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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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五一話 弾圧する迷推理

 生命の息吹を感じさせる新緑の季節。

 鮮やかな緑に覆われた森の中を、俺たちは一陣の風のように駆け抜けていた。


 これが厳寒期であれば積雪が行く手を阻んでいただろうし、あと数カ月遅ければ鬱蒼と生い茂る緑に歩みを阻害されていたはずなので、期せずして絶好のタイミングだったと言えるだろう。


「この先に村があるのか……これはスマホの電波が通じていないのも納得だな」

「わざわざ文明から離れるたぁ酔狂なこった」


 野生を忘れたカラスがやれやれと首を振る。

 今やスマホ使いに進化したラス。そんなカラスには森に住むなど考えられない事なのだろう。もはや飛び方すら忘れたかのように肩の上で風を楽しんでいる。


「そいや相棒、今日は朝から嬢ちゃんの様子がおかしくねぇか?」


 流石は目敏いカラス。

 初めての旅行に浮かれているように見えても周囲の観察を怠っていない。


 確かに朝からカリンは口数が少なく、朝食中にもボーッと夢見心地な様子で箸が進んでいなかったのだ。そして、俺にはその原因に心当たりがあった。


「それは俺のせいだな。昨夜は夜更かしさせてしまったから睡眠不足なのだろう」


 俺は自省しつつ真相を語った。

 安易な気持ちで映画に付き合わせてしまったが、その反動でカリンが眠気に襲われている事は明らかだ。これは子供への配慮が足りなかったと言わざるを得ない。

 そこでラスが何かを察したような声を出す。


「はは~ん、なるほどな。昨晩の相棒は酒を飲んでいた。そこに嬢ちゃんも一緒だったとなると、相棒がセクハラに及んだ事は明白だな」

「そんなわけがあるか。普通に二人で映画を観ていただけだ」


 迷推理を披露するカラスを一刀両断だ。

 ラスは諦め悪く「オレ様の目は欺けないぜ」と偉そうな事を言っているが、まったくもって冤罪も甚だしい的外れな推理である。


 そもそも酒を飲んでいただけでセクハラ犯扱いされては堪らない。……いや、そういえば『相棒は酒を飲むとボディタッチが増える』と言われていた気もするので、ラスはその事を言っているのかも知れない。


 しかし今回に限っては問題ない。

 俺たちは父娘のように兄妹のように仲良く映画を観ていただけだ。これでセクハラ判定される事などあるはずもない。


「カァーッ、それじゃあ被害者に事情聴取をするしかねぇな」


 名探偵にでもなったつもりなのか、ラスは無礼千万な言葉を残して肩から飛び立った。その向かう先は、ルカの背中に背負われたカリン。


 普段なら『揺らさないように走りなさいよ!』などと文句を飛ばしてそうなものだが、今日のカリンはぬいぐるみのように大人しく背負われている。

 ばさりと翼をなびかせ、正義を騙る黒鳥はカリンの肩に舞い降りた。


「嬢ちゃん嬢ちゃん、昨晩は相棒にセクハラされたんだろ?」

「えっ、あ、うぅ……」

「――異議あり! それは誘導尋問だ!!」


 卑劣な誘導尋問を行うラスに異を唱える。

 結論ありきで事情聴取をする恐るべきカラス。このような恣意的な質問では、日常の些細な接触すらもセクハラだと思い込まされかねない。


 現にカリンは赤面してルカの背中に顔を埋めているので、まるで本当に俺がセクハラに及んだかのような雰囲気があるのだ。


 このまま捨て置くわけにはいかないという事で、カリンの肩に掴まっているラスに素早いジャブを放つように「ぐわぁっ!?」と捕獲する。


「むしろセクハラをしているのはお前の方だろう。こいつめこいつめ」

「や、やめろぉ、言論の弾圧だぁぁ……」


 手中に収めたカラスの身体を丹念に揉みほぐしてしまう。暴力で制裁する事は許されないので、逆に可愛がってやる事で戒めようという訳だ。

 気位の高いラスには効果的な手法である。


「まったく、すぐにセクハラ認定していたら眠った子供を部屋に運ぶこともできないだろう。――ああ、そうだ。ルカ」

「んん? なんだビャク?」


 昨晩は映画の途中で眠ってしまったカリンを部屋まで運んだが、その際に見過ごせない事があった。これはルカの為にも教えてやらねばならない。


「ルカは寝相が悪いようだからな、寝る時は浴衣のような着崩れしやすい服は避けた方がいいぞ。昨晩などは下着姿で寝ているという有様だった」

「なぁっっ!? み、みたのかっ!?」


 寝相の悪さを指摘されたのが恥ずかしかったのか、ルカは一瞬で爆発しそうな顔になった。確かに豪快な寝相だったので羞恥心を感じてもおかしくはない。


「部屋の入口で下着姿になって寝ているのだから嫌でも目に入るというものだ。しかし安心しろ、ちゃんと布団まで運んで浴衣を着せてやったからな」

「な、ななっ……!」


 ルカは茹でダコのような顔で『なんてこった、ありがとうっ!』と言おうとしているが、俺に失態を見られたのが恥ずかしくて言葉にならないようだ。


 俺としては辱める意図はなかったものの、本人が自覚していない間に直してしまったので成長の為にも指摘してやらねばならないのだ。

 そこで主であるカリンが代わりに口を開く。


「ね、寝ている女の子の服を……し、信じらんない、セクハラにも程があるわ!」


 感謝の言葉の代わりに飛んできたのは罵声だった。今日は朝から静かだったのに、ようやく元気になったかと思えばこれだ。

 しかもカリンの言い方では寝ているルカの服を脱がせたかのようだ。


「その言い方では誤解を招くだろうが。――しかし、ルカよ。運ばれても服を着せられても目を覚まさないのは感心しないぞ。大いに反省するがいい」

「反省するのはビャクの方でしょ!」


 ルカに真面目な説教をしているのに、カリンが話を混ぜっ返してしまう。

 そもそもカリンは二言目には『セクハラ!』と声高に叫ぶが、俺には年下の子供にセクハラをするという発想自体が理解できない。


 俺は孤児院で子供の面倒を見ていた事もあって、自分より年下となると弟や妹にしか思えないのだ。……そういえば、最近は孤児院に顔を出せていないな。


 ここのところは立て込んでいたので致し方ないが、ルカの実家を訪問しておきながら自分の実家に帰らないというのも不義理な話だ。

 今回の旅行から帰ったら久し振りに帰省するのも良いかも知れない。


明日も夜に投稿予定。

次回、五二話〔現れた龍の一族〕

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