四二話 桁外れの能力者
俺たちは平和な生活を取り戻していた。
諸悪の根源を排除したので懸念はない。基本的には神桜の人間に手を出すような無謀な輩は多くないので、今後はカリンの平穏が脅かされる心配は少ないはずだ。
ちなみに、先の神桜大銀の誅殺にはカリンは関与していない。
あの一件は神桜本家の許可が下りていたが、あれはカリンが本家に訴え出たわけではなく、カリンの後見人――空柳雨音が神桜大銀の行状を訴えたのだ。
そもそも今回の件でカリンが危険に晒され続けたのは、付き人であり後見人でもある空柳雨音が意識不明の重体になっていた事が要因として大きい。
神桜家の子供は親戚筋から付き人がつくという慣例があり、その付き人は後見人として多様なサポートをするものらしいが、今回は後見人が意識不明の状態だ。
しかも一時的な措置として選ばれた後見人の代理が悪かった。そう、カリンに歪んだ嫉妬心を抱いていた神桜大銀である。
後見人でありながら誘拐のサポートをするという度し難い男だったが……しかし、生きた証拠である教祖を捕えた事で全てが終わった。雨音が本来の後見人として神桜大銀の行状を訴え、神桜本家によって裁決が下されたのだ。
後見人の雨音は賠償金の請求ではなく『処断』という選択肢を選び、カリンの預かり知らぬところで俺に殺害依頼が来た――その結果が、先の誅殺だ。
本来なら当事者であるカリンには知る権利があるのだろうが、光人教団の教祖を尋問して『神桜大銀』の名前が出た時点で、俺と雨音の意見は一致した。
カリンに汚い世界を見せたくない。この件は秘密裏に片付けよう、と。
俺と雨音が結託すれば情報の遮断は難しくない。
神桜本家としても内紛を大々的に公表するはずがないので、公には神桜大銀は病死という事で処理されている形だ。
問題は隠し事の苦手なルカだが、こちらに関しては誅殺の帰りに味噌バターラーメンをご機嫌で食べていたので問題無い。おそらく神桜大銀に関する記憶は完全に上書きされているはずだろう。
「――こないだビャクとラーメン食いに行ったんだけど、それがめちゃくちゃ美味かったんだよ。今度はカリンも一緒に行こうぜっ!」
ルカは天真爛漫な笑顔で話している。
この曇りなき笑顔を見る限り、ルカに暗い記憶が存在していないのは明らかだ。
もはや恒例のように学園の帰りに探偵事務所を訪れているカリンとルカ。
今日は教祖から得た情報について話せる範囲で話す予定だったが、ルカが上機嫌で味噌ラーメンとバターの相性の良さについて語っているので口を挟む暇もない。
…………いや、待てよ。
よく考えたら、問題のラーメン屋は神桜大銀の屋敷の近くに位置している。
神桜大銀の急死についてはカリンも家族として知っているので、ここでラーメン屋の話題を出すと関連性に勘付かれてしまうのではないだろうか?
「二人でラーメンを食べに行ったって……そ、それって、デートじゃないの!」
よかったよかった。カリンは得意の恋愛脳を発揮しているようだ。
子供と食事に出掛けただけでデートとは理解に苦しむ発想だが、この様子なら神桜大銀の死亡と俺たちの行動が結び付けられる心配はないだろう。
煽りカラスが「臭いのキツイものを食べにいくカップルは深い関係にあるんだぜ」などと知ったような口を聞いて煽っている事もあって、カリンの意識は完全にそちらへ流れている。これなら俺とルカが誅殺を行ったと露見するはずもない。
「ラーメン屋には今度連れていくから、そろそろ本題に入るぞ」
濡れ衣をかけられるのも面白くないので話を断ち切っておく。まだ騒ぐカリンに「もごっ!」と黒砂糖を放り込んでおけば物理的にも喋れなくなって完璧だ。
「今日という日にカリンたちに集まってもらったのは他でもない、例の教祖から聞き出した事を伝えておこうと思ってな」
憤慨するカリンを手で抑えつつ、会議の議長になったかのように話を始めた。
正確に言えば集まってもらったわけではなく勝手に集まったのだが、こういった場では雰囲気が重要なので細かい事は気にしない。
ちなみに教祖から聞き出した情報といっても、これから話すのは神桜大銀に関する話ではなく、別件に関する話だ。
それは俺とカリンに関わる話――そう、超能力についての話だ。
「まず根本的な事を伝えておくとだな、光人教団のトップは教祖ではなかった」
「ええっ!?」
当然の如くカリンは驚きの声を上げた。
横に座っているルカも知らなかった情報のはずだが「この黒砂糖ってやつ美味いな!」と、こちらは全く話を聞いていない。これも予想通りだ。
「光人教団の中枢に居たのは超能力者たちであって、対外的な代表として教祖が据えられていたという事だ。ちなみに能力者組のリーダーはジャンプだったらしい」
超能力者が非能力者を支配下に置いた組織、それが光人教団の正体だ。
教祖ではなく超能力者たちが教団の実権を握り、それぞれの超能力を悪用する事で勢力を拡大していたとの事だった。そこでカリンが疑問を挟む。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。その言い方からするとジャンプとかバニッシュみたいなのが他にも居たって事なの?」
「その通りだ。もっとも、その超能力者たちは先日の一件で全滅したようだが」
血の海に沈んでいた教団員たち。あれらは荒事を任せる為に集めた人材が大多数だったようだが、あの中には超能力者も混在していたらしいのだ。
「どうだルカ。妙な能力を使う者がいたかどうか覚えてないか?」
「なぁなぁ、そっちの黒砂糖もくれよ」
「おっ、いいぞ。硬い黒砂糖を柔らかくなるまで口の中で転がして、ある程度柔らかくなったところで砕くとブワッと甘みが口中に広がって美味いよな。俺も……」
「――黒砂糖なんかどうでもいいでしょっ! 真面目に話をしなさい!」
おっと、いかんいかん。ついルカに乗せられて脱線してしまった。
個人的にお気に入りである黒砂糖を求めてくれたので熱弁してしまったのだ。これでは『趣味の話になると急に早口になるわよね』とディスられてしまう。
「そう怒るなカリン。ほら、お前にも黒砂糖をやるから安心しろ」
不機嫌な幼女に黒砂糖を勧めると、カリンは文句を言いながらも俺の手のひらに置かれた黒砂糖に手を伸ばした。物欲しそうに見ているルカにも黒砂糖を与え、気を取り直して脱線した話を元に戻す。
「ともかく、連中は能力者を集めていた。カリンが狙われた理由もそこにある」
「そういえば、私の能力が目当てだって言ってたわね……」
「そうだ。連中の中には『超能力者を見分ける能力者』が居たらしくてな、それでカリンが特別な能力を持っていると知ったらしい」
俺やカリンに他人の感情が見えるように、その能力者には超能力者が持つオーラ的なものが視認可能だったという話だ。
個人的に能力の詳細を聞いてみたい人間ではあったが、ご多分に漏れずルカの餌食になってしまったのでそれは叶わない。安定のダム入りである。
「カァッ、嬢ちゃんがお仲間だったら素直に誘えば良さそうなもんだがなぁ」
ラスの言う通り、カリンを光人教団に勧誘するにしても手が込みすぎている。
わざわざ誘拐してジャンプと親しい仲にさせるという計画。これほど壮大なマッチポンプ計画を実行するとなれば労力やリスクは相当なものだ。
神桜家の超能力者を引き入れる事にメリットがあるのは理解出来るが、それでも割に合うとは思えない規模だと言えるだろう。
「俺もその点は気になったから教祖に追求したんだが……だが……」
「なによ、歯切れが悪いわね」
「その超能力者を見分ける能力者の話によるとだな……カリンはこれまで見た人間とは比較にならない、『桁外れに強力な能力者』に見えたらしい」
「えぇぇっ? なによそれ」
カリンは正の感情を視認出来る能力を持つ。それはそれで有用な能力ではあるのだが、言ってしまえば俺の能力と同種のものだ。
しかもカリンは俺と違って念動力が使えるわけではないので、カリンが強力な能力者だとすると俺はどうなるのかという話にもなる。
「私の能力なんか役に立たないわよ。ビャクの能力の方が使えるんじゃないの?」
「俺の場合は訓練したからな。カリンも訓練すれば嘘を看破するくらいは簡単に出来るはずだ。……まぁ、完全に嘘が見抜けると人間不信になってしまうが」
超能力を鍛えるのは筋力を鍛えるのと同じようなものだ。
繰り返せば繰り返すほど能力の使用に慣れてくる。念動力にしても最初はティッシュ一枚くらいしか動かせなかったが、練習していく内に段々と重い物も動かせるようになっていったのだ。
「連中の入れ込み具合からすると、カリンには何か秘められた能力があると考えるべきだろう。どうだ、何か心当たりはあるか?」
「そんなのないわよ。……多分」
カリンの語尾が弱いのは、自分でも自覚していない能力がある可能性を考えているからなのだろう。俺の念動力に関しては試す前から『必ず出来る』という確信があったのだが……カリンに心当たりが無いという事は、自分の能力の自覚には個人差があるのかも知れない。
「光人教団の勘違いだったという線も考えられなくはないが、おそらくそれは違うだろう。あの連中はカリンを引き入れる為に光人教団を潰すつもりだったらしいからな。よほどの確信が無ければそこまでやらないはずだ」
光人教団を敵役にしてジャンプがカリンを手懐けるという計画。その計画の最終段階ではカリンの解放が予定されていた。
長期間の監禁生活でカリンとの関係性を深めた後に、他の超能力者――バニッシュなどの面々がカリンを救出するというシナリオが用意されていたのだ。
カリンが神桜家に復帰した後も友好関係を保ち、将来的には同じ集団の一員として取り込もうという遠大な計画である。
そうなると必然的に光人教団は切り捨てだ。
連中にしてみれば超能力者だけが残っていれば問題無いという事で、光人教団の看板と非能力者の教団員はスケープゴートとして役目を終える予定となっていた。
計画の全容を把握していた教祖はタイミングを見計って高飛びする予定だったらしいが……ジャンプたちがそれを許すつもりだったかどうかは怪しいものだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、四三話〔幼女の能力開発〕