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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍
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三八話 導きの教育者

 惨劇の舞台となった大部屋。


 その部屋の窓を開けて見様見真似でピューッと指笛を吹くと、日頃から訓練されているかのように一羽の鳥が飛んできた。完全に思いつきで試したのだが……流石に俺の相棒を自称しているだけの事はあるようだ。


「まったく、世話の焼ける嬢ちゃんだぜ」


 俺の肩に留まるなり憎まれ口を叩くラス。 

 だが凄惨な室内状況よりもカリンの事を気にしているあたり、攫われたお嬢様の安否が気になって仕方なかったのだろうと思う。


「あ、あんたも力になってくれたらしいわね。一応は礼を言ってあげるわ」


 例によって強気な言葉を返すカリン。それでも親しい相手と再会した嬉しさを隠し切れないらしく、見るからに頬をニコニコと緩めている。


 両者の微笑ましい応酬はともかく、とりあえずこれで全員が揃った。


 まだ積もる話もあるだろうが、生憎と悠長にお茶会をする時間はない。この惨状の始末について早急に話し合う必要性があるだろう。

 しかし、俺が今後について口を開く直前――ルカの耳がぴくりと動いた。


「遠くから音がする。ここに近付いてきてるぞ」


 ルカは一瞬で表情を引き締め、自然とカリンを守るような立ち位置に動いている。この様子から察するに、カリンを攫われた経験が相当に堪えているようだ。

 しばらくすると、俺たちにもルカが聞き取った音が聞こえてきた。


「カァッ、この排気音は直列六気筒のバイクだ」


 まさかの音ソムリエぶりを発揮するラス。

 まったく妬ましい……どこで得た知識なのかは知らないが、俺よりも探偵らしい振る舞いをするカラスに嫉妬が隠せない。


 俺はアイデンティティを揺るがされながらも冷静に思考する。


 この施設は言わば陸の孤島。

 ここに近付いてくるという事は、バイクの主は『教団関係者』としか思えない。


 カリンの誘拐に関与した人間かどうかは不明だが、このまま放置しておくと施設内の惨状を発見されてしまうのは明らかだ。ならば、取るべき行動は一つ。


「とりあえず来訪者を無力化する。現段階で警察に連絡されると厄介だからな」


 今の俺たちは問題が山積み……というか、死体が山積みの状況だ。

 時間を掛ければ解決出来るとは思うが、この時点で警察に介入されるのはまずい。俺とルカが普通に逮捕されてしまうのだ。


「おうッ、二度と口を聞けなくしてやるッ!」

「落ち着け、殺していいのは殺意を向けられた時だけだ。まずは俺が投降を促す」


 完全に口封じで殺すつもりのルカを(いさ)めておく。

 これほど殺していれば死体が一つ二つ増えても変わらないが、ルカの健やかな成長の為にも『困った時は殺して解決!』という危険思想を改めさせねばならない。


 ちなみに今回は全員で出向くつもりでいる。


 相手は一人か二人だと予想しているので単独で出向いても問題無いが、まだカリンの精神は完全に落ち着いたとは言えない状態だ。全員が揃った直後に分散するよりは、なるべく一緒に行動した方がカリンも落ち着くというものだろう。


 ――――。


 俺たちは建物の外に集合していた。バイクは駐車場に向かっていたので、そこからのルートを予測して死角で待ち構えているという形だ。


 例によって俺が背中にカリンを背負い、近くの木ではラスが野鳥のような顔をして見守っている。俺の傍らにはわくわくしている様子のルカだ。


 ラスの偵察によって相手は一人だと確認出来たので大袈裟な備えではあるが、これはカリンの気分転換も兼ねているので別に構わない。


「ルカよ、見ているがいい。俺が交渉のやり方というものを教えてやろう」


 こうして全員で待ち構えているのは、ルカに交渉術を見せる為でもある。

 乱暴な手段で解決するのが癖になっているルカ、この困った野生児を年長者として正しい道に導いてやらねばならないのだ。


 そして、その時は来た。

 無警戒に近付く足音。

 足音の主が曲がり角から姿を見せた直後、俺は射貫くような鋭い声を放った。


「――動くな。施設は既に制圧済みだ。大人しく投降すれば命だけは助けてやる」


 俺は来訪者に冷たく告げた。

 背中のカリンが「どこが交渉よ」と小さく文句を言っているが、敵を相手に弱腰の対応をしていては足を掬われる。時には強気な対応も必要なのだ。


「な、なんだてめぇはぁ!?」


 その男は突然の投降勧告に驚愕していた。

 全身をライダースーツで覆った若い男。俺と同年代の男だ。


 駐車場は高級車ばかりが駐まっていたので教団幹部が利用しているものと予想していたが、思っていたよりも遥かに若い人間だった。


「教祖もこちらの手に落ちている。抵抗すれば教祖の命も危ういと思うがいい」


 俺は重ねて説得の言葉を投げ掛ける。

 こんな時には銃で脅すのが効果的なのだろうが、正統派の探偵として火器に頼るような真似は出来ない。名探偵としては紳士的に解決しなければならないのだ。


「てめぇら、この『バニッシュの小太郎』を敵に回すつもりかぁ!?」


 教祖を捕えた旨を告げても男は強気な態度を崩さない。こちらの言葉を信じていないというよりは、教祖の安否を気にしていないといった様相だ。


 教祖に人望が無いのかこの男が変わり者なのか……謎の通り名を自称している事からすると、なんとなく後者のような気がする。


「……ッ!? どういうこった、なんで神桜のガキが外に出てやがるッ!」


 こちらを睥睨(へいげい)していた男は金髪幼女の姿に気付いた。この発言によって眼前の男が誘拐に関与している事が決定的になったが、これはよろしくない流れだ。


 カリンに注意を向けられた事で、ルカが早くも暴発しそうな気配を発している。背中のカリンがびくっとしたので殺害ゲージが跳ね上がったようだ。

 ここは早急に話を纏めなくては。


「この施設は制圧済みだと言ったはずだ。だが安心しろ。俺は慈悲深いからな、素直に投降すれば手足を折るだけで許してやろう」


 投降勧告の基本は希望を与える事だ。

 あまり追い詰め過ぎては自暴自棄になる可能性があるので、相手が受け入れやすい選択肢を提示する事が重要となるのだ。


 心情的には幼女誘拐犯などコテンパンにしてやりたいところだが、今回はルカに交渉のイロハを教えるのが目的なので多少は妥協すべきだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、三九話〔バニッシュの天敵〕

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