは止めなさいっ!』というカリンからのメッセージだった。
まるでリアルタイムで現状を見ているかのようなメッセージ。この車は監視されているのか? と車内を見回すと、情報の発信源はすぐに特定出来てしまった。
「カァッ」
許されざる悪事を白日の下に晒したと言わんばかりの鳴き声。これは間違いない、あの鳥類がスパイカラスとなってカリンに情報を送っていたのだ。
俺の相棒を自称していながら他者に不利益な情報を流すとは……いや、冷静に考えると俺の言い方にも問題はあったか。
俺としては『パイタッチはしないから安心しろ』と警戒を解いたつもりだが、ルカの反応からするとその言葉が引き金になって意識させた感があるのだ。
下手におっぱいを意識させたのは俺の不覚。
とりあえずルカの頭をぽんぽんと叩いて機嫌を取りつつ、俺が失態を犯したという空気を切り替えるべく話題を変える。
「ところで、ライゲンは何をやってるんだ? ネットでもやってるのか?」
一人で黙々とスマホを弄っているスーツ姿の大男。俺たちが車内で騒いでいても泰然自若の構えでスマホに集中していたが、そもそもライゲンに電子機器というイメージがないので著しい違和感があった。
「……お嬢様に定時報告だ」
ライゲンは顔を上げてボソリと答えた。
この男は寡黙であっても人の質問を無視したりはしない。だから答えが返ってきた事に驚きは無いが、しかしその内容には違和感しか無かった。
「ちょっと待てライゲン、今日は非番の扱いではないのか?」
「……私はお嬢様の護衛だ」
ふむ、なるほど。
つまり常在戦場ならぬ、常在職場。
非番の日であっても護衛である事には変わりがないという事か。
休日も縛られているブラック職場だと思えなくもないが、ライゲンからは嬉しげな雰囲気が感じられるので問題は無いのだろう。
「ライゲンは忠義に厚い男だな。いや、この場合は愛情が深いと言うべきか」
俺が素直に感心すると、ライゲンは我が意を得たりとばかりに重々しく頷いた。
好きなものを臆面もなく『好き』と表現するのは歳を重ねるごとに難しくなるものだが、この男は清々しいほどに堂々としている。しかし、それはそれとしてだ。
「だがライゲン。定時報告と言うが、まだ出発してから間もない段階だぞ。いくら定時報告にしても早過ぎるだろう」
「……一時間に一回、お嬢様に定時報告を送る事になっている」
定時報告が多過ぎる……!
非番の日の定時報告にしては異常な頻度。ライゲンに休日は存在しないのか。
ライゲンの口ぶりからするとツバキから言いつけられている節があるが、これではまるで束縛の強い彼女のようではないか。……もしかすると、ライゲンはツバキから熱愛されているのだろうか?
「そ、そうか……。しかし車に乗っているだけでは報告する内容にも困るだろう。一体どんな内容を報告をしているんだ?」
気になって尋ねてみると、ライゲンは拘ることなく無言でスマホを見せてきた。
無警戒な行動だが、俺の事を信頼してくれていると思えば少し嬉しくもある。
それにしても、この寡黙な男はどんな内容を報告しているのだろうか――
『千道ビャクは電車の玩具を走らせて見詰め続けている』
なっっ!? な、なんだこれは……!
これだけを読んだら、俺がちょっとアレな奴のようではないか……!
しかもこの報告内容からすると、一時間後も全く同じ内容になりかねない。
次にツバキと会った時に『電車とか好きそう』と煽られること間違いなし……!
「うぅぅむ、確かに内容として間違ってはいないが…………まぁ、いい。人のメール内容に口を挟むのも野暮だからな」
他に言い方があるだろうとは思ったが、ライゲンが想い人に送っているメールの内容を監修するわけにはいかない。
気が付けばラブレターを代筆しているような事態になってはいけないのだ。
「そういえば……ライゲンはカンジの嫁探しをしているのか?」
定時報告が一段落ついたところを見計らってライゲンに尋ねてみた。
ライゲンは実直な男なので引き受けた事をやらないとは思えないが、この無骨な男がカンジの嫁探しをしている姿が想像できないので気になっていたのだ。
しかもカンジは『年上の巨乳で暴力的な女がいい』などと図々しい事を言っていたので尚更に心配だ。ライゲンでなくとも無理難題である。
「……ああ」
「そうかそうか、探しているのか。ちなみにどんな方法で探しているんだ?」
「……お嬢様に相談した事がある」
予想外の答えに不安が募る。
それは、大丈夫なのだろうか……?
なにしろライゲンは口下手だ。色々と言葉が足りずに『……年上の巨乳を紹介していただきたい』などと口走って誤解を招いている気がするのだ。
「な、なるほど……。その時はどんな反応が返ってきたんだ?」
「……三日間、暇をいただいた」
うっっ、ツバキの不興を買って暇を出されていた感がある……!
だが、それも不思議な話ではない。自分に求婚してきた男が『年上の巨乳を紹介してほしい』などと言い出せば、冷静沈着なツバキであっても不快感を覚えるというものだ。しかもツバキは年下でスレンダーである。
これは俺の方から誤解だったと口添えしておくべきだろうか……?
いや、昔の話らしいので流石に誤解は解けているはずだろう。純朴なライゲンと数年も過ごせば人間性が分からないはずがない。
しかしそれにしても、罪深きはカンジだ。明らかにカンジの方が社交性に優れているのに、よりにもよって口下手なライゲンに嫁探しを頼むとは。
「ライゲン、もうカンジの嫁探しをする必要は無いぞ。自分で嫁を探すように言ってあるし、カンジは近い内に街へ出てくるとも言っていたからな」
「……そうか」
静かに頷くライゲン。
その姿がホッとしているように見えるのは気のせいではないはずだ。
嫁探しを重荷に感じていたのか旧友に会えるからなのかは分からないが、俺としても心が温かくなる思いである。
ただ……状況的にカンジがツバキに恨まれている可能性があるので、カンジと再会した暁には刺客に気をつけるように助言を送っておくとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六四話〔理不尽な来訪者〕




