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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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五三話 湯けむりの結婚相談

「――ルカは躊躇(ちゅうちょ)なく顔面を殴るから良いよな!」

「特殊な性癖の同調を求めるのは止めろ。それに俺はルカに殴られた事はない」


 屈託のない笑みを浮かべて狂った持論を展開する男、山龍カンジ。

 俺の返答を聞いたカンジは「あのルカに殴られた事がないのかよ!?」と驚いているが、この村でルカがどんな生活を送っていたのか気になるところだ。


「それにしても……この村には各戸に露天風呂があるとは素晴らしいな。カンジの家もそこらの温泉旅館に引けを取らないぞ」


 俺は温泉で寛ぎながら素直に称賛する。

 龍の里では温泉が湧いており、各戸に源泉掛け流しの露天風呂が存在するという夢のような環境が実現されていた。俺が浸かっているのは山龍家の温泉だ。


 真っ昼間から温泉に浸かっている俺とカンジ。こんな状況になっている理由は他でもない、海龍家を訪問したもののルカの両親が不在だったからだ。

 

 事前に連絡をしてなかったので文句は言えないが、ルカの両親が帰ってくるまでどうしたものかと迷っていると、カンジが山龍家の屋敷に誘ってくれた。


 そして自然な流れで『風呂行こうぜ!』と誘われたので、旅の汗を流すべく裸の付き合いをする事になったという訳だ。

 今頃はカリンやルカも女湯で旅の疲れを癒やしているはずだろう。


「カァァッ……こいつは極楽だぜ」


 ラスも桶に張った温泉にご満悦のようだ。羽を洗ってやった時にはガァガァ騒いでいたが、今や目を細めて文字通りに羽を伸ばしている。


 ちなみにカンジにラスを紹介しても特に驚いた様子はなかった。

 龍の里は変わり者がスタンダードのような節があるので、カラスが喋るくらいでは驚くに値しないのかも知れない。思い返せばルカも平然と受け入れていたのだ。


「しっかしなぁ。てっきりルカは悪いヤツに騙されてるもんだと思ってたが、まさかあのルカが懐くようなヤツが都会に居たとはなぁ……」

「騙されやすいという点ではカンジも似たようなものだろう。それに懐くもなにも、ルカは出会った時から警戒心ゼロだったぞ」


 これは初対面時にカンジが敵意を向けてきた理由についての話だ。なんでも先日帰郷したルカが『勝負に負けて護衛をする事になった』と村人たちに伝えた事で、ルカは卑劣な罠に掛かったものと思われていたらしいのだ。


 ルカが勝負の詳細を聞かれて『おっぱいが……』と真っ赤な顔で説明したらしいのが悪かった。これでは卑劣なセクハラの罠に掛かって負けたと思われても仕方ない。……そこそこ正鵠を突いている気がしないでもないのは気のせいだろう。


 そもそもあの勝負は最後の後押しのようなものであり、勝敗に関わらずルカは護衛を引き受けていたはずだと確信している。


 その点を上手く説明してほしかったものだが、ルカにそこまで求めるのは難しかったという事だろう。ささやかな行き違いである。


「村に着いた直後から村人の視線が冷たいと思っていたが、まさかルカが無自覚の内に悪評を流していたとはな……」


 純真なルカは龍の里でも人気者らしく、俺は到着早々に悪役扱いとなっていた。

 ルカが外見的特徴を吹聴していたので名乗る前から素性を見抜かれ、問答無用の険しい視線に晒されてしまったのだ。


「この村は善人が多そうだから誤解もすぐに解けそうだがな。……そういえば、心なしか村に若者が少なくないか?」


 軽く会話を交わしただけで警戒心を解いていた村人たちを思い出していると、出会った村人たちの年齢層に違和感を抱いた。


 冷静に考えてみれば、この村で出会ったのは幼い子供と歳を重ねた大人だけだ。十代から二十代くらいの年代となると、このカンジくらいにしか会っていない。


「ああ、それか。うちの村じゃ若いヤツは都会に行っちまうからな」


 田舎育ちの若者が都会に憧れるという事だろうか? と思ったが、詳しく事情を聞いてみると若者が村を出るのも致し方ないところだった。


 なにしろ龍の里は外界から隔絶された村。しかも村人の大半が親戚関係となると、必然的に大きな問題が生まれる――そう、結婚相手が居ないのだ。


 都会で婿や嫁を探さないと血が濃くなり過ぎてしまうのは明白。

 伴侶探しに出たまま戻らない者もいるようだが、多くの者は村に戻ってきたり子供だけを村に預けたりで、自然な形で村の存続に貢献しているとの事だ。


「カンジは都会に出なくていいのか? お前は俺と同年だと言っていただろう」

「なぁに、都会に行ったライゲンに女を紹介してくれって頼んであるからな。その内に適当なのを連れてきてくれるだろうよ」


 なんという楽観的な思考なのだろうか……。

 大人になったら自然に結婚出来ると思い込んでいる無垢な子供のようだ。同じ二十歳の発言とは思えないピュアな発言には驚愕を禁じ得ない。


 確かにカンジにはモテそうな資質はある。人懐っこい性質でルックスも男前の部類に入るし、湯船から覗いている身体も鍛え込まれた精強なものなのだ。


 しかも龍の一族は要人警護などで稼いでいるので財力も高い。これほどの好条件なら結婚相談所のスターになってもおかしくはないだろう。


 しかし、問題はこの村だ。


 個人的には好ましい村ではあるが、果たして現代っ子がスマホもネットも使えない辺境の地に住みたいと思うのか?


 そもそも龍の里が一般人を受け入れるとは到底思えない。

 村で出会った人々は油断ならない者ばかりだった事から、村人の結婚相手には相応の条件が求められている可能性が高いのだ。


 ライゲンなる紹介人が優秀であったとしても、カンジの嫁候補を探すのは容易な事ではない。縁結び慣れしたベテランの仲人おばさんでも難しいはずだろう。


「……ライゲンとは、ルカの二番目の兄だったか? どんな人物かは知らないが、あまり無茶な要求をするものではないぞ」

「なんだ、ビャクは会ってないのか。あいつも神桜の護衛やってるはずだろ?」


 海龍ライゲン。その名はルカから聞いている。

 ライゲンは護衛対象の都合で忙しいので面識は無いが、俺やカンジと同年と聞いているので前々から会ってみたいとは思っていた。


 ちなみにライゲンの護衛対象はカリンの姉。

 カリンの兄弟姉妹は十人以上も存在するらしいが、その中でも神桜家の中枢に上り詰めているほどの優秀な人物のようだ。


 例の神桜大銀のような一族でも下位クラスの者ではなく、神桜家の方針を決める『家族会議』に十八歳という若さで参加している才媛との話だ。


「同じ神桜とは言え、向こうは第一線で活躍している傑物らしいからな。その女傑の護衛となれば忙しいのも仕方ないだろう」


 実の妹であるルカですら兄に会えていないのだから俺が会えるはずもない。

 カンジは「へえーっ」と気の抜けた返事をしているが、この緩やかな村に住んでいると多忙な生活のイメージが沸かないのだろうと思う。


「そういえば、カンジは殴られるのが好きなどと頭のおかしい事を言っていたが……まさか、ルカを狙っていたりするのか?」


 カンジの婚活について語り合っている内に気付いてしまった。

 ルカとカンジは年代も近く、しかも殴るのが好きと殴られるのが好きという抜群の相性でもある事に気付いてしまったのだ。


 まだルカは十五歳なので結婚を考えるには早いが、カンジが将来を見据えてマークしていてもおかしくはない。


「ははっ、それはねぇよ。あいつは妹みたいなもんだし、オレのタイプは年上の巨乳だからな。とくに笑いながら殴ってくるような女が良いな」


 俺の推察を一笑に付すカンジ。しかし普通に否定するだけなら良かったのだが、歪んだ性癖を満面の笑みで語られると返す言葉がない。


 興味深そうに俺たちの話を聞いていたラスが「こいつはとんだド変態だぜ」と呟くのも当然だ。とりあえず嫁探しを依頼されているライゲンには同情する。


「そんな女は居ないと思うが、見つかっても俺には紹介するなよ。……というか、カンジも街に出てくるといい。やはり自分の嫁は自分で探すのが確実だからな」


 この男はどうしようもないド変態ではあるが、俺が気兼ねなく話せる人間である事は認めざるを得ない。カリンやルカにも心を許している自覚はあるものの、やはり同性の友人というのは貴重な存在だ。この機会にカンジを村から引っ張り出せるならそれに越した事はない。


「オレが都会か……う〜ん」

「すぐに働いて生活しろとは言わん。俺の事務所で歓迎してやるから、まずは旅行に行くつもりで気軽に来てみろ」


 頼まれもしないのに村の警備をしている男、それがカンジだ。

 そんなエリートニートに段階を踏ませずに就職させる事は酷なので、まずは村から出るところから始めようという訳だ。本人は迷いがあるようだが、なんとか俺が滞在している間に口説き落としておきたいところである。


明日も夜に投稿予定。

次回、五四話〔静かな職業殺人者〕

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