六十話 希少な能力者
「ちなみにミスミはどんな能力が使えるんだ? ああもちろん、言いたくなかったら言わなくても構わないぞ。俺はプライバシー問題に理解があるからな」
あっさりと念動力の存在を受け入れているミスミに聞いてみた。
相手の能力を聞くのはマナー違反なのかも知れないが、なんとなくミスミなら抵抗なく教えてくれるような気がしたのだ。むしろ聞いてほしそうな印象がある。
果たしてミスミは、その質問を待っていたとばかりに目を輝かせた。
「ふっふっ……養父から他人に話すなと言われてましたが、その養父も失踪しましたからね。ビャクさんも超能力者のようですから特別に教えてあげましょう」
ミスミはふふ~んと得意満面の笑みだ。
この反応からすると、前々から誰かに話したくて仕方がなかったようだ。座敷牢生活では秘密を漏らすような相手もいなかったはずなので尚更だろう。
俺が好奇心を抱いて見守る中、ミスミはおもむろに積み木を手に取った。
「この積み木をよく見ていてくださいね。…………はぁいっ!」
「おぉっ!?」
ミスミの気の抜けた掛け声で発動した超能力。
俺は不覚にも驚きの声を上げてしまったが、しかしそれも仕方がない。ミスミの手に掴まれていた積み木、その積み木が――忽然と消えたのだ。
「これは消え……いや、転送したのか」
かつてのダム太郎のように積み木を見えなくしたのかと思いきや、よく見るとミスミの持っていた積み木は別の場所に移動している。
俺が作った積み木なのだから見間違えるはずもなかった。
……しかし、これは本当に驚きだ。
積み木がテレポートするという超常現象そのものにも驚かされたが、ミスミの能力が転送能力、いわゆる『物質干渉型』であった事が完全に予想外だった。
超能力の種別は自己干渉型、他者干渉型、そして物質干渉型があると聞いたが、その中でも物質干渉型は希少だと聞いていたのだ。
「よく分かりましたね、その通りですっ! ほら見てください、ほらほら」
自慢の超能力を見せるのが楽しくて堪らないのか、ミスミはどやぁどやぁと次々に積み木を転送して積み上げていく。
それを微笑ましい思いで見守っている内に、ふとある事に気が付いた。
「ミスミ……お前、相当な鍛錬を積んでるな」
読心能力も念動力もそうだが、超能力は最初から使い物になるものではない。
超能力は筋力などと同じく、何度も繰り返し使っていく事で少しずつ力を増していくものだ。この事はルカの父親にも確認したので間違いない。
そして、ミスミの転送能力。
どうやら触れた物を任意の場所に転送する能力のようだが……ミスミが触れた瞬間に転送されている上に、その積み木が寸分の狂いもなく積まれている。
この発動速度や転送精度が尋常なものではない事は明らかだろう。
「えへへ〜っ、分かりますか? 座敷牢に置いてある本や映画も飽きちゃいましてねぇ、退屈凌ぎに練習してたら上手くなっちゃったんですよ〜」
超能力の練度を認めてもらえて嬉しいのだろう、ミスミはさりげなく重い過去を匂わせつつもニコニコーッと顔を緩めている。
なんとなく切ない気持ちで顔が曇りそうになるが、しかしここで求められているのは同情などではない。今は全力で褒めるべき場面だ。
「俺も念動力を練習したからな、ミスミの研鑽が手に取るように分かるぞ。よくぞここまで磨き上げたものだ。よしよし」
「ひあっ!?」
優しい気持ちで自然と笑みを浮かべ、労をねぎらうようにミスミの頭を撫でる。
最初こそ驚いていたミスミだったが、しばらく撫でていると「でへ、でへへっ……」と溶けそうな顔に変化してきた。
好色なおっさんみたいな声を漏らしているのはどうかと思うが、ミスミの半生を考えれば頭を撫でられる機会も少なかったに違いない。
年頃の娘らしからぬ反応にも眼を瞑ってやるべきだろう。
だが、それにしてもだ。
光人教団、監禁、という単語がカリンの誘拐事件を連想させたのでミスミも超能力者だと予想したのだが、しかしミスミが監禁されていた理由が判然としない。
そもそも光人教団の教祖を尋問した時にミスミの名前が挙がらなかった――つまり、教祖の関知しないところで監禁されていたという事になる。
お飾りの教祖なので知らされていなかったとも考えられるが、どのみちミスミを監禁していた事に疑問が残るのは同じだ。
カリンの時は懐柔して味方に引き入れるという目的があったらしいが、ミスミの場合は懐柔されるでもなく監禁されていただけなのだ。……もしかすると、ミスミの能力が使えない能力だと判断されたのだろうか?
物質干渉型の、希少な能力者の『血統』が目的だったという可能性もある。
超能力は遺伝する傾向があるらしいので、希少な物質干渉型に子供を産ませて超能力者の子供を作るという訳だ。養父から性的な目で見られていたという話だったので可能性的にはあり得る。
……いや、胸の悪くなる想像は止めておこう。
ミスミの実の両親が失踪した件についても光人教団の関与が疑われるが、もう全ては終わってしまった事だ。ただ、これだけはミスミに伝えておくべきだろう。
「……一応はミスミの養父の事を伝えておこう。お前には知る権利があるからな」
言うべきか迷ったが、ミスミにも養父の顛末を伝えておくべきだと判断した。
結果だけを見れば、光人教団が壊滅した事でミスミは座敷牢から解放されている。光人教団の壊滅はミスミにとってプラスに働いたという形だ。
だがそれでも、ミスミの養父の命を奪っておきながら素知らぬ顔をするわけにはいかない。それではあまりに不誠実というものだ。
「光人教団の人間が失踪したという話があったな? 正確に言えばそれは真実ではない――全員が死亡しているんだ」
唐突に物騒な話が始まったのでミスミは目を白黒させているが、俺は感情を交えずに淡々と事情を語っていく。
友人が乱暴な手段で攫われたこと、今後の憂いを断つべく教団員を殲滅したこと、光人教団の施設の近くに建設中のダムがあったこと。
「そして俺の質問に対し、協力者はこう告げた――『ダムです』、と」
「ダム怖いですーっ!!」
全てを語り終えて返ってきた感想はそれだった。無意識の内に怪談を語っているような雰囲気になっていたからかも知れない。げに恐るべきはダムである。
俺もダムが少し怖くなっているのでミスミの意見には同意なのだが、しかしその結論で終わりにするわけにはいかない。
まだミスミには選択すべき事があるのだ。
「過程はどうあれ、俺はミスミの養父の仇という事になる。もしも仇討ちがしたいのなら遠慮は要らんぞ。正々堂々と返り討ちにしてやろう」
「えぇ〜っ! そこは素直に討たれるところじゃないんですか〜!」
誠実に仇討ちの権利を認めたところ、なぜかミスミから不満の声が上がった。
フェアに情報を開示しているばかりか、養父の仇討ちに挑戦する権利も認めている。これほど公明正大な対応をしているのに文句を言われるとは心外だ。
「お前は何を言っているんだ。俺がミスミの養父の死に関与した事は事実だが、間違った事をしたつもりはないからな。無抵抗でやられるつもりは毛頭ないぞ」
「はぇ〜、ビャクさんは揺るぎないですねぇ」
どうやら名探偵としての信念に感銘を受けているらしい。そして聞く前から予想はしていたが、ミスミには養父の仇を討とうという考えは欠片も無いようだ。監禁されて性的な視線を向けられていたのだから当然と言える。
ともあれ……これで最低限の義理は果たしたので、これからは他の子供たちと同様に家族として扱わせてもらうまでだ。
ミスミの年齢的に学園に行くのか働くのかは分からないが、どちらを選ぶにしても全力でサポートしてやりたいものである。
明日も夜に投稿予定。
次回、六一話〔天空の会談〕