五九話 作っていた原因
なにやらニコニコと上機嫌な様子のミスミ。
俺の職業を見事に当てたからだろうと思っていたが、それだけではなかった。
「それにしても、まさかビャクさんもポロリが好きだとは思いませんでしたよ。実は私もポロリが大好きなんですよ〜」
「いや、別に好きではないぞ。たまたまタイトルに騙されて観てしまっただけだ」
不本意な誤解をされたので全力で否定する。
好きな映画どころか、むしろポロリには憎しみを感じているほどだ。名探偵の名を汚された上に、このような屈辱を味わわされたのである。
だが否定を受けたにも関わらず、ミスミはニンマリと笑みを浮かべた。
「またまた〜、ビャクさんはツンデレですねぇ。この飴がなによりの証拠ですよ」
「飴? このミルク飴がどうかしたのか?」
「モロ子ちゃんの口癖が『飴ちゃんやるで!』でしたもんね。ビャクさんがモロ子ちゃんをリスペクトしてるのは分かってますからね!」
していない……! とんでもない濡れ衣だ!
確かにパンチパーマのヒロインがそんな事を言っていた記憶はあるが、俺が飴を持ち歩いているのは映画を観る前からだ。断じてモロ子の影響ではない!
しかし、これはまずい。あの映画はそこそこ古かったので、もしかすると起原主張に負けてしまうという可能性があるのだ。
「そんなわけがあるか。――ともかく、施設を案内するから付いてこい」
起源主張問題に触れると泥沼化しそうなので話を打ち切って歩き出す。
分かってますよと言わんばかりのミスミのしたり顔には若干イラっとするが、子供には寛容に接しなければならないのだ。
「――ここが食堂だ。個人的なお菓子を置いておく事も可能だが、その場合は名前を書いておくのを忘れるなよ。名前が書いてあっても子供に食べられるが」
「はへーっ、名前を書く意味ないですねぇ」
口答えが絶えないミスミに孤児院のルールを教えながら案内していく。
素直なのか素直じゃないのか分からない態度のミスミだが、少なくとも新しい環境に緊張した様子が見られないのは喜ばしい。
孤児院に来る子供は心を閉ざしているケースも多いので、こうして減らず口を叩けるなら安心出来るというものだ。
「ときにミスミは十五歳と聞いたが、これまではどこの学園に通っていたんだ?」
ミスミはルカと同年だが、しかし二人を同列に考える事はできない。
義務教育の存在しない村で育ったルカとは違い、このミスミは一般社会で生きてきた少女。常識的に考えれば学園に通っているのが普通の年齢だ。
どのような事情で孤児院に入ることになったのかは知らないが、もしも転園を余儀なくされていたのなら、新しい学園に馴染めるように協力しなければならない。
「いえいえ、私は学生じゃないですよ。これまでは座敷牢に居ましたからね」
ざ、座敷牢……?
ミスミは笑顔で軽く言っているが、俺の想像以上に重い話が飛び出してきた。
この孤児院に入る子供が重い事情を抱えている事は珍しくない。親から虐待されていたり捨てられたりと言った話は枚挙に暇がないのだ。
しかし、座敷牢に入れられて学園にも通っていないとなると常軌を逸している。
俺が沈痛な思いで言葉を無くして固まっていると、それに気付いたのかミスミは否定するように手をぱたぱたと振る。
「あ、でも全然大丈夫です。座敷牢も慣れれば快適ですからね。最近になって養父が私を見る目が怪しく……いやらしい目付きになってきたのは怖かったですが、その養父も失踪してしまいましたから」
なんてこった、どこにも大丈夫な要素が存在しないではないか……。
ミスミの話では退屈凌ぎ用に本やテレビも提供されていたらしいが、引きこもりを強制される生活が楽なものだったとは思えない。
しかも養父が自分の貞操を脅かしていたとなると、座敷牢に囚われた身としては心が休まる暇もなかった事だろう。
「……うむ、そうかそうか。ミスミも色々と大変だったようだな」
だが俺は苦々しい気持ちを飲み込み、あえて笑みを浮かべて軽い言葉を返した。
本人が明るく告げているのに重苦しい顔をするのは駄目だ。ネガティブな感情は俺の中だけに留めなくてはならないのだ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、ミスミは「終わり良ければ全て良しですよ〜っ」と朗らかな笑顔だ。この笑顔は全力で守ってやりたいものである。
「……しかし、養父が失踪とは穏やかではないな。思い当たる節はあるのか?」
それはそれとして、事件性のある話を無視するわけにはいかない。
もしも養父が不穏な事件に巻き込まれていたとしたら、それがミスミに害を及ばさないとも限らないのだ。ミスミの今後の為にも聞いておくべきだろう。
「私の実の両親も失踪してますからね、失踪するなんて珍しくもないですよ~」
実の両親も失踪……?
恐るべき情報を問い質してみると――ミスミは小さい頃に両親が失踪したらしく、その後に義理の親となった人間に座敷牢生活を強いられていたとの事だった。
最終的には義理の両親の失踪によって警察が動き、屋敷に囚われていたミスミが警察に保護される運びとなったようだ。
相次ぐ失踪によってミスミ的には『失踪なんて日常茶飯事』という認識が生まれているらしいが、しかしこの国はそのような失踪国家ではない。
人生で保護者が二度も失踪しているのは明らかに異常だ。この異常事態は見過ごせないと内心で考えていると、ミスミの話は核心に触れる。
「養父は宗教団体の幹部だったと聞きましたが、なんでもその宗教団体の人たちが全員居なくなっちゃったらしいんですよ」
それは、とても身に覚えのある話だった。
これはどう考えても……先に壊滅させた『光人教団』の事ではないだろうか?
い、いや、まだそうと決めつけるのは早計だ。無関係な宗教団体が借金苦で夜逃げしたという可能性もあるのだ。
「なるほどなるほど……。ところでミスミ。つかぬことを聞くが、その宗教団体はもしかして光人教団という名だったりするか?」
「えっ、なんで分かったんですか?」
やっぱり光人教団の事だった。
そしてミスミの養父が光人教団の幹部だったとなると、失踪した養父がダムに転生してしまっている事は疑う余地がない。
――いや、待てよ。
そこまで思考したところで、不意に奇妙な引っ掛かりを覚えた。
失踪した実の両親。義理の娘として引き取っておきながら座敷牢に入れる養父。そしてその養父は、あの光人教団の幹部だった。……これは、もしかすると。
「ミスミ、ちょっといいか?」
俺はミスミの手を引いて小部屋に連れ込む。
ミスミは能天気に「私をこんな所に連れ込んでどうするつもりなんですかーっ?」とニヨニヨしているが、そんな戯言は完全に聞き流して核心を突く。
「もしかして、ミスミは人と違うことが出来たりしないか? それも頭が良いとか運動が出来るとかではなく、誰にも出来ないようなことだ」
「どきっ!?」
ミスミは隠し事ができないのか隠す気がないのか、わざわざ動揺を口に出して肯定してくれた。どことなく看破された事が嬉しそうですらある。
カリンが巻き込まれた事件と類似性を感じたのでカマをかけてみたが、この反応からすると間違いないだろう。ミスミは俺と同じく――『超能力者』の類だ。
「ああ、安心しろ。お前が人と違っていても気にする必要はない。俺にとってミスミが家族である事には変わりがないからな」
とりあえずミスミの頭に手を置いて「はわっ!?」と安心させる。
ミスミは身体に電流が流れたようにビクっとしているが、その生い立ちを考えれば触れ合いに慣れていないのも無理はない。
これでミスミも落ち着いたという事で、まずは俺から手の内を明かすとしよう。
「そうだな……話の続きの前に、あそこに置いてある積み木を見てみろ」
「はぁ、積み木ですか……?」
百聞は一見に如かず。
俺も同じ超能力者だと説明するより、念動力を見せてやった方が手っ取り早い。
カリンに説明する際には読心能力の方を披露したが、あれはカリンが同種の能力を持っていたからだ。基本的には念動力の方が分かりやすいはずだろう。
「……あれっ、動いた!?」
動け動けと念じて動かすと、ミスミはずずっと移動した積み木に目を見張った。そして不思議そうな様子で積み木をいじり始める。
「う~ん、普通の積み木ですねぇ。すべすべして触り心地がいい積み木です」
「――ほう、そこに気付いたか。実はその積み木は俺の手作りでな、子供が怪我をしないように目の細かいサンドペーパーで丹念に削ってあるんだ」
「ええっ、これビャクさんが作ったんですか!? すごいですーっ!」
この孤児院は運営予算が少ないので、俺は手先の器用さを活かして自作の積み木をプレゼントしたのだ。手間を掛けた甲斐あって子供たちにも評判が良かったのだが、まさかミスミにも褒められてしまうとは予想外だった。
密かに自信作だったので素直に嬉しい。
「ふふ、ミスミは良い目をしているな…………いやいや、違う。ここで着目すべきは積み木の出来ではなく、俺が念動力で積み木を動かしたという点だろう」
「ははぁ、念動力で動いてたんですか~」
盛大に話が逸れていたので軌道修正である。
積み木が手作りだったと発覚した時より小さいリアクションが返ってきたが、俺としては積み木の完成度を称賛される方が嬉しいので問題は無かった。
明日も夜に投稿予定。
次回、六十話〔希少な能力者〕