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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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四一話 闇色の断罪者


「――くそッ、何が武闘派組織だ。相手はたった二人だぞ」


 その男は苛立っていた。自室を落ち着かない様子で歩き回り、胸中の不安を紛らわせるかのように独り言をぶつぶつと漏らす。


「教祖は口を割ったのか? 本家はどこまで把握している?」


 彼の名は神桜大銀(たいぎん)。神桜家の末席に名を連ねる者であり、本来なら相手が誰であっても恐れる必要はない身分の者だ。

 しかし、その神桜家が敵になりかねないとなれば話は別だった。


「あの小娘め……。出来損ないの分際で、海龍を味方に付けるとは」


 二度と表舞台に立つことはないと想定していた腹違いの妹。その妹が無事に救出されたと聞き、神桜大銀は平静さを失っていた。


 その理由は他でもない、彼が妹の誘拐事件に関与していたからだ。

 妾腹の娘でありながら高い成果を出し続ける妹、神桜カリン。それは神桜大銀にとって前々から目障りな存在だった。


 だからこそ光人教団が妹の身柄を欲していると知った時、彼は密かに手を回して誘拐に協力した。……だが、光人教団の計画は失敗に終わった。

 もっとも、それで神桜大銀が官憲に捕まるような事態にはならない。


 神桜大銀が誘拐事件に関与した事実を証明するのは難しく、そもそも神桜家ほどの大家が相手では国の司法機関も手が出せないという事もある。

 それでも彼の顔色は冴えなかった。


「教祖が口を割った可能性がある以上、小娘が本家に訴える前に消すか……」


 法の手が届かない神桜家の人間であっても、同じ神桜家の人間が確たる証拠を突きつければ神桜の中枢が動くことになる。


 神桜カリンという告発者と、教祖という証人。

 これだけの条件が揃えば神桜大銀であっても破滅に繋がりかねない事から、彼はリスクを冒してでも妹を亡き者にする計画を検討していた。


 しかし、その行動は手遅れだった。

 神桜大銀は気付いていなかったが、破滅の足音は間近に迫っていた。


「――お前が神桜大銀だな?」


 その二人は、いつの間にか部屋の中に居た。

 神桜大銀の所有する屋敷の自室。堅固なセキュリティに守られた部屋に、侵入者が入り込めるはずのない場所に、その男たちは悠然と立っていた。


「ッ……!」


 彼は咄嗟に周囲へ視線を飛ばす。部屋の扉、窓、どちらも間違いなく施錠されていた。外部からの侵入は不可能、そのはずだった。


 彼は改めて侵入者の姿を見る。


 一人は長身の男。

 中東系の整った顔立ち、しかしその奇妙な『目』が彼を怯ませる。それは世界の穢れを見続けてきたような、暗い闇を宿した不気味な目だった。


 もう一人は少女。この場に似つかわしくない軽快な格好をした若い娘だが、その少女は海千山千の彼を後退りさせるほどの圧倒的な気配を発していた。

 そして彼は、神桜大銀は、目の前の二人に見覚えがあった。


「……カリンの護衛か。貴様たちを招待した覚えはないが何の用だ?」


 私立探偵の男と海龍の少女。この二人については部下から報告を受けていた。

 彼の思惑を阻んだ元凶であり、本来ならここに居るはずのない存在だった。


()()()()()()()()。その理由は説明するまでもないな?」


 果たして、長身の男は最悪の答えを返した。

 その発言が冗談ではないのは明白だ。厳重な警備体制が敷かれている場所に侵入している時点で一線を越えている。伊達や酔狂でそんな真似が出来るはずもない。

 なにより、神桜大銀には妹から手駒を差し向けられるだけの誘因があった。


「神桜の名を持つ者を殺すだと? カリンだけでなく、貴様たちの親類縁者まで死滅の報いを受けることになるぞ」 


 危機的状況下にあっても神桜大銀は傲然としていた。彼には支配者の一族としての自負があり、妹の手駒を相手に怯むような醜態を晒すことなどあり得なかった。

 しかし、侵入者は彼の自信を揺るがす言葉を口にする。


「――()()()()()()()()()()、そう言えば分かると聞いた」


 神桜家は身内での争いを禁じており、その禁を破った者には苛烈な制裁が下される。本家の裁決が下された――その言葉は、被害者側に加害者の生殺与奪権が与えられた事を意味していた。


「その言葉を信じろとでも言うつもりか? 下らん戯言だな」

「信じようと信じまいと構わない。お前の存在はカリンにとって有害だ。神桜家の許可など無くとも俺はこの場に居たはずだろう」


 男は眉一つ動かさずに淡々と言葉を紡ぐ。

 神桜カリンの為なら神桜家を敵に回すことも厭わない。それは神桜大銀にとって到底理解の及ばない発言だった。


 ちなみに被害者に生殺与奪権が与えられても、それが実際に行使されるような事は少ない。その理由は他でもない、加害者の命を望めば死者の遺産は神桜本家のものになるという決まりがあるからだ。


 短絡的に命を奪うよりは、加害者の再起が難しくなるほどに賠償金を絞り取った方が有益という訳だ。だから、わざわざ加害者の命を望むような者は少ない。

 それでも男たちは、神桜大銀の前に現れた。現れてしまった。


「……分かった、少しだけ待ってくれ。やりかけの仕事を済ませておきたい」


 彼は殊勝な事を口にして机に向かって歩く。

 それは自身の運命を受け入れたかのようだったが、しかしそうではなかった。


 神桜大銀は涼しい顔で机の引き出しを開け、中に入っていた拳銃を掴み、流れるような動きで少女に銃口を向けた――が、それと同時に蹴りが飛んだ。


「くッ……!」


 銃を蹴り上げたのは長身の男。まるで銃口を向けられる事を分かっていたかのように、電光石火の蹴りで拳銃を蹴り飛ばしていた。


 攻撃を封殺しても長身の男に感情の色は見えない。銃口を向けられた少女も何事もなかったように平然としている。


 飛び回る羽虫を叩き潰しただけ、といった様相の二人を前に、神桜大銀は銃を向けておきながら悪びれる事もなく舌を動かす。


「良い反応速度だ。襲撃現場に偶然居合わせた私立探偵だったか。――それではこうしよう。一生遊んで暮らせるだけの金をくれてやるから、この場から立ち去れ」


 海龍は金銭では動かないと言われているが、一介の私立探偵であれば金で転ぶ可能性はある。彼がそう考えるのは自然な事だった。

 しかし、長身の男は一考する素振りすら見せなかった。


「金に興味は無い。言いたい事はそれだけか?」


 その苛立たしげな様子は、望む言葉が返ってこない事に失望しているようでもあった。それを鋭敏に察したのか、彼はすかさず別の切り口で攻める――が、それは状況の悪化を招くことになる。


「待て、まだ私の話は終わっていない。金に興味が無いなら好みの女を手配してやろう。小さな子供、金髪の子供でも構わないぞ?」

「――その薄汚い口を閉じろ。耳が腐る」

「ッ……」


 身も凍るような冷たい殺気。常に余裕の態度を崩さなかった神桜大銀、その彼を絶句させるほどの研ぎ澄まされた殺気だ。

 だがそれでも、長身の男は激情を抑えるように重い息を吐く。


「……よく聞け。俺は出来る限りカリンの家族を殺めたくはない。だから、金輪際カリンに害を及ぼさないと誓えるのなら、ここでお前を見逃しても構わないと思っている。――どうだ、誓えるか?」


 それは、あまりにも意外な提案だった。

 だからこそ神桜大銀は戸惑っていた。わざわざ自室にまで侵入しておきながら、彼の言葉一つで矛を収めると宣言しているのだ。

 神桜大銀が訝しむような視線を男に向けているのも当然だった。


 この時、彼がもう少し注意深く観察していたならば、その瞳の奥に――期待するような、祈るような想いが込められていた事に気付いたかも知れない。


 しかし神桜大銀は気付かなかった。

 深く考える事もなく、安易にその言葉を口にしてしまった。


「……いいだろう、約束しよう。元より妹に危害を加えるつもりなどないがな」


 妹に害意があると誤解されているのは心外だ、と彼は大儀そうに首を振る。

 何も知らない第三者が見れば、それは本心からの言葉に見えなくもなかった。 


 長身の男は静かにそれを観察していた。言葉の真偽を判断するように、心の奥底まで見通すように……どこか、哀しそうな瞳で観察していた。


 そして男は黙ったまま目を瞑り、一拍置いてゆっくりと目を開く。

 その瞳には、存在していたはずの感情が跡形もなく消えていた。


「残念だ」


 呟きの直後、男の足が高く上げられた。

 神桜大銀が反応する暇はなかった。斧で罪人の首を落とすかのように、男の踵が容赦なく神桜大銀の頭部を捉えていた。


 鈍い衝突音、絨毯に倒れ落ちる身体。

 その一撃は、神桜大銀の命を刈り取っていた。


「――よし、じゃあラーメン食いに行こうぜ。帰りに寄るって約束だったろ?」


 部屋を静寂が支配する中、黙って見ていた少女が場違いな声を上げた。

 それは場を明るくする為の空元気ではない。標的を仕留めた事で即座に気持ちを切り替えたといった様相だった。


「美味いラーメンだったら、今度はカリンも連れて一緒に行こうなっ!」


 急かすように男の袖を引く少女。

 その無邪気な態度には、殺人者を恐れるような感情は欠片も存在していない。


 そんな少女を静かに見ていた男は、先刻までとは人が変わったように――「そうだな」と優しい声で、柔らかい笑みで応えた。


明日も夜に投稿予定。

次回、四二話〔桁外れの能力者〕

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