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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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四十話 転生してしまう新世界

 光人教団の施設に通じる一本道。そんな森に囲まれた一本道を走ってくるのは、ワゴン車と大型トラックの組み合わせ。

 この施設に部外者が来訪するのは望ましくないが、あれに関しては問題無い。


 見慣れぬワゴン車とトラックは俺たちの敵ではなく、カリンが相談した相手が後始末の為に手配してくれた車だと聞いているからだ。

 二台の車は施設の入り口で停車し、時を置かずしてワゴン車の扉が開く。


「お嬢様、よくぞご無事で……。ご連絡をいただいた時は背筋が凍る思いでした。肝心な時にお役に立てず、我が身を恥じ入るばかりです」


 車から降りて早々にカリンの無事を喜ぶ女性。

 それが本心である事は分かったが、その人物の姿に俺は言葉を失くしていた。


「な、なんで雨音(あまね)がここに来るのよ、病院で寝てなきゃ駄目じゃないのっ!」


 カリンが焦った声で叫ぶのも当然だ。

 なにしろその人物は『ストレッチャー』に乗っている。そればかりか、その腕には点滴まで繋がっているという有様だ。


 空柳雨音(そらやなぎあまね)。カリンが幼い頃から付いていた付き人だと聞いているが、この痛々しい姿を見る限りでは現場復帰は明らかに時期尚早だ。


 しかし、本来の付き人は襲撃者に襲われて重傷を負ったと聞いていたが……まさか、この場に本人が現れるとは思わなかった。


 生きていたのが奇跡的なほどの重傷であり、数日前に意識を取り戻したばかりだと聞いていたので、カリンとしても電話で相談しただけのつもりだったはずだ。


「ご心配には及びません。私の身体の事でしたら心配は無用です。長らく惰眠を貪っていた事ですっかり復調していますから」


 ストレッチャーの上に寝たまま復調アピールをしてしまう雨音。

 カリンを心配させない為に強がっているのだろうが、この現状では説得力は皆無だと言わざるを得ない。そんな視線に気付いたのか、雨音は俺の方に向き直る。


「ところで……そちらの殺し屋のような方、貴方が千道様ですね。お嬢様が大変お世話になったと聞いております。本当にありがとうございます。このような体勢で感謝をお伝えする非礼をお許しください」


 これは煽られているのか感謝されているのか。

 わざわざ『殺し屋』などと言及する必要性があったとは思えないが、悪意が全く見えないので褒め言葉のつもりなのかも知れない。


「なに、友人が困っていたら助けるのは当然だ。――それよりもだ。カリンの言う通り、そんな身体で外出するのは感心しないな」

「ふふっ、どうしてもお嬢様の安否をこの目で確かめたかったものですから」


 清々しいほどの笑顔で返されてしまった。

 純粋にカリンを心配している姿には好感を持てるが、数日前まで意識不明の状態だったと聞いているので安静にしてほしいものだ。


「……それにしてもルカさん。貴方の活躍は聞き及んでいますが、その破廉恥な格好はいただけませんね。貴方はもう少し周囲の視線を意識すべきです」


 俺と軽く自己紹介を交わした後、雨音はルカの服装に苦言を呈した。

 雨音とルカはビデオ通話で軽く挨拶しただけの面識と聞いていたが、常人では口を出しにくいルカの教育をしてくれるとは大した人物だ。


「は、破廉恥な格好なんかしてないぞっ!」


 ぶかぶかのTシャツ一枚の姿で言い返すルカ。

 しかし、ルカは格闘戦には強くとも言葉には弱い性質を持つ。指摘されて初めて自覚したらしく、少し顔を赤らめて身をよじらせている。

 とりあえず俺も口を挟んでおくとしよう。


「いや、俺も破廉恥だと思うぞ」

「なっっ!?」


 俺は十代の少女をいかがわしい目で見たりはしないが、客観的に見るとルカの格好は扇情的と言わざるを得ない。

 そう思って今更ながらに意見を述べると、ルカは味方に背後から刺されたような顔をして真っ赤になっていた。


 カリンも指摘していたので本当に今更なのだが、その時は『破廉恥』などの直截な言葉を言われなかったので気付かなかったようだ。


「セ、セクハラよ!!」


 そしてお約束のようにカリンから罵倒された。

 正直者は損をするとはこの事だろう。


 とりあえずルカが着替えの為にワゴン車に飛び込んでしまったので、代わりに護衛の役目を果たすべく騒々しいカリンの傍らに立っておく。


 まったく……この場には部外者も多いのにカリンの傍を離れるとは困ったものだ。俺が居るから無意識の内に安心しているのだろうとは思うが。


 ――そしてそう、この場には俺たち以外にも大勢の部外者が集まっている。


 一人で動けない雨音の介助人も居るし、大型トラックにも十人以上は乗っている事が気配で分かる。俺たちのやり取りの間もトラック組は沈黙を保っているが、いつまでも待たせているわけにはいかない。そろそろ本題に移るべきだろう。


「そちらから電話で言われた通り、施設内の生存者と死亡者はそれぞれ同じ場所に集めているが……俺たちの仕事はこれだけで良かったのか?」


 全てを丸投げするわけにはいかないので指示を仰いだが、雨音に電話口で依頼された仕事はそれだけだった。後は雨音の部下が対処するとの事らしい。


 光人教団の教祖を含む生存者、バニッシュの小太郎たちのような死亡者。

 これらを一箇所に集めるのは面倒ではあったが、単純な肉体労働に過ぎないので難しくはなかった。本当の問題はこの後だ。

 果たして、これからどのように事態を収拾するつもりでいるのか……? 


「ええ、充分ですよ。後は我々が確実に処理しておきますから」


 雨音が介助人に合図を送ると、大型トラックの荷台から作業服を着た人間がぞろぞろと降りてきた。気配で察してはいても思わず警戒してしまう。


 彼らの持っている機材からすると清掃会社の一団のようにも見えるが、その動きは無駄なく洗練されていて立ち居振る舞いにも隙が見えない。

 なんとなく、訓練された軍人が偽装で作業服を着ているかのような雰囲気だ。


「ご心配には及びません。彼らは私が、空柳家が使っている者たちです」


 俺が反射的に警戒心を持ったのを見抜いたのか、雨音――空柳雨音は微笑みを浮かべて作業員たちの身元を保証した。


 空柳家とは神桜家の遠縁にあたる家であり、それなり以上に大きな家だと聞いている。神桜家にはカリンの敵が存在するので親戚筋に頼るのも不安なのだが、俺の目で軽く見た感じでは悪意を持った者は存在しないようだ。


「なるほど、カリンが雨音を頼りにしているだけの事はあるな」


 これだけの人間を短時間で動かせるのは大したものだ。そしてそれだけに、雨音が意識不明の状態になっていた事が惜しまれる。……雨音が壮健だったならば、これまでのカリンの苦労も大きく軽減されていた事だろう。


「ところで……教団施設には相当な数の死体があるが、雨音はどうやって対処するつもりなんだ? 空柳家は警察に顔が利いたりするのか?」


 ストレッチャーに寝たまま作業員に指示を出している雨音に疑問をぶつけた。

 その姿はどことなく安楽椅子探偵を彷彿とさせるので少し嫉妬しているが、そんな矮小な感情はおくびにも出さない。


「お嬢様から連絡をいただいてから早急に調査した所、この近辺に建設中のダムがある事が分かりました。今回の敵はそちらに運ぶ予定になっております」


 ダ、ダム……?

 なぜこの話の流れで『建設中のダム』という単語が出てくるのだろうか?


 これではまるで建設現場で死体をあれこれするみたいではないか。……いや、ポジティブに考えればダムに生まれ変わるという考え方も出来るな。


 つまり、バニッシュの小太郎はダム太郎に転生するという事か――『ハハッ、たまらねぇなぁ! 最近は雨が降らねぇから――水がたまらねぇなぁ!』


「うむ、見事な処置だ。人の役に立つ設備に転生させて償わせるとは恐れ入った」

「ふふっ、傘下企業が関わっている建設現場が近くにあったのは幸運でした」


 カリンから話には聞いていたが、この雨音は相当なやり手のようだ。

 金と権力を持っているだけでなく、その使い方を知っている。ルカとは別の意味で敵に回してはいけない相手だと言えるだろう。


「第二の人生がダムとは、亡くなった連中も喜んでいる事だろう。それで死亡者は良いとして、生存者はどうするつもりなんだ?」


 なぜか引いている幼女を怪訝に思いつつ、生存者の処遇についても尋ねてみた。

 光人教団の生存者。カリンの監禁部屋を見張っていた男など、主に俺が相手をした連中が中心だ。……というか、ルカの相手は平等に皆殺しになっている。


 生存者を警察に突き出すにしても、その前に色々と口止めする必要がある。カリンの能力についても知っているはずなので扱いが難しい連中だと言えるだろう。

 そんな俺の疑問に、雨音は満面の笑みを浮かべて言った。


「――ダムです」

「そ、そうか……。ダム、ダムか」


 万能な合言葉、ダム。

 笑顔での不穏な発言にサイコパス臭を感じなくもないが、この様子からするとカリンの敵対者に対して俺の想像以上の怒りを覚えているようだ。


 いや……もしかすると、ダムの建設作業員として罪を償わせるつもりなのかも知れない。そうだ、きっとそうだ。


「ともかくだ。わざわざ現場で指示を出す必要もないだろう、もう雨音は病院に戻るんだ。――ああ、カリンたちも一緒に連れて行くがいい」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 雨音が病院に戻るのは賛成だけど、ビャクはこれからどうするつもりなのよ?」


 人道的判断で雨音を病院に帰らせようとしたところ、すかさずカリンが口を挟んだ。さりげなく俺がこの場に残ろうとしたのが気に入らないらしい。

 俺はカリンを招き寄せてひそひそと説得する。


「俺は光人教団の教祖に聞きたい事がある。――ほら、超能力者の事とかだ」

「だ、だったら私も……」

「まぁ待て。わざわざ怪我を押して来たくらいだ、カリンが帰らなければ雨音が帰るとは思えない。あの身体で無理をさせるわけにもいかんだろう」

「それは……そうね」


 俺の言葉に理があると認めたらしく、カリンは引っ掛かりを覚えているような顔をしながらも納得してくれた。

 ちなみに俺は嘘を吐いてはいないが、カリンに話していない事はある。


 今回の大掛かりな誘拐事件。

 これまでの経緯から、神桜家の人間が光人教団に協力していたのは間違いない。


 これから光人教団の教祖を尋問するつもりだが、誘拐事件の中心人物である教祖からなら神桜家の情報――カリンの家族に関する情報も出てくると考えている。


 カリン本人も気付いているだろうから無意味かも知れないが、それでもカリンの知らないところで全てを終わらせたいと思っているのだ。


「俺とラスは応援の連中と一緒に帰るから問題無い。カリンとルカの二人は、あのワゴン車で雨音と一緒に帰るといい」


 本当ならラスにも関わらせたくはないが、あのカラスがそれを素直に受け入れるとは思えない。俺にはラスに命令する権利はないので自由意志を尊重するまでだ。


 今は森に紛れて野鳥のフリをしているはずだが……まぁ、カラスを飼っているという体で肩に留まらせておくとしよう。


明日も夜に投稿予定。

次回、四一話〔闇色の断罪者〕

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